バッキー白片

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バッキー白片(ばっきーしらかた、1912年(明治45年)4月16日 - 1994年(平成6年)9月13日)は昭和期に活躍したハワイアン・バンド、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズのリーダー。本名白片力

生涯[編集]

日系2世の子供としてホノルルに誕生。マッキンレー高校からハワイ大学医学部へ進んでからも、ホノルル・シンフォニー・オーケストラに加入するなど、ハワイアン音楽に傾倒。

1933年(昭和8年)、大学を1年休学してアロハ・ハワイアントリオを結成。 そして来日。「アカカの滝」「フイ・エ」の2曲をレコーディング。

1935年(昭和10年)、同大学を卒業。

1937年(昭和12年)、日本に帰化し冨美子夫人と結婚して東京に居住。

1939年(昭和14年)、ハワイアン音楽、「竹の橋の下」「フラの天国」を発売。 翌年、日本青年館での第1回アロハ・ハワイアンズ発表会が行われた。

戦時中は、ハワイアン音楽の演奏禁止により不遇の時代を過ごす。また、敵性語排除の風潮によって本名での活動を余儀なくされた。

1947年(昭和22年)、バッキー白片とアロハ・ハワイアンズを結成。

1959年(昭和34年)、「南国の夜」を発売しヒット。

作曲活動も行い、石原裕次郎の「俺はお前に弱いんだ」、「ささやきのタンゴ」、「さすらい」、「白樺の湖」などを作曲した。 和田弘とマヒナスターズエセル中田などの後進を育成。

1988年(昭和63年)、勲四等瑞宝章受章。

1994年(平成6年)9月13日、心不全で死去。享年82。

息子の白片与 白片修は、現在マヒナスターズのギターとベースを担当している。