ノート:礒崎陽輔/過去ログ1

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過去ログ1 過去ログ2

保護依頼

  • IPアドレス投稿者により荒らし投稿が繰り返されておりますので保護依頼を提出しました。--大和屋敷会話2012年6月6日 (水) 02:28 (UTC)
  • IPアドレス投稿者さんは礒崎の発言を悪意に解釈して攻撃材料にしており問題があります(独自研究)。ツイッターでの発言内容は単純に「大学時代には立憲主義という語句を聴いたことは無いのだがいつころ定着した学説なのか」とつぶやいているだけです。この事実を敷衍して「立憲主義と言う言葉を知らないことが露呈した」云々とは記述できません(「学生時代に聴いたことが無い」ことと、過去や現在において知らないということとは別だ、という単純な事実関係を想起してください)。あえて適切に記述すれば「楢崎は2012年5月28日のツイッター上で学生時代に立憲主義という語句を聴いたことが無いとツイートした」という記述が可能ですが、この記述のみではウィキペディアの存命人物の記事を構成するうえにおいて記事未満(内容が意味不明な記述)にすぎません。適切に引用すれば意味不明だからといって、おもしろおかしく改ざんして独自研究を投稿してはいけません。--大和屋敷会話2012年6月6日 (水) 02:42 (UTC)
  • なお、その後のツイートでは「法の支配、という概念のことではないのか」とツイートしており、ツイッターで論じている内容であるところの「時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます」という論題、これ自体を正しく検証して頂く必要があります。IPアドレス投稿者さんが独自解釈で悪意をもって罵倒しているようには問題は単純ではありませんよ。--大和屋敷会話2012年6月6日 (水) 02:42 (UTC)
  • このノートページも荒らされているため、保護依頼を提出いたしました。--むじんくん会話2012年6月8日 (金) 08:58 (UTC)

差し戻し

またTwitterでの言動(いちゃもんをつけられ付き合いきれずブロック)の曲解をもとにした追記が行われていました。 差し戻しはしましたが、今後繰り返される恐れがあります。124.144.149.128 2015年6月9日 (火) 09:50 (UTC)

申しわけありませんが、本件に関してのあなたの削除には必要性を感じませんでしたのでさらに巻き戻させていただきました。
あなたは「いちゃもん」と言いますが、本件は国家の重大事項に関する首相補佐官の対応として十分特筆性に値します。
1.このテーマは現在国民および政府おける政治上の最重要課題であること
2.本件は礒崎氏の公式アカウントでのやりとりであること
3.やりとりにおいて礒崎氏からも積極的に会話をしていること
「いちゃもん」とするレベルではありません。
「いちゃもん」を理由に削除するのであればあまりに説明不足ですし、それはあなたの主観ではないでしょうか?
正当な理由もなく削除するのは混乱の元になるので控えるようお願い致します。--153.160.198.238 2015年6月9日 (火) 16:01 (UTC)
出典の明記がないため差し戻しました。あとTogetterは最近議論になりましたが、Wikipedia:信頼できる情報源とは見なされません。--K-iczn会話2015年6月9日 (火) 16:06 (UTC)

(インデント戻し) 本件の必要性は上述してあります。また出典を示しており、1.礒崎氏自身の例え話が発端であり、2.その例え話に対して議論が行われ、3.最終的にブロックしたのは、すべて「事実」です。 このテーマは現在政治上における最重要事項であり、広報を担う礒崎氏と国民(未成年であり選挙権は有していませんが)の対話として価値を有するものです。 また礒崎氏のスタンス・考え方を理解するうえでも本議論はよい例です。 削除に熱心な諸氏は、出典が示された「事実」である項目を削除するのはルール違反であることをご理解ください。--153.160.198.238 2015年6月9日 (火) 23:28 (UTC)

まず、出典があくまでもTwitterであること、内容を見る限り話の進展が何らなく、議論と呼べるものではなく。 また、逸話という名においての特筆性を有するものでは無い。 そして、上の人が述べているように本人が述べていたとしてもTwitter等は信頼できる情報とはなりません。 国民の最重要課題だからの述べているが、最重要課題を一部分を切り取って述べるのは適切では無い。 まとめ等にWikipediaの逸話部分がスクリーンショットされているが、まるでWikipediaの権威を利用しようとし、Wikipediaの信頼性を損ねる蓋然性が高い と言わざるを得ない。 それらを考慮した上で逸話部分は差し戻しが望ましいと考える。--社鳥会話2015年6月9日 (火) 23:45 (UTC)

