マラスムス

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マラスムス英語:marasmus、ドイツ語:Marasmus)は、タンパク質-エネルギー栄養障害の一種で、体に備蓄されたエネルギーとタンパク質がいずれもすべて枯渇するものをさす。マラスムスになった子供の体は衰弱し、体重が適正体重の80%以下になることもある。クワシオルコルの発症率は18か月を過ぎてから増加するのに対し、マラスムスの発症率は1歳になる前に増加する。予後はクワシオルコルよりも良好である。[1]

原因[編集]

マラスムスが発症するのは、全般的な栄養不良に陥ったためにタンパク質脂質炭水化物が不足しているときである。この疾患は発展途上国においてしばしば発生する。とりわけ乳離れして離乳食を口にしだしたばかりでじゅうぶんなエネルギーを摂取できない子供に発生しやすい。[2]この病状は、栄養失調のために吸収消化が妨げられやすくなることによっていっそう強められる。よってマラスムスの子供たちは、消化酵素の機能の不足と、腸内の脂肪を吸収する胆汁酸の機能の阻害とを示す。酵素や胆汁酸の減少は、膵臓ないし肝臓でのこれらの産生が停止することによる。胆汁酸はさらに、増殖したバクテリアによって変性させられ、その機能を失う。[3]

症状と診断[編集]

マラスムスの症状を呈した子供(インド)

栄養失調のとくに目立つ特徴は、体重の減少である。これは、身体がエネルギー源として備蓄しておいた脂肪を利用するためである。生命の維持に必要なタンパク質を枯渇させないようにできるだけ長く産生し続けるために、筋肉の量が骨格筋心筋ともに減少する。腹部は通例は膨らみ、顔にはができる。罹患した子供は、ときには老人のように見えることもある。マラスムスの患者はしばしば怒りっぽくなったり、いらいらしやすくなったり、空腹がやまなかったりする。

病状が進むと患児は下痢に悩まされ、腸が衰弱する。タンパク質の不足で発生するクワシオルコルとは異なり、マラスムスでは浮腫は見られない。脈拍血圧心拍数は低下する。栄養分の不足によって、免疫機構の抵抗力も激しく低下する。患者はそのためにいくつもの感染症にかかりやすくなり、ときには死に至ることもある。[4]

マラスムスを発症している小児には、成長の遅滞が見られる。罹患した子供が成人年齢に達したときに知能に悪影響が出るかどうかについては、いまだ議論が続けられている。[5]マラスムスは、患児の体重が標準の60%かそれ以下であっても浮腫が生じていなければ診断上安全であると考えられている。浮腫が生じているならば、全体的な栄養の欠乏と、タンパク質欠乏によるクワシオルコルとが混合した状態であるといえる。[6]

治療法[編集]

マラスムスの治療は、WHOの基準に従って進められる。この10ステップの治療基準は、マラスムスとこれに類似の栄養障害であるクワシオルコルの両方に適用される。患者の体温の下降は、脂肪組織の減少が起きることによるものなので、体を温めることで対応できる。体温は管理されるべきである。

低血糖がたびたび起きるので、適切な間隔で必要量のグルコースを経口ないし静注で補給する。多くの患者が見せる脱水症状に対しては、経口補水塩を一回分ずつ注意深く投与すべきである。この補水塩は、一般の経口補水塩にくらべナトリウムの量は少なく、カリウムの量は多く含まれている。栄養失調のために心臓の機能が低下していることがあるので、この補給は患者の血液循環の負担にならないように行うべきである。また患者には重要なビタミン微量元素も投与する必要がある。

マラスムス患者では免疫系が低下していることがあるので、感染症にかかっても一般的な症状(発熱など)を呈しないことがある。そのため、疾病の兆候を見せていなくとも、広域スペクトル型の抗生物質を投与すべきである。マラリアに対する治療法も考慮に入れる必要がある。電解質の蓄積が不足していることもありうるため、WHOの奨励する方式に従ってカリウムとマグネシウムも補給させるべきである。

患者の肝機能は通常低下しているため、患者は急速に投与されたタンパク質を適切に代謝できないこともありうる。これは最悪の場合にはアンモニアの過剰な蓄積につながり、尿素回路におけるアミノ酸の合成や分解に問題を及ぼすことにもなりうる。その結果命に関わる肝性昏睡になる可能性もある。

またこのほか、飢餓による心理的・社会的な結果に対して、人間らしい援助をすることが勧められる。治療の終了までには、栄養失調の原因が分析されているべきである。原因を、もし可能ならば排除することで、患者のともに暮らしている家族なり生活共同体なりの中で生活を営めるようになる。

伝統的にどう認識されてきたか[編集]

1991年に、パキスタンカラチ州に住む下層階級の女性150人を対象にして、マラスムスについての意識調査がなされた。この病気を、医療で治せる栄養失調ないし下痢による吸収不良と結びつけることができたのは、ごく少数の者のみであった。大部分の者は、この病気が、栄養不良の子供を持ったり宗教的に穢れた状態にあったりする女性との接触を原因として起きると信じていた。発病のしくみは、調査対象の大部分の人たちにとって、宗教的な要素に帰せられていた。同じように、大部分の人たちが、病気になった子供たちを治すのに医科的治療を受けさせたり良質の食物を与えたりするのは必要ないとみなしていた。女性たちは子供が生き延びることをほとんど期待できないものと強く認識していた。[7]

参考文献[編集]

  1. ^ Badaloo AV, Forrester T, Reid M, Jahoor F (June 2006). “Lipid kinetic differences between children with kwashiorkor and those with marasmus”. Am. J. Clin. Nutr. 83 (6): 1283–8. PMID 16762938. http://www.ajcn.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=16762938. 
  2. ^ Emanuel Rubin, David Strayer : Environmental and Nutrional Pathology in Raphael Rubin, David Strayer : Rubin's Pathology, Philadelphia, 2008, S. 277-278
  3. ^ H.C. Mehta,A.S. Saini,H. Singh,P.S. Dhatt : Biochemical aspects of malabsorption in marasmus: effect of dietary rehabilitation., British Journal of Nutrition, 1984, Vol 51, S. 1-6 ; PMID 6418198
  4. ^ Emanuel Rubin, David Strayer : Enviromental and Nutrional Pathology in Raphael Rubin, David Strayer : Rubin's Pathology, Philadelphia, 2008, S. 277-278
  5. ^ Emanuel Rubin, David Strayer : Enviromental and Nutrional Pathology in Raphael Rubin, David Strayer : Rubin's Pathology, Philadelphia, 2008, S. 277-278
  6. ^ W.A. Coward, P.G. Lunn : The Biochemistry and Physiology of Kwashiorkor and Marasmus, British Medical Bulletin, 1981, Vol. 37, No. 1 S. 19-24 ; PMID 6789923
  7. ^ Dorothy Mull : Traditional perceptions of marasmus in Pakistan, Social Science and Medicine, 1991, Vol. 32, No.2 , S.175-191 ; PMID 1901666