フィリップ・ヴォーヒーズ

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フィリップ・ファルカーソン・ヴォーヒーズ
1792年2月23日 - 1862年2月23日
Phillip Voorhees ca.1850
生誕 ニュージャージー州
ニューブランズウィック
死没 メリーランド州アナポリス
軍歴 1809年 - 1855年
最終階級 代将
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フィリップ・ファルカーソン・ヴォーヒーズ: Philip Falkerson Voorhees1792年1862年2月28日)はアメリカ海軍士官で、米英戦争に参加し、後に東インド艦隊の司令官となった。

経歴[編集]

ヴォーヒーズは1792年にニュージャージー州ニューブランズウィックに生まれた。1809年11月15日、士官候補生として海軍に入る。米英戦争勃発後の1812年10月25日、帆走フリゲート・ユナイテッドステーツ(USS United States)の乗員[1] として、英国海軍のフリゲート・マケドニアン(HMS Macedonian)を拿捕した。1814年4月28日には、帆走戦闘スループ・ピーコック(USS Peacock)の乗員[2]であり、またもや英国の戦闘スループ・エパービアHMS Epervierを拿捕しアメリカ合衆国議会から勲章(silver medal)を贈られている。1814年12月9日には大尉に昇進。

1828年4月24日に中佐に昇進、1838年2月28日には大佐に昇進した。1842年、新造のフリゲート・コングレス(USS Congress )の艦長に就任し、地中海に向かった。続いて、1843年12月にはダニエル・ターナー(Daniel Turner代将のブラジル艦隊に配属された。当時、アルゼンチンとブラジルはウルグアイをめぐって紛争中であり、また英仏も介入していた。米国はこの紛争から距離をおいてはいたが、貿易保護のため南米に艦隊を派遣していた。1844年9月29日、ヴォーヒーズはモンテビデオ沖でアルゼンチンの武装スクーナーを拿捕した[3]。この行動は「やりすぎ」であり、米国とアルゼンチンの関係は悪化した[4]

このため、ヴォーヒーズは1845年に軍法会議にかけられることになるが、結果は無罪であった 。数カ月の謹慎を経て、1847年にはジェームズ・ポーク大統領により、軍人としての全ての地位、権利を取り戻した。

1850年、東インド艦隊の司令官となり、旗艦の戦闘スループ・プリマス(USS Plymouth)と共にアジアに向かう。1851年に帰国。

1855年、予備役に編入。南北戦争勃発時に現役に復帰するよう要請されたが、数ヶ月後の1862年2月26日に、メリーランド州アナポリスで死亡した。

脚注[編集]

  1. ^ A General Register of the Navy and Marine Corps of the United States, "Officers of the Navy, to whom thanks, medals and swords have been voted by Congress." Washington, D.C.: Alexander, Publisher, 1848. (1998年5月5日). “Officers of the United States in action with the Macedonian, 25 October 1812”. NAVAL HISTORICAL CENTER. 2010年2月18日閲覧。
  2. ^ Naval Register: Printed by Order of the Secretary of the Navy. August 1st, 1815. Washington, D.C.: Weightman, [1815]. (1998年5月11日). “Officers of the War of 1812”. NAVAL HISTORICAL CENTER. 2010年2月18日閲覧。
  3. ^ 1844年9月11日付けの作家ジェイムズ・フェニモア・クーパーからヴォーヒーズ婦人への書簡、 http://www.fulkerson.org/jersey.html
  4. ^ David Foster Long, "Gold braid and foreign relations: diplomatic activities of U.S. naval officers, 1798-1883", pg 157-160, Naval Institute Press, 1988


軍職
先代:
デビッド・ガイシンガー
アメリカ合衆国の旗 東インド艦隊司令官
第8代:1850 - 1851
次代:
ジョン・オーリック