バックウィート・ザディコ

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バックウィート・ザディコ
バックウィート・ザディコ (2006)}
バックウィート・ザディコ (2006)
基本情報
出生名 Stanley Dural, Jr.
出生 1947年11月14日(67歳)
米国ルイジアナ州ラファイエット
職業 アコーディオン奏者、歌手
担当楽器 アコーディオン
活動期間 1971年〜現在
レーベル ブラックトップ・レコード
ラウンダー・レコード
アイランド・レコード
トモロー・レコーディングス
アリゲーター・レコード
公式サイト Buckwheatzydeco.com

バックウィート・ザディコ (Buckwheat Zydeco1947年11月14日 - ) は、米国ルイジアナ州出身のザディコ・ミュージシャン。本名は、スタンリー・デュラル・ジュニア。鍵盤アコーディオンをプレイし、クリフトン・シェニエの築いたブルースロックンロール色の濃いサウンドをベースにしながらも、ロックポップを積極的に取り入れ独自の世界を作り上げた。大手レーベルアイランド・レコードからアルバムをリリースするなど、地元色の強いザディコ音楽の中では数少ないメジャーな展開をしたアーティストのひとりである。

来歴[編集]

ルイジアナ州ラファイエットに生まれた。編み毛の形状からバックウィート(そばの実)のあだ名で呼ばれるようになった[1]

1971年、バックウィートはファンク・バンド、バックウィート&ザ・ヒッチハイカーズを結成し、活動を開始する。1976年にクリフトン・シェニエのバンドにオルガン奏者として加入した。

1979年、自身のザディコ・バンド、イル・ソン・パティー (Ils Sont Partis Band) を結成する。バンド名は、「ヨーイドン」の意で、ラファイエットの競馬場での掛け声から名付けたものである[1]。同年、ブルース・アンリミテッド・レーベルからOne for the Roadでデビューを果たした。

その後、ブラックトップ、ラウンダーからアルバムをリリースしたのち、1988年にアイランドからTurning Pointをリリースした。同作ではゲストにエリック・クラプトンを迎え、デレク&ザ・ドミノスの"Why Does Love Got to Be So Sad?"でクラプトンとのバトルを披露した。

1989年4月に初来日し、川崎、東京、神戸、京都、大阪で公演を行っている[2]

近年は自身のレーベル、トモロー・レコーディングスからアルバムをリリースしている。

ディスコグラフィー[編集]

  • 1979年 One for the Road (Blues Unlimited)
  • 1980年 Take It Easy Baby (Blues Unlimited)
  • 1983年 100% Fortified Zydeco (Black Top)
  • 1983年 Turning Point (Rounder)
  • 1985年 Waitin' for My Ya Ya (Rounder)
  • 1987年 Buckwheat's Zydeco Party (Rounder)
  • 1987年 On a Night Like This (Island)
  • 1988年 Taking It Home (Island)
  • 1990年 Where There's Smoke There's Fire (Island)
  • 1992年 On Track (Charisma)
  • 1994年 Choo Choo Boogaloo (Music for Little People)
  • 1994年 Five Card Stud (Island)
  • 1997年 Trouble (Atlantic/Tomorrow Recordings)
  • 2001年 Down Home Live (Tomorrow Recordings)
  • 2005年 Jackpot! (Tomorrow Recordings)
  • 2009年 Lay Your Burden Down (Alligator Records)

参考文献[編集]

  1. ^ a b Buckwheat Zydeco - allmusic.com
  2. ^ 「来日ブルースマン全記録1971-2002」(ブルース・インターアクションズ)

外部リンク[編集]