とにかく、双方とも編集合戦はやめてください。
「いちゃもん」は主観的判断でしょう。しかし、それと別の問題として、ツイッターのやりとりだけでは掲載に値する重要性を持ちません。本当に重要なことなら、事態はツイッターにとどまらず、複数の有力メディアで報道され、政治問題化するはずです。もしそうした動きがあるなら、そうした報道を出典として掲載しましょう。そのなる前の段階で、ウィキペディアが先頭を切って事実を広めることはしません。ウィキペディアは、ニュースサイトではなく百科事典サイトになるために、そう決めたのです。--Kinori会話2015年6月9日 (火) 23:56 (UTC)
社鳥氏宛
まず完全に誤解している点について
上述で提示されているリンク先で話題になっているのはTogetterなどのいわゆる「まとめ記事」が信頼性がないという話題
Twitterが信頼性がないという話題はでていない、まして公式アカウントで本人発信である以上「発言の信頼性」としては最も高いもの
そもそもTwitterでの発言は、発言主(元)からの信頼できる出典としていくらでも利用されている
議論について
話の進展ではなく、重視すべきは広報役でもある補佐官が出した例え話とそれが例え話として適切ではなかったという点
発端が国民に向けての説明である以上重要なのは当然、それが適切でないという議論は、説明側の問題となり重要度を増す
まとめ等について
ここに記載されたことがまとめとして再利用されたとしても、それはまとめ側の問題にすぎない
信頼性とは本来「記載されている情報」で決定されるものであり他所からの一方通行で決定されるものではない
スクショが貼られたとしても、そもそもそれは一連の発言によって構成された「事実」であって、なんら信頼がさがるものではない
結論
よって継続が望ましい--153.160.198.238 2015年6月10日 (水) 00:18 (UTC)
Kinori氏宛
一般人のTwitterであればたしかにさほどの重要性はありません。
しかし、首相補佐官の公式アカウントで現在の政治上最重要課題について積極的に発言を行っていること自体政府発言の一貫となります。
さらにその発言がふさわしくないという一連の議論は、政府発言の間違えを指摘してるわけですからその段階で特筆性が発生しています。
少なくとも現政権はネットでの情報発信にチカラをいれてるわけですから、SNSなども含めて政府広報のひとつと見るべきです。
それが報道の査読フィルターを通っていなくても大本営発表としての政府側見解として十分価値を有していると思われます。--153.160.198.238 2015年6月10日 (水) 00:38 (UTC)
繰り返しますが、編集合戦はやめてください。
153.160.198.238さんが重要だと考える理由はわかりました。しかし、ウィキペディアはもう少し高いハードルをおいています。ここはウィキペディアですから、ウィキペディアの基準に従うべきです。ぜひ、Wikipedia:信頼できる情報源を最初から読み通してください。--Kinori会話2015年6月10日 (水) 01:33 (UTC)
>高いハードル
私は礒崎氏の公式Twitterを自衛権問題に関する「政府側の一次資料」と捉えております。
礒崎氏の肩書としてもそうですし、彼の発言が国民に向けての政府見解(一例として今回の例え話)を述べている点からもそれは十分条件を満たしていますし
また現政権がネットでの広報戦略に重点を置いている点からも理解できることと思われます。
国家安全保障担当/首相補佐官の公式ツィートが「政府見解の一次資料」足り得ないのであれば、査読を経た報道も同程度には信頼性がなくなります。
国家安全保障担当/首相補佐官が自衛権問題を火事に例え国民に説明し、その例えは間違っていると指摘された。
現在政治上での最重要課題の「政府の公式見解」とそれに付随する議論、「一次資料」として十分条件を満たしています。
Wikipediaでの資料の扱いとしてはなんら問題ないものと思われます。--153.160.198.238 2015年6月10日 (水) 02:04 (UTC)
追記
「信頼できる情報源」について触れているかたが何人かいますが、そもそもこの礒崎氏の頁で出典を示しているのはわたしが示した部分だけです。
概要・経歴といった肝心な部分の出典がゼロの頁で「信頼できる情報源」について触れるのはあまり意味がない・言ってしまえば無意味に感じます。--153.160.198.238 2015年6月10日 (水) 03:05 (UTC)
公式Twitterからの情報だとしても、それが必ずしも本人であるという証拠にはなりえない(これは企業アカウント等を見ればわかる)。
補佐官が話したから重要と仰っているが、内容に具体性がなくそこから話が進展してないものに特筆性があるようには思われません。
まとめ側に再利用されているのはまとめ側の責任と仰っているが、まるで削除されることを前提にスクショを取り、投稿した時間をかんがみれば、ここでコメントしている本人(IP,153...氏)がマッチポンプのために行っていると思わざるを得ません。
「政府の一次資料」と仰っているが、「一次資料」というものは官報や報道、公知によって多くの人に周知されたものが一次資料であって、公式見解として発表されていないものは一次資料とはなりえません。
補佐官の公式Tweetが政府見解の一次資料足りえないというなら査読を受けた報道もまた同程度に信頼度は落ちると仰っているが、Tweet自体は一個人の見解であり団体(政府)を代表するものではないことから報道の信頼度が落ちるとは言えません。
そもそも、間違っていると指摘を受けただけで、それに付随する具体性が無きものをWikipediaにのせる必要が見出せません。Wikipedia:独自研究は載せないの特定の立場から加えられた解釈でしかありません。
よって、この逸話は取り除くことが望ましい。--社鳥会話2015年6月10日 (水) 03:49 (UTC)
申し訳ございませんが、一般人のTwitterが出典に使われている形で方針に抵触していると判断したため除去しました。--K-iczn会話2015年6月10日 (水) 04:35 (UTC)
IP153.160.198.238です
社鳥氏宛
公式Twitter
このアカウントは礒崎氏のページからリンクされています
またアカウントの開設が2010年である以上「本人」のアカウントであることは確実です
実際にこれを書き込んでいる人間が礒崎氏本人であるか例えばスタッフなど別人であるかは問題ではありません
礒崎氏のアカウントで発言されており礒崎氏本人がその発言を訂正されていない以上本人と同価値であると見るのが常識です
例えば企業アカウントは実際は広報が書き込んでいますが発言に齟齬・問題が発生しない限りそれは企業の総意・発言と捉えられます
それは企業がその広報に代理発言の権利を与えているからです
特筆性
自衛権という政治上の最重要課題を国民に対して担当自ら例え話として出し
その間違えを指摘されたことに特筆性がないと?
マッチポンプ
かなり失礼な発言なので違いますとだけお答えしておきます
具体的な証拠がないにも関わらずマッチポンプ扱いに対して発言の訂正・謝罪を要求します
一次資料
なりまえます
わたしは「公式」見解の一次資料とは申しておりません::::::「政府見解の一次資料」です
担当/補佐官が国民に向けた発言である以上それは公式・非公式問わず担当/補佐官の自衛権に関する一次資料です
例えば大久保日記の内容が公式・非公式問わず大久保利通の政治に対する見解の一次資料たりえるものと同じです
しかし大久保日記は執筆された当時において公文書でも報道でも公知によって多くの人に周知されたものではありません
独自研究
独自研究でもありません
上述の通り、彼の立場を考えたとき担当/補佐官の国民に向けた発言とそれをめぐる当事者を含めた議論です
結論
よって載せるべきです--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 16:46 (UTC)
K-iczn氏宛
保護依頼後の削除はアンフェアでは?
そもそも削除するのでは保護依頼の必要がないはずです
またあなたの主張の一般人のTwitterが出典に含まれているからであるならば、そこのみ除外すればよいはずです
保護依頼が編集合戦であり保護依頼中であるにも関わらず依頼者本人による一括削除に対して抗議いたします
一般人のTwitterであっても議論の当事者であるはずです
本件は両者の発言で構成されており「いずれも議論を構成する要素」です
この用法とTwitterの仕様を考慮すれば一次資料として問題はありません--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 16:46 (UTC)
仮にTwitterが一次資料として問題無いと仮定しても、そもそも記述の視点が偏ってるので問題大ありです。
「10代の女性」は「民青」ですから今回に於いては純粋に「一般人」とは言えませんし、明らかに「10代の女性」さんに都合のいい解釈でまるで「10代の女性」が正しく礒崎氏が間違っているかのように記述されています。
つまりマッチポンプというかネガキャンというか、端的に言って「10代の女性」さんと同じ思想の人物による工作と思われて当然です。
参考→http://togetter.com/li/832976124.144.149.128 2015年6月10日 (水) 19:29 (UTC)
視点に偏りがあるのはあなたでは?
民青であろうがなかろうがそれは問題にはなりません
担当/補佐官と国民の議論です
またこの未成年に都合のいい解釈といいますが
発端は礒崎氏の発言であり、それについて間違えだという議論がなされ、結果礒崎氏は彼女をブロックした
「事実」はこれだけです
どちらの位置にもたっておらず当事者間の「事実」のみを記載しています
(そのために出典として、一般人であるものの当事者の一方である女性側のTwitterも示しました
