バイチュン・ブティア

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バイチュン・ブティア Football pictogram.svg
Bhaichung Bhutia at the NDTV Marks for Sports event 21.jpg
名前
愛称 Sikkimese Sniper
(シッキムのスナイパー)
カタカナ バイチュン・ブティア
ラテン文字 Baichung Bhutia
基本情報
国籍 インドの旗 インド
生年月日 1976年12月15日(38歳)
出身地 シッキム州ティンキタム
身長 173cm
体重 73kg
選手情報
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-1995 インドの旗 イースト・ベンガル 9 (4)
1995-1997 インドの旗 JCTミルズ 20 (14)
1997-1999 インドの旗 イースト・ベンガル 31 (15)
1999-2002 イングランドの旗 ベリー 37 (3)
2002-2003 インドの旗 モフン・バガン 11 (6)
2003 マレーシアの旗 ペラ (loan) 8 (4)
2003-2005 インドの旗 イースト・ベンガル 38 (21)
2005 マレーシアの旗 セランゴール・MKランド 5 (1)
2005-2006 インドの旗 イースト・ベンガル 16 (12)
2006-2009 インドの旗 モフン・バガン 45 (19)
2009-2011 インドの旗 イースト・ベンガル 3 (0)
2012-2013 インドの旗 ユナイテッド・シッキム 3 (0)
代表歴2
1995-2011 インドの旗 インド 107 (42)
監督歴
2012 インドの旗 ユナイテッド・シッキム (暫定)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年11月22日現在。
2. 2014年11月22日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

バイチュン・ブティア(Baichung Bhutia、1976年12月15日 - )は、インドシッキム州南部ティンキタム(Tinkitam)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはFW

来歴[編集]

インドの国内クラブでプレー後、1999年イングランドに渡りフラムアストン・ヴィラWBAなどでトライアルを受け、最終的にイングランド2部リーグ(現フットボールリーグ1)のベリーに3年契約で入団。2002年までインド人として初めてヨーロッパのプロリーグでプレーし話題となった。

1995年に19歳で代表デビュー。地元開催となったAFCチャレンジカップ2008ではインドの初優勝に貢献し、大会最優秀選手に選ばれた。中心選手として長年インドサッカー界を引っ張り、2009年8月に代表通算100試合出場を達成。代表最多出場・最多得点記録を持つ。2011年8月に代表からの引退を発表した。2012年1月10日インド代表バイエルン・ミュンヘンの試合をもって正式に代表を引退した。

2014年11月21日AFC初代殿堂入りを果たした[1]

エピソード[編集]

  • 兄もローカルレベルのサッカー選手だった。
  • 名前のバイチュンは文字通り「弟」を意味する。
  • 出身地シッキム州には彼の名前が付いたサッカースタジアム「Baichung Stadium」がある。
  • 2004年に長年の恋人と結婚。2010年4月8日に女の子と男の子の双子が誕生した。
  • 北京オリンピックの聖火リレーではインド国内の走者の一人を務めることになっていたが、中国のチベット暴動鎮圧に抗議し走者を辞退した。

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]