マウリッツハイス美術館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 施設情報 | |
|---|---|
| 正式名称 | Mauritshuis |
| 専門分野 | 絵画 |
| 来館者数 | 250,000 (2007)[1] |
| 開館 | 1822年[2] |
| 所在地 | 〒 デン・ハーグ |
| ウェブサイト | 公式ウェブサイト |
マウリッツハウス(オランダ語:Mauritshuis)は、オランダのデン・ハーグにある美術館。正式名称はマウリッツハウス王立美術館(オランダ語: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis、英語: The Royal Picture Gallery Mauritshuis (Maurice House))であるが、単にマウリッツハウスと呼称されることが多い。日本ではマウリッツハウス美術館と呼ばれ、またマウリッツハイスの表記も用いられる。
目次 |
[編集] 概要
マウリッツハウスの建物は、17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられた[3]もので、オランダ古典様式建築の代表作とされる。館名はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ(1604年 - 1679年)にちなむ。ヨハン・マウリッツは、代々オランダ総督を務めてのちに王家となったオラニエ=ナッサウ家の傍系で、当時植民地であったオランダ領ブラジルの総督を務めた人物である(オラニエ公マウリッツとは別人)。1704年の火災で内装を焼失した[4]が、外観はほぼ建設当時の面影を残しているといわれる。
コレクションはオランダ総督ウィレム5世と、その子のオランダ初代国王ウィレム1世の収集が中核となっている。王立美術館として開館したのはウィレム1世の時代、1822年である。美術館の規模はさほど大きくないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点がここにあることが注目される。
[編集] 主な収蔵品
フェルメール『真珠の耳飾の少女』
フェルメール『デルフトの眺望』
- レンブラント『テュルプ博士の解剖学講義』(1632年)「自画像」(1669年)他
- フェルメール『デルフトの眺望』(1660 - 1661年頃)- プルーストの『失われた時を求めて』に重要なモチーフとして登場する絵画である。
- フェルメール『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』(1665年頃) - この絵をモチーフにしたトレイシー・シュヴァリエの小説(のちに映画化)で一躍有名になった作品。
- ヤン・ステーン 「この親にしてこの子あり」(1665年頃)他
- ヘンドリック・アーフェルカンプ 「氷上の遊び」(1610年頃)
- アドリアーン・コールテ 「苺のある静物」(1705年)
- パウルス・ポッテル 「雄牛」(1647年)
- フランス・ファン・ミーリス (父) 「売春宿の一幕」(1658年頃)
[編集] 参照
- ^ Mauritshuis (2008-01-15), “Dutch Portraits draws 96,000 visitors”, プレスリリース 2008年8月8日閲覧。
- ^ “The Mauritshuis is turned into a museum”. Mauritshuis. 2008年8月8日閲覧。
- ^ “The building”. Mauritshuis. 2008年8月8日閲覧。
- ^ “The 17th-century interior”. Mauritshuis. 2008年8月8日閲覧。
[編集] 外部リンク
- Mauritshuis (オランダ語、英語。公式サイト)