これは礒崎氏側のTwitterには削除が存在するため、礒崎氏側のみ出典としては偏りがでるためです)
単なる「事実」を以ってして工作とするのは発言として失礼ですね--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 19:52 (UTC)
女性側Twitterの閲覧制限に伴い、出典を礒崎氏のTwitterおよびライブドアニュース([1])に変更いたします--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 21:39 (UTC)
間違えを指摘されただけで逸話と呼べるほどの特筆性はありません。
マッチポンプと述べたことについては感情的に述べたと謝罪します。しかし、投稿時間的なことを鑑みれば私としては疑わざるを得ない状況ですね。一度、昨日午前5時に削除され、そのあと6時前後に復旧させそのあとに某まとめのスクリーンショットが公開されたのが7時前後となると時間的に近すぎるため疑わざるを得ないわけです。
「公式」でなくて「政府見解」と述べているが公式見解と政府見解に何の違いがあるんですか?あくまでも内閣に所属している個人の見解の一次資料としてはなりえます。政府見解の一次資料≠個人見解の一次資料です。
日記に関してはそれは本人の政治に対する見解としては一次次資料になりえます。なぜ なら、信頼できる出版社を通して出版されたものは一次資料として扱えます。しかし、Twitterは本人公式であろうが無かろうがWikipedia:信頼できる情報源の部分において資料としては扱えません。
>>「上述の通り」と述べていますが、議論でTwitterはなく述べた事が重要と仰っていましたよね?何ら議論と呼べるものすら進展なく、指摘したのみで最重要課題だから特筆性があるということはあり得ません。仮に議論の過程で問題となる発言があったならばそれは特筆性を有すると私は考えますが、今回の件は、議論と呼べるものではなく、ただ指摘しただけで何ら進展の無いことから特筆すべき内容で無いことが考えられます。
立場を考えた時と述べていますが、それは独自研究です。あなたの視点からはそう考えられると言うだけにとどまります。
逸話では10代女性のと書かれていますが、それを述べているのは本人しかおらず確認の取れるものではありませんからWikipediaのおいて信頼できる情報源とはなり得ません。仮に掲載するとしても、民青が〜と記述するのが望ましいでしょう。
むしろ、書くとするなら民青の方がアカウントに鍵をかけていることから、指摘したが多人数の人から民青の人は指摘を受けて炎上したことも記述した方が望ましいと考えます。--社鳥会話2015年6月10日 (水) 23:15 (UTC)
議論の継続を行う前に具体的な証拠もないマッチポンプ発言の訂正・謝罪を要求いたします
あなたの発言は単なる個人攻撃です
議論の継続はそのあとで行いましょう--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 23:21 (UTC)
そうですね。マッチポンプについては確かに個人攻撃ですので、その件については謝罪します。--社鳥会話2015年6月10日 (水) 23:30 (UTC)
大和屋敷氏宛
Twitterの扱いはミニブログであり公式アカウントである以上そこでの発言もまた十分一次資料たりえます--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 23:35 (UTC)
社鳥氏宛
謝罪了解しました
では議論に復帰します--153.203.118.149 2015年6月10日 (水) 23:35 (UTC)
社鳥氏宛
礒崎氏は現政権において担当のトップです(むろん組織上の最高責任者は首相ですが)
彼の発言はたとえ非公式であっても一議員の発言とは重要性が異なります
これは独自研究といった話ではありません
担当のトップがオープンの場で見解を述べてる、この状況を以って政府の見解とすることになんの不自然があるでしょうか?
むろんこれは議会やプレス向けの発言ではないので公式ではありませんが
日記
厳密にいえば大久保日記は2種類の性格をもっています
1.個人の日記 2.明治初期政治資料
研究者の校正を踏まえ出版された日記は2となります
これはウィキペディアでは情報源としては明治初期政治の二次資料としても扱えます
しかし全く研究が施されていない部分も存在しました(史籍叢書未収・未刊行)
この部分は大久保利通の一次資料としてしか扱えません
しかし、この部分もまた大久保利通の政治的位置を考慮したとき、一次資料と扱っても大久保利通の見解を通して明治初期政府の見解と結びつきます
誤解のないように述べますが、これはあくまでも日記の記述を羅列しただけでも十分資格たりえるという意味で
独自研究云々の意味ではありませんので
議論
現在政治上の最重要課題でその担当トップの国民に向けた発言とそれがふさわしくないという指摘に特筆性がないと?
冒頭に戻りますが担当トップの発言が独自研究?
この議論自体が特筆性を有しています
10代女性
プロフィールについては一般人の方は自称である以上、(自称)で済むことです
検証性としては「10代女性を名乗る」と編集すれば十分かと
この逸話の中心となるのは、あくまでも担当トップの例え話が、間違えだと指摘された、という部分です
これは担当トップの自衛権に関する認識とも関連するものなので
民青云々は議論とは関係ないことです--153.203.118.149 2015年6月11日 (木) 00:30 (UTC)
オープンで述べているから政府の見解とはなりえません。政府見解というものは政府全体の見解として発表されるもので一個人のTwitterから発信されたものは政府見解とはなりえません。あくまでも一個人の見解です。
日記については、どこが未収録の部分か存じませんがその個人の見解という部分においては一次資料ではありますが、他の要人により補足され政府の見解と結びつくことはあります。しかし、現状の礒崎氏の話とは関係ないです。日記の羅列でもと仰っているが資料としては価値を持っていてもそれを百科事典であるWikipediaに記載する理由にはなりえません。言葉を羅列するだけであれば、それはチラシの裏だけでも十分な話でWikipediaに羅列する必要はありません。情報を収集、処理し書き込むのが百科事典のWikipediaです。
ふさわしくないと指摘されただけでは特筆性はありません。なぜなら、指摘するだけならだれにでもできることです。どの部分がどのように問題でどのようにすべきではなかろうかといった議論が一切なされていない指摘だけで終わっているものに特筆性はありません。もう一度述べますが、あなたは述べたことが重要と先に仰っていましたが議論が一切なされていないものにと特筆性はありません。
そもそも、仮にオープンで話されているものなら逸話とは呼べません、かりに記事を書くにしても発言もしくは語録という言葉を使うべきでしょう。
民青もあくまでも本人談ですから、たしかに信憑性はありませんね。10代女性も信憑性がないので一般人とのみ記載すべきでしょう。
--社鳥会話2015年6月11日 (木) 03:55 (UTC)
なりえます
一個人ではなく担当/首相補佐官です
これが一議員であれば話は別ですが行政における担当トップの発言である点は重要です
担当トップがオープンの場で、1.公式アカウントを用いて、2.自分の主務である公務について、3.国民に説明している、この時点で「政府見解」を構成しています
公式ではありませんが、担当トップの発言である以上「政府見解」と見るべきです
日記
なりえます
研究の手がまわらず未公刊の日記は近世~現代において山のようにあります
この中には政治的重要事項も当然含まれていまし経歴などの事項も当然含まれています
とくに後半経歴などは日記を用いれば羅列になります
ちなみにこの頁のほとんどが礒崎氏のHPからの転載ですよね
これなどは経歴を説明するために自主ページからの引き写し・羅列以外の何物でもないかと
それともここに記載されてる経歴は官報ででも一点一点調べたものなのでしょうか?
特筆性
冒頭に戻りますが、担当/補佐官の例え話それ自体が担当/補佐官の担当公務の認識を理解するうえで重要な発言です
それに対して間違えという指摘、この二点を以って特筆性を有します
なお誤解があるようですが、元の文を書いたのは私ではありません
これはIPを引いていただければわかることです
私の参加は削除の差し戻しからで本文の修正は全角→半角にとどめています
たしかに逸話というのはふさわしくないかも知れません
発言に修正するというのは賛成です
また相手方を一般人と表現することにも賛成です
貴重なご意見ありがとうございます--153.203.118.149 2015年6月11日 (木) 04:29 (UTC)
  • [2]の編集でなされた投稿の要約①2015年6月9日9時33分20秒に磯崎氏はTwitter上でたとえ話と投稿した②10代の女性(アカウント名「ほなみ」)がコメントした③磯崎氏は「返答できなかった」④10台の女性(「ほなみ」)の指摘は「3点」で以下詳細略。①については「仮に引用可能」だとしてもIPアドレス氏がなぜこの一時情報を任意で摘出したのか理由が開示されておらずwikipeida百科事典に採録しておくべき理由が判然としない(WP:NOT#STATS)②この女性が女性であるのか、10代であるのか検証できない、また特筆すべき発言者であると確認できない③IPアドレス氏による独自研究の投稿です④特筆すべき発言者と確認できない発信者の発言を採録することはwikipediaの目的外利用である(WP:NOT#CHATWP:RS#情報源の評価WP:BLPGOSSIPには【誰かが底意がある偏った記述を加えようとしているように見えるなら、信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求めてください。】とあります。ガイドライン通り「信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求め」させて頂きます。以上、各方針をご一読されwikipediaプロジェクトにご参加下さいますよう宜しくお願い申し上げます。--大和屋敷会話2015年6月11日 (木) 04:47 (UTC)
