ザディコ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
2006年のFestival International de Louisianeでプレイするバックウィート・ザディコ

ザディコ(Zydeco)とは20世紀初め、ルイジアナの南西部で起こった、主にフランス語を話すクレオール系黒人達が演奏するフォーク音楽。ボタン式または鍵盤式のアコーディオンを主たる楽器として用い、ドラムスの他にラブボード(木製の洗濯板が金属製の楽器に変化したもの)がパーカッションとして大きな役割を担うのが特徴。ザイディコと発音する場合もある。

ザディコの歴史[編集]

  • ザディコは、アカディア人の末裔の白人らによって18世紀から演奏されてきた伝統的なダンス音楽 ケイジャン・ミュージックを基にして、アフリカ人の末裔であるクレオール系黒人らがR&Bやブルースの要素を取り入れて、20世紀に発展させてきた音楽である。
  • 1928年、アミディ・アルドワンAmédé Ardoinによって録音された曲が最初のザディコと言われている。
  • 1954年には、ブーズー・チェイヴィズBoozoo Chavisが"Paper in My Shoe"を録音し、ルイジアナ州周辺で大ヒット。ベース、ドラムスを含めたバンド形式のザディコとしては最初のヒット曲となる。この後もブーズー・チェイヴィズは数々のヒット曲を残し、「キング・オブ・ザディコ」の称号で呼ばれていたが、当時の黒人音楽の事情はミュージシャンが搾取される構造だったため、ヒットの割には大した収入は残らなかった。そのため、音楽ビジネスに失望して一度ブーズー・チェイヴィズは引退する。
  • 1965年、クリフトン・シェニエが地元の音楽シーンに登場する。"Les Haricots Sont Pas Salés" (インゲン豆は塩辛くない)という曲をヒットさせた。この曲のタイトル"Les Haricots" ("ルザリコ"と発音される)がzydeco(またはzodico)として音楽ジャンルそのものを指すようになる。クリフトン・シェニエが画期的だったのは、サックスを含むバンドスタイルもさることながら、それまで伝統的なボタン式のアコーディオンを用いていたところに、鍵盤式のアコーディオンを持ちこんだという点だ。鍵盤式に持ち替えることによって、当時流行していたブルースのコードを再現することが可能となり、シャッフルや3連のブルースを主に演奏した。また、クレオール訛りながらも英語で歌ったという点が、それまでのフランス語由来のクレオール語の歌が主潮だった中で強烈な印象を放った。これによって「キング・オブ・ザディコ」の称号は、クリフトン・シェニエに譲られることになる。
  • 1970年代に入ると、ロッキン・ドゥプシーやバックウィート・ザディコといったアーティストが、ブルース由来のザディコではなく、バックビートの強いソウル・ミュージック由来のザディコを演奏する。アメリカ各地で起こった黒人による公民権運動に同調するかのように、白人の ケイジャン・ミュージックとはっきりと異なる音楽であることを主張した。
  • 1990年代には、クレオール (ルイジアナ)系白人のボー・ジョックが、個性的なダミ声と大柄な身体、Pファンクや西海岸のファンクに影響を受けた徹底したダンス音楽としてのリズムを調したバンドで鮮烈なデビューを飾る。特筆すべきは、ボー・ジョックはボタン式のアコーディオンに持ち替えたという点だ。アメリカの同化政策への反発と相まって、もともとのケイジャン文化を掘り起こしたととらえられたこともあり大人気になる。この風潮も後押ししたのか、一度引退して競走馬の牧場を経営していたブーズー・チェイヴィズも復活。新なザディコのムーブメントとなる。ボー・ジョックは1999年に夭逝、ボー・ジョックは3人目の「キング・オブ・ザディコ」の称号が贈られた。

ザディコの現状[編集]

クレオールの伝統的なダンス音楽をルーツに発展したアルドワン・ファミリーのようなタイプと、ロックンロールブルースをアコーディオンでプレイすることによって新境地を開いたクリフトン・シェニエのようなタイプと両者が混在する。今日では、若手のザディコ・アーティストが多数登場し、従来のようなルースやクレオール・ルーツを持つものとは一線を画す、ヒップホップファンクなどの新しい音楽を積極的に取り入れたものも存在する。

代表的なザディコ・アーティスト[編集]

ザディコが盛んな街[編集]

ザディコが盛んな街としては、南西ルイジアナのラフィエオペルーサスなどが挙げられるが、州を越えたテキサスヒューストンも古くから活発である。同じルイジアナには、フランス系白人の演奏する ケイジャン・ミュージックも存在し、こちらもアコーディオンがメインの楽器のひとつとっている。ザディコとケイジャンはお互い影響を受け合いながら歩んできており、今日ではウェイン・トゥープスのように両者のクロスオーバー的なサウンドを狙うアーティストも存在する。