ミリアム・マケバ

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ミリアム・マケバ
ディジー・ガレスピーとのコンサート(1991年)}
ディジー・ガレスピーとのコンサート(1991年)
基本情報
出生名 Zenzile Miriam Makeba[1]
別名 ママ・アフリカ
出生 1932年3月4日
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 ヨハネスブルグ
死没 2008年11月10日(満76歳没)
イタリアの旗 イタリア カステル・ヴォルトゥルノ
職業 歌手
活動期間 1954-2008
レーベル マンテカ, RCA, マーキュリー, Kapp Records, Collectables Records, Suave Music, ワーナー・ブラザーズ, ポリグラム, Drg, Stern's Africa, Kaz, Sonodisc
公式サイト Official Website

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ミリアム・マケバ(Miriam Makeba, 1932年3月4日 - 2008年11月10日[2])は南アフリカ共和国の歌手でグラミー賞受賞者。ママ・アフリカの名前でも知られている。

来歴[編集]

ミュージカル『キング・コング』の成功や、"Pata Pata"のヒットで国際的な名声を高めた。しかし、1967年に反アパルトヘイト活動で、国外追放される。1969年にギニアセク・トゥーレ大統領に招かれ、夫であり黒人運動活動家のストークリー・カーマイクルとともにギニアに移る。大統領の支援を受け、カンテット・ギネエンヌとともに演奏活動を行った。

幼年期[編集]

ザンジール・ミリアム・マケバ は1932年3月4日、ヨハネスブルグに生まれた。 母親はスワジ族のサンゴマ(伝統的な神霊治療家/漢方治療者)であった。父親はコーサ族の出身で、ミリアムが6歳の時に亡くなっている。ミリアムが生後18日の時、母親はアンコンボチ(umqombothi)と言われるビールのような地酒販売で逮捕され、懲役6か月の刑に処される。ミリアムは生後6か月を母親とともに刑務所で過ごすこととなった。[3][4] その後、キルメルトン訓練学校の合唱部にて8年間の小学校時代を過ごす。[5][6]

18歳の時、ミリアム・マケバは彼女の一人息子、ボンギ・マケバを出産する。父親はミリアムの最初の夫でジェームズ・クバイである。[7] マケバはその後乳がんと診断され、短期間の結婚生活の後、ジェームズはマケバのもとを去っていった。[8]

マケバのプロとしての活動は1950年代、南アフリカのジャズグループ、マンハッタン ブラザーズのメインボーカルとなり、ポスターに彼女の顔が初めて載ることから始まる。その後、彼女はマンハッタン ブラザーズを去り、自身によるすべてのメンバーが女性グループ、ザ スカイラークスとしてレコーディングを行い、[9] ジャズと伝統的な南アフリカ音楽の旋律の融合された音楽を歌った。[3] 1956年にリリースしたシングル "Pata Pata",[6] は南アフリカのすべてのラジオ局で紹介され、彼女の名は南アフリカ中に知られることとなった。[10]

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • Miriam Makeba, 1960, RCA LSP2267
  • The Many Voices of Miriam Makeba, 1960, Kapp KL1274
  • The World of Miriam Makeba, 1963, RCA LSP2750
  • Makeba, 1964, RCA LSP2845
  • Makeba Sings, 1965, RCA LSP3321
  • An Evening with Belafonte/Makeba (with Harry Belafonte), 1965, RCA LSP3420
  • The Magic of Makeba, 1965, RCA LSP3512
  • The Magnificient Miriam Makeba, 1966, Mercury 134016
  • All About Miriam, 1966, Mercury 134029
  • Miriam Makeba in Concert!, 1967, Reprise RS6253
  • Pata Pata, 1967, Reprise RS6274
  • Makeba!, 1968, Reprise RS6310
  • Live in Tokyo, 1968, Reprise SJET8082
  • Keep Me in Mind, 1970, Reprise RS6381
  • A Promise, 1974, RCA YSPL1-544
  • Live in Conakry - Appel A L'Afriqu, 1974, Sonodisc SLP22
  • Miriam Makeba & Bongi, 1975, Sonodisc SLP48
  • Live in Paris, 1977, CD6508
  • Country Girl, 1978, Sonodisc ESP165518
  • Comme Une Symphonie d'Amour, 1979
  • Sangoma, 1988, Warner Bros. 25673
  • Welela, 1989, Gallo CDGSP3084
  • Eyes on Tomorrow, 1991, Gallo CDGSP3086
  • Sing Me A Song, 1993, CDS12702
  • Homeland, 2000, Putumayo PUTU1642
  • Live at Berns Salonger, Stockholm, Sweden, 1966, 2003 Gallo Music GWVCD-49
  • Reflecting, 2004, Gallo Music GWVCD-51
  • Makeba Forever, 2006, Gallo Music CDGURB-082

コンピレーション[編集]

  • The Queen of African Music - 17 Great Songs, 1987
  • Africa 1960-65 recordings, 1991
  • Eyes on Tomorrow, 1991
  • The Best of Miriam Makeba & The Skylarks: 1956 - 1959 recordings, 1998
  • Mama Africa: The Very Best of Miriam Makeba, 2000
  • The Guinea Years, 2001
  • The Definitive Collection, 2002, Wrasse Records
  • The Best of The Early Years, 2003

リファランス[編集]

  1. ^ Miriam Makeba official website
  2. ^ Some sources (e.g. [1]) give 9 November as her date of death, however her official website gives 10 November
  3. ^ a b Nkrumah 2001.
  4. ^ Schwarz-Bart 2003, p. 208.
  5. ^ Kaufman 2006, p. 333.
  6. ^ a b AllSands.
  7. ^ Rudo Mungoshi, "Hamba kahle, Mama Africa", Joburg official website: www.joburg.org.za, 14 November 2008.
  8. ^ Ewens, Graeme (2008年11月11日). “Obituary: Miriam Makeba”. The Guardian. 26 March 2012閲覧。
  9. ^ Planet, Janet. “Miriam Makeba”. Africanmusic.org. 2010年11月12日閲覧。
  10. ^ Schwarz-Bart 2003, p. 213.