(1)については、担当トップの自衛権に対する発言、さらにそれを例え話として国民に説明したという部分で特筆性を有する
参考としては永野修身#日米開戦
(2)についてはオープンな場であることの議論、また女性側の経歴は問題にならない
国民に向けた発言である以上それを間違えだと指摘したものが、著名であろうが匿名であろうが関係はない
礒崎氏の発言が発端であり、それが間違えだと指摘された、この部分が中心となる
(3)も同様であり、担当トップが主務について発言し、それが間違えだと指摘された、という「事実」が骨組みとなる
ここでの検証性の必要な部分は「議論が行われた」ことのみであり、相手の素性は問題にはならない
なんとなれば相手方の発言は礒崎氏のツィートに引用されているからである
これだけでも礒崎氏が議論を行ったという「事実」の検証性はクリアできる
ただし礒崎氏のツィートは議論が一部削除されているため議論の全容を示すことはできない
そのため一般人方のツィートも必要になる
たとえ経歴が自称であり匿名であっても、礒崎氏のツィートと相手方のツィートの整合性が取れている以上議論が行われたという「事実」は揺るがない
情報源として方針と齟齬をきたすものではありません--153.203.118.149 2015年6月11日 (木) 05:18 (UTC)
ノートに投稿するのが初めてな物でお見苦しかったら申し訳ありません。礒崎氏の編集合戦となっている逸話についてですが
中立的な観点が抜けている為、掲載に値しないのではないでしょうか?
と言いますのも、IP:153.203.118.149さんの主観では磯崎氏の集団的自衛権の例え話の間違えに指摘をした方が居て、
それに対して磯崎氏は答える事ができず苦し紛れにその方をシャットアウトしたとの事ですが。
togetterと言うtwitterの投稿をまとめて閲覧できる様にしたサイトでは本件について153.203.118.149さんとは別の見方を
された方の方が多い様に見受けられました。と言うのも磯崎氏の例え話は例え話として適当では無いと言う共通見解を持ちながらも
指摘を行った10代の女性のリプライ(twitter用語ですが話かけたと考えてよろしいかと)が最初からあまりにも罵倒混じりで
見るに耐えない上に磯崎氏が彼女の指摘を具体的に聞き出そうとするもすり替えや侮辱を止める事をしないとても議論と呼べる物では
無い有様であったからです。その結果磯崎氏がうんざりしてシャットアウトの手順を踏んだと言う感想が今の所の大勢でもあります。
もちろん大勢であっても主観である事に変わりはありません、この様に153.203.118.149さんとtogetter等に感想を書き込んだ方々の
見解がまったく違う状況ですので両方の見方を織り交ぜた物か、あるいは掲載しないのが妥当では無いでしょうか?
引用:http://togetter.com/li/832562 --Mabosan会話2015年6月11日 (木) 07:44 (UTC)
記述するなら、「ほなみ」氏が共産党・民青と関係あるという伝聞がある女性であること、および「バカをさらけ出して恥ずかしくないんですか」と、議論・論破に及ぼうとするにははふさわしくない言動を最初のツイートで礒崎氏に送ったことについて触れなければならないでしょう。いずれにしても現段階では、特記する情報には及ばない、と判断します。礒崎氏が共産党・民青の構成員と確認できるような相手に対して、正しく議論・論争があったとする、ある程度信頼できる情報源が必要でしょう。--砂手紙会話2015年6月11日 (木) 07:42 (UTC)
この部分追記
IP153.203.118.149、153.160.198.238 です
Mabosan氏宛
その大勢というのもひとつの主観だと思われます
わたしは本件に対しリアルタイムで見ており、その後の経緯はTwitterをリアルタイムで各種検索で追っています
togeteerやまとめなどもある程度把握しております(コメント削除の件も含めて)
結果主観で話すとすればやはり「10代女子」が「礒崎補佐官の例え話」を「論破した」というほうが圧倒的に感じます
ただこれを以って特筆性を有すと言ってるわけではありません
中立的な観点
暴言については捉え方がいろいろあると思われます
礒崎氏側もxxなどの表現も使っております
論破した気になる詭弁云々を見てもあのまとめ自体レトリックの視点が欠けてる、というのが私の感想です
ブロックのタイミングですが礒崎氏はバカなどの暴言に対してすぐブロックする旨宣言しております
にも関わらず最後まで議論に参加したことは暴言よりも議論を優先したということです
編集
上述もしておりますが、本文の執筆は私ではありません
中立的な方向へ向けての修正は削除に比べウィキペディアの方針から見てもよほど建設的ですので賛同いたします
骨子となるのは「礒崎氏の例え話」が発端でありその「間違えを一般人が指摘し」結果礒崎氏は「ブロックした」あるいは彼女が「ブロックされた」
なお、上述しておりますが削除前にわたしが追加した出典は議論の全体を把握できるよう礒崎氏側・一般人側のツィートをすべて記載しております
これは礒崎氏側には削除が存在するため議論の公平性を保てないからです
少なくとも出典においては当事者同士の議論はすべて記載しておりますので問題ないかと思われます
ただ一般人側が閲覧制限をかけたため、ライブドアニュースを使う方向へシフトしているところです--153.202.254.93 2015年6月11日 (木) 18:16 (UTC)
砂手紙氏宛
わたしは行政府国家安全保障担当内閣総理大臣補佐官と国民の議論だと認識しております
民青であろうが共産であろうがそこは問題にしておりません
(むろん一般人側が議員であるならそれは異なりますが)
最初のツィートで暴言を送ったことについては上の方でも書きましたが、礒崎氏は暴言に対してブロックする旨宣言しております
しかし結局議論に応じたということは暴言よりも議論が優先されたということです
また暴言というなら礒崎氏もxxという伏せ字も使っています
どっちもどっち論で両方記載するのもひとつの方向でしょうが、わたしは上でも述べた骨子の方向で簡素な「事実」のみに編集しなおしたいと思います
特筆性
上述しておりますが、「行政府国家安全保障担当内閣総理大臣補佐官」が「自分の主務」について「公開された場」で「不特定多数」に「例え話」をしたという時点で特筆性にあたいします
例え話とはどれだけ等号で結びつくかで主務の理解度となります
事例としては永野修身が参考になります--153.202.254.93 2015年6月11日 (木) 18:16 (UTC)
個人でなく担当/首相補佐官だから政府見解と見るべきおっしゃっていますが、あくまでも個人のアカウントで述べているので個人見解です。
日記については、複数の情報源からそれが未収録であってもそれと類すると判断できるものは二次資料として載せることは出来ます。ただし、日記を全文掲載する必要はありませんし、掲載してはいけません。それはただの無断転載です。Wikipediaは百科事典なので、その情報を集約し書き込むことはあっても全文掲載する必要はありません。ここに記載されてるものは私が書いたわけではないので存じません。
担当が発言したことと間違いを指摘されたことの2つで特筆性があると仰っているが、間違いを指摘されただけで具体性無きものに特筆性はありません。なぜなら、どのような言葉であれ指摘することは誰にでもできます。そのうえで、具体的にどの部分がこのように認識としては間違っていると述べられているならば特筆性はあります。今回の件では議論とは呼べませんし、指摘と仰っていますが、私としては指摘と呼べるようなものであるとは解釈できません。
掲載するとしても、「礒崎氏が担当している公務の個人見解としてTwitter上で以下の発言をした。」に止まるでしょう。指摘の部分は事実ではあってもWikipediaに掲載する特筆性は有していません。
ただし、一次情報源しかないので私としては「逸話」部分は全文掲載すべきではありません。報道によって二次資料が出てくるようでしたら掲載することは出来ます。
--社鳥会話2015年6月11日 (木) 22:42 (UTC)
一個人の見解というのは非常に無理のある考えかたです
公開の場で公人が自分の主務について説明している以上
それは「非公式な状態での公人の見解」です
また礒崎氏はその公人としても主務のトップにいるのですから
その発言には重要性が存在します
それを無視してあたかも私人のように扱うのは無理があります
日記
むろん日記全体を転載することはまず必要性がありません
研究者の手を経ていない日記はその信憑性に疑問がつきます
複数の情報源と比較してですが、それは独自研究そのものです
使用できるのは一次資料としてのみです
発言
冒頭に戻りますがまず発言そのものに特筆性があります
指摘は誰でもできますが一方的な指摘でなく礒崎氏本人も参加しています
この時点で議論として形成れています
編集
当然本文は編集し直す必要があります
礒崎氏の発端となった例え話は当然全文引用する必要があります
以下の議論については両者の要約となるでしょう
一般人側の指摘まとめとしては現行からさほど手を加えずとも問題ないかと
対論となる礒崎氏側の主張(発端の例え話をのぞく)はまとめたうえで加筆の必要がありますね
なお出典としては礒崎氏のTwiiterとライブドアニュース(上述)を使用します
(一般人側のアカウントに閲覧制限がかけられているため)
貴重なご意見ありがとうございます--153.202.254.93 2015年6月11日 (木) 23:27 (UTC)

