ハインツ・クッティン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
獲得メダル
オーストリアの旗 オーストリア
男子 スキージャンプ
オリンピック
1992 アルベールビル ラージヒル団体
1992 アルベールビル ラージヒル個人
1994 リレハンメル ラージヒル団体
ノルディックスキー世界選手権
1991 ヴァル・ディ・フィエンメ ノーマルヒル個人
1991 ヴァル・ディ・フィエンメ ラージヒル団体
1989 ラハティ ノーマルヒル個人
1993 ファルン ラージヒル団体

ハインツ・クッティン(Heinz Kuttin、1971年1月5日 - )はオーストリアケルンテン州シュトッケンボイ(Stockenboi)Gassen地区出身の元スキージャンプ選手で現在スキージャンプ指導者。 現役時代は1988年から1995年に国際大会で活躍した。

プロフィール[編集]

クッティンはまずノルディックスキージュニア世界選手権で華々しい活躍を見せた。1988年地元ザールフェルデン(オーストリア)大会で個人・団体の2冠、翌1989年は団体金メダル、個人4位、1990年は再び個人・団体の2冠とメダルを荒稼ぎした。

17歳で出場した1988年カルガリーオリンピックでは70m級6位入賞、1992年アルベールビルオリンピックでラージヒル団体銀メダル、ラージヒル個人で銅メダルの2個のメダルを獲得。次の1994年リレハンメルオリンピックでもラージヒル団体で銅メダルを獲得した。

ノルディックスキー世界選手権でも素晴らしい成績を残した。1989年ラハティフィンランド大会ノーマルヒル個人銅メダル。1991年ヴァル・ディ・フィエンメ大会(イタリア)でノーマルヒル個人、ラージヒル団体の2冠、1993年ファルン大会(スウェーデン)でラージヒル団体銅メダルと合計4つのメダルを手にした。

スキージャンプ・ワールドカップは通算2勝(2位6回、3位5回)で、1990/91シーズンには自己最高の総合7位となっている。

けがに悩まされ1995年24歳の若さで現役引退した後はフィラハのノルディックスキーセンター指導者となり、2002年から2003年まではシュテファン・ホルンガッハーと一緒にハンヌ・レピストヘッドコーチの元オーストリアナショナルチームコーチを務めた。2003年はポーランドBチームのコーチとなり、2004年から2006年まではポーランドナショナルチームのコーチを務めた。 2008年はドイツナショナルBチームのコーチを務めている。

外部リンク[編集]