マリア・アンナ・フォン・バイエルン (1805-1877)

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マリア・アンナ・フォン・バイエルン

マリア・アンナ・フォン・バイエルン(Maria Anna von Bayern, 1805年1月27日 - 1877年9月13日)は、バイエルン王国の王族。全名はマリア・アンナ・レオポルディーネ・エリーザベト・ヴィルヘルミーネMaria Anna Leopoldine Elisabeth Wilhelmine)。バイエルン王マクシミリアン1世の王女で、ザクセン王フリードリヒ・アウグスト2世の2人目の王妃となった。

1805年1月27日バイエルン選帝侯マクシミリアン4世ヨーゼフ(後のバイエルン王マクシミリアン1世)と、その2人目の妃であったバーデン大公世子カール・ルートヴィヒの娘カロリーネの間にミュンヘンで生まれた。オーストリア大公フランツ・カールの妃となりフランツ・ヨーゼフ1世を生んだゾフィーとは双子の姉妹である。

1833年4月24日ドレスデンでザクセン王子フリードリヒ・アウグスト(後のフリードリヒ・アウグスト2世)と結婚し、1836年に夫が即位すると王妃となった。2人の間に子供はなく、1854年に夫が没すると、その弟でマリア・アンナの姉アマーリエ・アウグステの夫であったヨハンが王位を継いだ。

1877年9月13日、マリア・アンナはドレスデン近くのWachwitzで死去した。墓所はドレスデンのカトリック宮廷教会聖三位一体大聖堂)にある。