wikipediaは百科事典です。WP:BLPGOSSIPには【誰かが底意がある偏った記述を加えようとしているように見えるなら、信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求めてください。】とあります。ガイドライン通り「信頼できる第三者によって公表された情報源を要求し、項目本人の著名性に関連が深いものであることを証明するよう求め」させて頂きます。以上、各方針をご一読されwikipediaプロジェクトにご参加下さいますよう宜しくお願い申し上げます。--大和屋敷会話2015年6月12日 (金) 01:50 (UTC)

底意の判断は主観にすぎません
そもそも発言の発端は礒崎氏本人です
また、一次情報は本人の頁に限り使用可能です
議論が行われたのは「事実」です
その議論の内容が中立・公平であるかの検証をウィキペディアでは求めていません
必要となるのは議論が行われたという「事実」の検証のみです
これは礒崎氏のTwitterおよびライブドアニュースで十分です
本件を集団自衛権についての頁に記載するのであれば、資料の扱いとして方針に抵触するかもしれません
しかし、礒崎氏の頁に発言として記載する限りにおいては方針と齟齬をきたすものではありません--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 02:03 (UTC)
WP:NPOVFAQ#偏った意見を削除して良いか
なおこうした方針も存在します
もし大和屋敷氏が該当項目を偏っていると判断するのであれば
どのようにすれば中立的な項目になるか建設的な意見を提示すべきかと思われます
少なくとも該当項目は「事実」に対しての項目であり
資料も存在しているのですから--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 02:28 (UTC)
議論が行われたと言う事が事実であると言われれば私は違うと思います。改めて両者のやり取りを読んでみましたが、
どう見てもほなみと言う方は最初から喧嘩腰であります、この様なアプローチをする人は一般的に議論の相手にはなりえません、
喧嘩腰の言動をぶつけられた物もまた相応の返答しかできなくなり今回の磯崎氏も例外ではありません。
また、喧嘩腰の相手といくつか言葉を交わしたからと言って議論であり、ブロックをしたから論破であると断定するのも、とても恣意的な意図がある印象を持ちます。
153.202.254.93さんはいろいろと理屈を立ててこちらの逸話を掲載したい様ですが、上記の観点から書き込んだ方も含めて
『論破された』『ブロックした』と言う事に重点を置いている事が窺い知れます。
仮に事実を掲載するのであれば『一般女性がSNS上で中傷を行った所、自身も伏字ではあるが中傷する様な応対をした』
程度の記述にしかなりえないと考えます。153.202.254.93さんや逸話を書き込んだ方はそれでは納得しないのでしょうが
私やtogetter等でこれらのやり取りを傍観していた方の意見はこちらが大勢でした。どちらが多いかと言う話ではありませんが
153.202.254.93さんの言う『事実』自体が見た方により事実では無くなっているのですから。掲載にあたらないと考えます。
もし載せるのであれば先に述べた様な一般人と政治家の程度の低い言い争いと言う様な記述が望ましいと思います。--Mabosan会話2015年6月12日 (金) 04:54 (UTC)
私は言葉遣いがどうあれ必ずしも程度の低い議論とは思っておりません
繰り返しになりますが礒崎氏は暴言に対して度々ブロックを行っております
つまり相手方のはじめのツィートでブロックは可能であった
にも関わらず礒崎氏はそこで議論を開始しています
議論の中立性・公平性、言葉遣い、程度の高い/低いは問題にはなりません(しません)
ウィキペディアではそこには踏み込みませんので
求められるのは「議論が行われた事実」のみです
特筆性について有している点は「論破した」や「ブロック」した云々の結論部分ではなく
発端となった例え話のほうです(この点は何回も上述しております)
あえて順位をつけるとすれば、1.例え話、2.指摘→議論、3.ブロック といったところです
ただし上記のとおりブロックは重視しておりません
この原因には礒崎氏が議論に負けたという捉え方もできますし、暴言によるものという捉え方もできるからです
故に「論破」云々も私は重視していません
論破したというのはブロックしたから導きだされた意見ですが、礒崎氏のブロックの真意が不明な以上勝った/負けたという結論はだせないからです
中傷という曖昧かつ主観的な表現は採用しません
骨子とするのは、礒崎氏側の発言と相手方の指摘のみです
相手方の指摘は現行の3点にさほど手をくわえずとも要約されているので大きな変更は必要ないと思われます
加筆が必要な点は礒崎氏の発端の例え話と以降の礒崎氏の発言の要約です
ブロック云々に関しては外すことも検討しております
整理すると
礒崎氏の例え話全文、相手方の指摘要約(現行を踏襲)、礒崎氏の回答要約
このように書き換えることを企図しております--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 06:03 (UTC)
万人がそれを議論とは呼びませんと言う話です。したがって事実とおっしゃられるのは貴方と
貴方に近い思考を持った方だけになります。また議論の定義に照らし合わせても議論ではありません。
私は程度の低い言い争いと言いました、議論とは言っておりません。
では本件の逸話について磯崎氏の例え話に重点を置くとしたらその話をwikipediaに乗せる意義は
何なのですか?これから氏が別の政策について異論のある解説を述べたら適宜全部載せるのですか?
繰り返しになりますが153.202.254.93さんと第一記述者の方は否定はしていますが『指摘→論破→ブロック』
に重点を置いている様にしか取れません。何故ならこの件はその部分が無いとよくある政治家の
説明不足な発言でしか無いからです。そんな発言は与党野党問わず日々発生しており指摘も毎日の
様にSNSで繰り返されています。それらを全てSNS上から拾い上げて書き連ねる事はwikipediaを時事ネタ
だらけにしwikipediaの価値を下げる行為でしかありません。そんな物はまとめサイトでやっていただきたい。
つまりは『自称10代の一般女性が重要ポストの政治家に重要法案についての改正の意義があるのか
議論を持ちかけたが、氏は答える事ができなかった』と言う『事実・エピソード』が無ければ
少なくともwikipediaに載せる価値がある情報では無いでしょう。
貴方が整理された部分を引用しますが
>礒崎氏の例え話全文、相手方の指摘要約(現行を踏襲)、礒崎氏の回答要約
こんな取りとめのない話を載せる必要性を貴方は本当に感じていますか?
『議論→論破→ブロック』したと言う部分が無ければ逸話として取り上げる価値は無いのではないでしょうか?
そしてその『事実・エピソード』が主観による感想の域を出ていない。『事実』では無く『思い込み』のレベルな為
『事実』を載せるこのページでは異論が出るのではないでしょうか?
したがって掲載の必要は無いと思います。wikipediaは百科事典であって写真週刊誌ではありません。--Mabosan会話2015年6月12日 (金) 07:41 (UTC)

