フェオドラ・ツー・ライニンゲン

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ホーエンローエ=ランゲンブルク公妃フェオドラ

アンナ・フェオドラ・アウグステ・ツー・ライニンゲン(Anna Feodora Auguste zu Leiningen, 1807年12月7日 - 1872年9月23日)は、ホーエンローエ=ランゲンブルク侯エルンスト1世の妻。結婚後はフェオドラ・フォン・ホーエンローエ=ランゲンブルクと名乗った。

ライニンゲン侯エミッヒ・カールと、2度目の妃ヴィクトリアの長女として、アモーバッハ(現バイエルン州ミルテンベルク郡)で誕生。同母兄にカール・フリードリヒがいる。

父の死別後、母がイギリス王子ケント公エドワード・オーガスタスと再婚したため、妊娠した母に伴われて、兄とともに1819年にイギリスへ渡った。生まれた異父妹アレクサンドリナ・ヴィクトリア(後のヴィクトリア女王)とは仲の良い姉妹だったという。2人はフェオドラの死まで文通をしていた。

イギリスで教育を受け、1828年ドイツへ戻ってエルンストと結婚し、6子を生んだ。

フェオドラは、バーデン=バーデンヴィラ・ホーエンローエで死去した。