ピーテル・ラストマン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ピーテル・ラストマン | |
|---|---|
『受胎告知』(1618)
エルミタージュ美術館蔵 |
|
| 生誕 | 1583年 |
| 死去 | 1633年 |
ピーテル・ラストマン (Pieter Lastman, 1583年 - 1633年)は、オランダの画家。レンブラントやヤン・リーフェンスの師匠としても知られている。 宗教画、歴史画、寓意画を残している。
目次 |
生涯[編集]
金細工職人の息子として生まれる。ラストマンはヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクの兄弟であるヘリット・スウェーリンクの元で修業した。19歳の時にイタリアに行き、5年間をそこで過ごし、カラヴァッジョやアダム・エルスハイマーの影響を受ける。アムステルダムに戻った後はそれまでと違って、光と影の強いコントラストを用い、ドラマ性を強調するスタイルへと変わっていった。[1]健康上の問題を抱えたために1632年に兄弟の元に身を寄せたが、翌年に亡くなり、アムステルダムの旧教会に埋葬された。
ギャラリー[編集]
参照[編集]
- ^ http://www.getty.edu/art/gettyguide/artMakerDetails?maker=358&page=1 Pieter Lastman by Getty Museum