「簡素な「事実」のみ」を書くなら、「ほなみというハンドルの民青関係者が、「バカをさらけ出して恥ずかしくないんですか」と最初のツイートを礒崎氏に送り、その後、私感のツイートを送り続けた」ですね。いずれにしても特記すべき事項ではありません。「ほなみ」というハンドルを持つ人物が特記すべき人物(そのハンドルで公的活動をしていると確認できる人物)なら、特記するに値するかもしれません。--砂手紙会話2015年6月12日 (金) 08:04 (UTC)

Mabosan氏宛
万人が議論とよばないというのは抽象的な表現です
これを程度の低い中傷・言い争いとあなたは言っていますがその表現はあなたの「主観に基づく表現」にすぎません
二名以上のものが意見を重ねればそれは議論となります
例えば一例として三省堂大辞林-議論では
「それぞれの考えを述べて論じあうこと。また,その内容。」とのみ定義されているだけです
また同-論ずるでは3種の意味があげられていますが
相手方の発言は2の意味においては確実に成立します
また1の意味においては言葉遣いは問題とされておらず、相手方の発言を照らしても論点はおさえられています(本項目の3つにまとめらた要約参照)
なお3の意味はそのもの「言い争い」ですがおそらく古語表現なので割愛
内容の公平性・中立性、程度の高い/低い、言葉遣い、
そういった内容に踏み込むことはウィキペディアでは求められておりません
特筆性
これはMabosan氏以外への説明の繰り返しになりますが、話題が現在政治上における最重要課題であること
それを担当/補佐官が例え話で表現したことです
例え話というのは説明すべき事象の本質といかにイコールで結ばれているかが重要です
これは主務の理解度への判断ともなります
よってこうした例え話自体が特筆性を有します
こうした事例に関しては例え話を多用した永野修身が参考になるかと思われます
よくある政治家の発言と異なる点は礒崎氏の立場とその内容が現在政治上の最重要課題である点です
またこの政治上の課題がどういう形に転ぶかはわかりませんが
この時期(渦中)の担当の発言として捉えても特筆性はあります
また、相手方の質問に答えられなかったを削ると載せる価値がないというのは当てはまりません
上記のとおり特筆性は例え話にあるためです
例え話が提示され、それが的確ではないという指摘とそれに対する回答だけで、十分「例え話を発端とした議論」の説明たりえるからです--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 08:44 (UTC)
砂手紙氏宛
内容が以前とほぼ同じものなので2015年6月11日 (木) 18:16 (UTC)のこちらの発言を以って返答とさせていただきます--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 08:49 (UTC)
WP:VERIFY#自主公表された情報源:公式サイト
再三繰り返しになりますが、一次資料をその本人の頁で使用する限りにおいては問題ありません
礒崎氏のTwitterが認証(=公式)アカウントであることは記載されています(名前横のチェックマーク)
またHPからリンクがはってあることからも証明されます
Twitterの実際の執筆者が礒崎氏本人でなくとも礒崎氏の公式アカウントであり、特に注記がされていない以上本人のものと同価値であると考えるのが通例です
これはWebに限らず出版物においても実際の執筆者と表題の執筆者が異なっていた場合でも、それが証明されることはごくまれであり、
一般的には記名された著者を以って執筆者とイコールとする、いわば「常識」の範疇だからです
第三者の情報源はあくまでも「存在する場合」の比較検証材料としてであり:必要条件とは記載されておりません--153.202.254.93 2015年6月12日 (金) 12:25 (UTC)
Wikipediaにおいて検証可能性や特筆性は当然大事なんですが、それ以前に「“ほなみ”氏が正しく礒崎氏が間違っているとしか解釈できないあの文面では事実に即していないためWikipediaには記載できない」という点は理解できていますか?
口調はどうあれ、的外れな「指摘のようなもの」に付き合いきれず礒崎氏がブロックしたことをもって「論破」と認識しているのは“ほなみ”氏とお仲間だけであり、礒崎氏擁護派ではない人からも疑問や批判の声は複数上がっています。これは「事実」です。124.144.149.128 2015年6月13日 (土) 05:00 (UTC)

