バイチュン・ブティア
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | Sikkimese Sniper | |||||
| カタカナ | バイチュン・ブティア | |||||
| ラテン文字 | Baichung Bhutia | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1976年12月15日(36歳) | |||||
| 出身地 | シッキム州ティンキタム | |||||
| 身長 | 173cm | |||||
| 体重 | 73kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ユナイテッド・シッキムFC | |||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 15 | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1995-2011 | 108 (43) | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
バイチュン・ブティア(Baichung Bhutia、1976年12月15日 - )は、インドのシッキム州南部ティンキタム(Tinkitam)出身のプロサッカー選手。ポジションはFW。現在は自らが共同オーナーを務めるIリーグのユナイテッド・シッキムFC所属。
経歴 [編集]
インドの国内クラブでプレー後、1999年にイングランドに渡りフラム、アストン・ヴィラ、WBAなどでトライアルを受け、最終的にイングランド2部リーグ(現フットボールリーグ1)のベリーに3年契約で入団。2002年までインド人として初めてヨーロッパのプロリーグでプレーし話題となった。
1995年に19歳で代表デビュー。地元開催となったAFCチャレンジカップ2008ではインドの初優勝に貢献し、大会最優秀選手に選ばれた。中心選手として長年インドサッカー界を引っ張り、2009年8月に代表通算100試合出場を達成。代表最多出場・最多得点記録を持つ。2011年8月に代表からの引退を発表した。2012年1月10日、インド代表対バイエルン・ミュンヘンの試合をもって正式に代表を引退した。
エピソード [編集]
- 兄もローカルレベルのサッカー選手だった。
- 名前のバイチュンは文字通り「弟」を意味する。
- 出身地シッキム州には彼の名前が付いたサッカースタジアム「Baichung Stadium」がある。
- 2004年に長年の恋人と結婚。2010年4月8日に女の子と男の子の双子が誕生した。
- 北京オリンピックの聖火リレーではインド国内の走者の一人を務めることになっていたが、中国のチベット暴動鎮圧に抗議し走者を辞退した。
所属クラブ [編集]
イースト・ベンガル 1993-1995
JCTミルズ 1995-1997
イースト・ベンガル 1997-1999
ベリーFC 1999-2002
モフン・バガン 2002-2003
イースト・ベンガル 2003-2006
モフン・バガン 2006-2009
イースト・ベンガル 2009-2011
ユナイテッド・シッキムFC 2011-現在
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