ヘンリー・アイアトン

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ヘンリー・アイアトン

ヘンリー・アイアトンHenry Ireton1611年 - 1651年11月26日)はイギリス軍人独立派英語版政治家ピューリタン革命期の軍人であり、1642年イングランド内戦勃発時に議会軍として参戦。オリバー・クロムウェルを支持し、独立派のスポークスマンとして対外折衝に活躍した。

1646年、クロムウェルの娘であるブリジットと結婚。1648年のイギリス国王チャールズ1世裁判の裁判官として死刑判決書に署名。翌1649年からはクロムウェルと共にアイルランド征服を始めた。1650年、クロムウェルから軍権を託されアイルランドの征服を続行したが、1651年、アイルランドにて病没。

ブリジットとの間にブリジット(1650年 - 1726年)、ヘンリー(1652年 - 1711年)が生まれた。未亡人となったブリジットはチャールズ・フリートウッド英語版と再婚、フリートウッドはアイアトン亡き後のアイルランド軍司令官(Lord Lieutenant of Ireland1652年 - 1655年)に任命された。

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