マルティン・ヨル
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| 名前 | ||||||
| 本名 | マールテン・コルネリウス・ヨル | |||||
| 愛称 | マルティン | |||||
| カタカナ | Maarten Cornelius Jol | |||||
| ラテン文字 | Martin JOL | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1956年1月16日(57歳) | |||||
| 出身地 | デン・ハーグ | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1980–1981 | 3 (0) | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
マールテン・コルネリウス・ヨル(Maarten Cornelius "Martin" Jol, 1956年1月16日 - )は、オランダ、デン・ハーグ出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。現フラムFC監督。RKCヴァールヴァイク監督時代オランダ最優秀監督に選出された経歴がある。
目次 |
経歴 [編集]
選手時代 [編集]
オランダのアマチュアチームでプレーしていた彼をADOデン・ハーグが引き抜き、1973年に同チームでプロデビュー。その後、ドイツ、イングランドなどを渡り歩き、1985年に古巣に戻り引退した。
オランダ代表として、10代の頃から各世代別の代表に選出されている。また、A代表としても3キャップを記録した。
指導者時代 [編集]
1991年よりADOデン・ハーグのアマチュアチームを率いる。1996年、ローダJCにて初めてプロチームの監督に就任。RKC監督時代には2001-2002シーズンのオランダ最優秀監督に選出され、マンチェスター・ユナイテッドからアシスタントコーチ就任を打診されるなど、次第にその手腕が注目を集めるようになる。
2004年、RKCヴァールヴァイクの監督を辞任し、トッテナム・ホットスパーFCのアシスタントコーチに就任。シーズン途中に監督だった元フランス代表監督のジャック・サンティニが突然辞任したため、コーチから昇格し監督となった。同シーズンを9位で終えると、翌シーズンから2年連続で同チームをUEFAカップ出場圏内の5位にまで導いた。
しかしながら、2007-2008シーズンは序盤の不調が響き11月に解任された。2008年7月からはハンブルガーSVの監督に就任し、一時は優勝を争った。2009-10シーズンからアヤックス・アムステルダムの監督を務めた。 2011年6月、フラムFC監督に就任。
所属クラブ [編集]
選手時代 [編集]
ADOデン・ハーグ 1973 - 1977
バイエルン・ミュンヘン 1977 - 1979
FCトゥヴェンテ 1979 - 1981
ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン 1981 - 1984
コヴェントリー・シティ 1984 - 1985
ADOデン・ハーグ 1985
指導者時代 [編集]
ローダJC 1996 - 1998
RKCヴァールヴァイク 1998 - 2004
トッテナム・ホットスパーFC 2004 - 2007
ハンブルガーSV 2008.7 - 2009
アヤックス・アムステルダム 2009 - 2010.12
フラムFC 2011 -
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