ハカ (スペイン)

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Jaca

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Jaca a los pies de la peña Oroel.JPG
Flag of Aragon.svg アラゴン州
Flag of Huesca (province).svg ウエスカ県
面積 406.34km² [1] km²
標高 820m
人口 13,374人(2,010年)[1] 人 ()
人口密度 32.91人/km² [1] 人/km²
住民の呼称 jaqués/-esa
Jacaの位置
Jaca
スペイン内のハカの位置
Jacaの位置
Jaca
ウエスカ県内のハカの位置

北緯42度34分15.639秒 西経0度32分58.0302秒 / 北緯42.57101083度 西経0.549452833度 / 42.57101083; -0.549452833

空から望むハカ城塞

ハカアラゴン語:Chacaスペイン語:Jaca)はスペイン北部アラゴン州の都市。フランスとの国境に近く、ピレネー山脈の山あいのウエスカ県にある。

ハカはポーフランス)とサラゴサからの中世からの主要街道の二本が交差する、アラゴン川の浅瀬にあり、アラゴン王国が築いた城塞都市である。1097年まではアラゴン王国の首都であった。

2004年現在の人口は約12,300人。夏の避暑地、ウィンタースポーツのリゾート地である。1981年1995年の冬季ユニバーシアードの開催地となった。1998年2010年冬季オリンピックの開催地に立候補したがかなわず、2014年冬季オリンピックに再度立候補したが第一次選考で再度落選。

1063年よりカトリックの監督教区であり、11世紀ロマネスク教会の周りには城壁や塔がある。

町の起源はよく知られていないが、ストラボンの記述にあるエブロ盆地に居住するいくつかの部族のなかでも能力があるとされたラケッタニ族の名前に関係しているらしい。ストラボンによると、この地域は紀元前1世紀ローマ帝国セルトリウスポンペイウスの戦争の舞台にもなったとのことである。ムーア人の記録によるとサラゴサ県の主要都市としてジャカ(Dyaka)という名も登場する。いつレコンキスタが達成されたかも不明である。アラゴン王国のラミロ1世1035年1063年)がこの町を「都市」として認め、1063年には城壁内に評議会を設置し、布告などを発令するようになった。ピレネー山脈における古くからの議会の伝統であった。

1930年12月12日〜13日にこの城壁内で君主制廃止を求めた反乱が起こったが、かろうじて鎮圧された。この出来事がスペイン内戦の前兆となった。

ハカの教区博物館(中世キリスト教美術館)ではロマネスクとゴシックフレスコ画が多く保存されている。

人口[編集]

ハカの人口推移 1900-2010
出典:INE(スペイン国立統計局)1900年 - 1991年[2]、1996年 - [3] 

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Población, superficie y densidad por municipios” (スペイン語). INE(スペイン国立統計局). 2011年11月23日閲覧。
  2. ^ Poblaciones de hecho desde 1900 hasta 1991. Cifras oficiales de los Censos respectivos.
  3. ^ Series de población desde 1996. Cifras oficiales de la Revisión anual del Padrón municipal a 1 de enero de cada año.

外部リンク[編集]