ホアキン・アルムニア
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Joaquín Almunia
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| 生年月日 | 1948年6月17日(64歳) |
| 出生地 | スペイン、ビルバオ |
| 出身校 | デウスト大学 高等研究実習院 ケネディスクール |
| 所属政党 | スペイン社会労働党 |
ホアキン・アルムニア・アマン(Joaquín Almunia Amann、1948年6月17日 - )は、スペインの政治家。欧州委員会の主要メンバーでもあり、第一次バローゾ委員会では経済・通貨問題を担当したが2009年11月27日のジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ委員長の発表を受け現在は副委員長兼競争担当委員を務めている[1]。
ビルバオに生まれ、現在は結婚し二子をもうけている。デウスト大学で法学・経済学の学士号を取得し、パリの高等研究実習院で研究課程を修業、ハーバード大学のケネディスクールを卒業した。アルカラ大学で雇用・社会保障法の講師も務めている。
アルムニアはベルギーのブリュッセルにあるスペイン商工会議所事務局でエコノミストを1972年から75年まで務めた。また、スペイン社会労働党 (PSOE) 系の労働組合、労働総同盟 (UGT) のチーフエコノミストを1976年から79年まで務めた。
1979年から2004年まではマドリード選出で社会労働党所属の国会議員を務め、1982年から86年まで雇用・社会保障相を、1986年から91年まで公共行政相を、1994年から97年まで党のスポークスマンを務めた。1996年の総選挙でフェリーペ・ゴンサーレス書記長率いる社会労働党が敗北すると次期書記長に就任し、2000年まで務めた。2000年には首相の候補者になったが現職のホセ・マリア・アスナールに敗れた。2000年の総選挙で社会労働党はスペインが民主主義体制に移行してから最も苦戦し、アルムニアは書記長を辞任した。
1991年から94年まで、フンダション・アルヘンタリーアの「平等と所得の再分配」というテーマの研究の主導にあたり、2002年には進歩的シンクタンク「ラボラトリオ・デ・アルテルナティバス」を立ち上げて理事に就任した。
2004年4月26日に当時のプローディ委員会にスペインのサパテーロ内閣発足に伴って辞任したペドロ・ソルベスの後任として入り、同年11月にバローゾ委員会になっても再任された。
脚注 [編集]
- ^ Barroso names new EU commission team. Euronews. Retrieved 27 November 2009.
| 議会 | ||
|---|---|---|
| 先代: 複選区に |
マドリード選出の国会議員 1979年 – 2004年 |
次代: 複選区に |
| 官職 | ||
| 先代: ヘスス・サンチョ・ロフ |
雇用大臣 1982年 – 1986年 |
次代: マヌエル・チャベス・ゴンサレス |
| 先代: フェリックス・ポンス・イラササバール |
公共行政大臣 1986年 – 1991年 |
次代: ホアン・マヌエル・エギアガライ・ウセライ |
| 先代: フェリーペ・ゴンサーレス |
野党代表 1997年 – 2000年 |
次代: ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテーロ |
| 先代: ペドロ・ソルベス |
欧州委員会 スペイン選出委員 2004年 – 現在 |
現職 |
| 欧州委員会 経済・通貨問題担当委員 2004年 – 2010年 同職:シーム・カラス |
次代: オッリ・レーン |
|
| 先代: ネリー・クルース |
欧州委員会 競争担当委員 2010年 – 現在 |
現職 |
| 党職 | ||
| 先代: フェリーペ・ゴンサーレス |
スペイン社会労働党書記長 1997年 – 2000年 |
次代: 暫定政治委員会に |