政府見解の一部と扱えるか否かを話しているのであって、「非公式な公人の見解」とかの話はしていません。 公人であろうが私人であろうが政府の見解ではなくあくまでも個人の見解です。 日記については、確かに精査されていない部分は一次資料でした。 発言については、あれは議論ではありません。なぜなら、指摘した本人がその後何ら具体的な指摘について話してないからです。礒崎氏も参加しているとありますが、あれは参加ではなく具体的な指摘を返答しているだけであって、それだけでは参加とは呼べません。 編集については、一般人指摘まとめとしては現行から問題ないかととは? そして、ライブドアニュースはWikipedia:信頼できる情報源として使用できません。 --社鳥会話2015年6月13日 (土) 10:42 (UTC)

IP153.202.254.93、153.203.118.149、153.160.198.238 です
124.144.149.128氏宛
本文に関しての書き直しは当然企図しておりますし
その書き換えの内容についても何回も上述しております
また論破云々を重要視していないこともすぐ上で話題にでております
話題が何段階も前にもどっておりますので
申し訳ありませんがこのノートを一読したうえでご参加ください--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 14:03 (UTC)
社鳥氏宛
非公式な場での公人の見解は政府見解の一部です
ですから非公式な場での公人の見解の話題をだしたのですし
大久保日記の例をだしたのです
礒崎氏は行政府の上級ポストの一人であり
その主務について公開の場で発言しています
礒崎氏が個人アカウントで行っているのは政府見解の代弁であるという前提の視点がぬけていませんか?
無軌道に主務について自己の意見を述べれるポストにいるわけではありません
相手方の指摘の具体性は本頁の三点にまとめられています
指摘としてはあれで十分具体性を満たしています
ライブドアニュースについてですがそれは二次資料として利用する場合の話です一次資料としての定義には「実際に出来事を目撃したジャーナリストによる報道記事」とあります(WP:RS#情報源)
無記名ですがそれは一般報道でもよくあることですから問題になりません
この場合「ライブアドアニュース」自体がジャーナリストとなります
(無記名報道における扱いはウィキペディアの方針では定義されておりません、ここでは著作権を参照にしています)
一次資料として礒崎氏の頁で扱う限りにおいては問題ありません--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 14:03 (UTC)
追記
>礒崎氏が個人アカウントで行っているのは政府見解の代弁であるという前提の視点がぬけていませんか?
これは個人アカウントで主務について発言する際政府見解の代弁である、という意味です
>無軌道に主務について自己の意見を述べれるポストにいるわけではありません
これはポストが低いという意味ではなくポストが高い(国家安全保障担当内閣総理大臣補佐官)、
つまり非公式であってもその発言に責任が生ずるという意味です

「半保護が2週間」というのは、信頼できる情報源が見つかるかもしれない期間の保護(猶予)で、その間に信頼できない情報源しか見つからない場合は、その期間が延長されることになるでしょう。毎日同じようなことを書くのも何ですので、153.203.42.51さんは新たな「信頼できる情報源」をノート欄に追記してみてはいかがでしょうか。--砂手紙会話2015年6月13日 (土) 14:35 (UTC)

というよりIPで書かれている方々にお願いしたいのですが、誰と話をしているのかわからなくなりつつあるのでアカウントを取得することをお薦めします(Help:ログイン)。--K-iczn会話2015年6月13日 (土) 14:53 (UTC)

砂手紙氏宛
保護依頼の理由は編集合戦です
編集履歴を見ればわかりますが出典の問題はTwitterでクリアされています
問題となっているのは本文記事のほうです
こちらも繰り返しになりますが一次資料を本人の頁において使用することはなんら問題になることではありません--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 15:16 (UTC)
K-iczn氏宛
自らだした保護依頼後の編集に関する件について説明をお願い致します
保護依頼をだした以上その状態を保護したうえで議論するべきかと思われます
上述しましたが出典の一部に問題があるのであればその部分のみを削れば済むことです
あなた自身が依頼した編集合戦と同様の行為を行っていることを理解しておりますか?
追記
保護依頼者とK-iczn氏は別の方であり、混同したのは当方の勘違いでした
大変失礼な発言謝罪してお詫びいたします
IP
わたしはウィキペディアの五本の柱の「誰でも編集可能」に基づきあえてログインしておりません
(また過去にログインしたこともありません)
当ノートにおいてIPがかぶるような状況などが発生すればログインを行いますが
そうした状況が起きないかぎり継続してIPユーザーで参加いたします--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 15:16 (UTC)
非公式に述べているわけですからあくまでも個人の見解です。
どこに指摘の具体性があるのか述べてください。私としてはあの指摘に関してはとても議論とは呼べないし、指摘だけであればいらないわけです。
仮にWikipediaに乗せるとしても発言として礒崎氏はこのように述べていたでけで、指摘されたとかは一切いらないわけです。
ライブドアニュースは見ましたが、内容として恣意的な名称をつけてTogetterにまとめられていたものとなんら変わらないわけで、それを一次資料としても扱うにはWikipedia:中立的な観点 に抵触するのではないかと思われます。
--社鳥会話2015年6月13日 (土) 15:29 (UTC)

少なくとも保護依頼を出したのはKinoriさんであり私ではありません。差分。--K-iczn会話2015年6月13日 (土) 15:37 (UTC)

社鳥氏宛
公人かつ肩書のある者が主務につて自分の公認アカウントで発言している、この時点で政府見解の一部です
指摘に関しても繰り返し述べているように当項目に要約された三点で十分指摘たりえます
たしかに一番に重視されるのは礒崎氏の発言ですが、そこに「具体的な」指摘があった以上そちらも記載する必要性が生じます
出典が公平でないことや中立性に欠けていてもそれが本文に反映されなければ検証性に問題はありません
Toogetterとライブドアニュースの違いは個人と法人の違いです
むろん法人すなわち信頼できる情報源とは考えておりませんが
それを一次資料として使用する限りにおいては問題ありません
議論が並行してるようですので、しばらく冷却期間を置かれたほうが宜しいかと思われます
おそらく主張は出尽くしていると思いますし
現状でも~そうだ/~そうでないの繰り返しのやりとりになっています--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 15:50 (UTC)
政府を代表しているわけではないので個人見解です。主務であっても非公式に述べている限りは個人の見解です。
どこに一般人からは具体的な指摘があったのか述べてください。指摘だけならだれでもできます。指摘だけなら記載するだけの特筆性はありません。
一番最初の3つの要約だと最初に述べている、積極的に参加していると仰られているが、たとえ話が下手でそこから話が進んでないと思われますが?
公式アカウントだからどこに具体性があるのか
政治上の重要課題だからどこに指摘としての正当性が存在しているのか
内容が重複しているのであれば個人や法人であれ、Wikipedia:中立的な観点 としては甚だ不適当に思われます。
指摘した本人自体が炎上して消えてしまった現状において、指摘されたということは大多数にとってはその発言が不適当と思われたのではないかと個人的な感想としては思いましたがね。
もし、書くのであれば炎上して指摘した本人がアカウントに鍵をかけたまで書くのが筋でしょう。もしくは、発言録としてこのような発言があったという記述にとどめるべきかと。
--社鳥会話2015年6月13日 (土) 16:03 (UTC)
K-iczn氏宛
保護依頼者と混同した件は当方の勘違いでした
大変失礼な発言謝罪いたします
ただ保護依頼後の全文削除はやはり問題があると思われます
部分訂正にとどめるべきであったと思われます--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 16:16 (UTC)
社鳥氏宛
やはり冷却期間を置くべきかと思われます
今回あなたが書かれたコメンに対する事は一つ前のわたしのコメントになってしまいます
指摘も言葉遣いを除けば十分具体性をもっていますし
議論に礒崎氏本人が参加したことは当議論の価値をあげています
(この辺は議論がループしています)
社鳥氏の指摘は言ってしまえば、~そうだと思わないという意見に終始しています
アカウント云々に関しては記事にするのには無理です
まず鍵をかけた理由の検証が不可能です
また「炎上」という表現も不適当です
「炎上した」というのはこの場合本人発言がない以上客観表現となりますがそれを検証するための出典は存在しません
そもそも一般人側のアカウントは礒崎氏と直接議論したから意味のあるものであってそれ以外の必要性を有していません
出典によって構成することのできる記事は
「発端の発言」「一般人側の指摘」「礒崎氏側の返答」これだけです
ライブドアニュースの記事はあくまでも一次資料として一連の発言が採録されているからです
また出典元が偏っていても記事にその偏りが反映されない限り使用に問題はありません
(情報源として注意をして使用という扱いです)--153.203.42.51 2015年6月13日 (土) 16:47 (UTC)
追記
ライブドアニュースの扇情的な見出しや視点に対して注意書きをする必要は当然あります
指摘の具体性がどの部分にあるか説明してください。
言葉遣いを除いても、指摘しただけでそこから具体的な議論になってないわけです。
議論になっていないものに議論の価値は存在していません。
鍵をかけたのは事実です。この指摘ののちに鍵をかけたということはそれはこの指摘に不適当な部分がありそれを指摘されたことがあるのではないかと思われます。もちろん、これは私の独自研究ではありますが。
冷却期間を設けるのには反対ではありません。私もこの議論だけではなくほかのページの記事を少しずつでも書かねばなりませんので。
--社鳥会話2015年6月14日 (日) 00:15 (UTC)
まず1番重要な部分は発端の例え話です
これに対して指摘し礒崎氏が対論を行った
議論の定義は辞書より上述してありますがこの状態は十分議論たりえます
3点とも指摘内容として十分です
1は例え話の例えが間違っていることの否定:これは例え話に対しての議論ですから指摘として当然です
2・3は具体的な指摘の要約として問題ありません
本文の要約3点が具体的でない理由をむしろ提示していただきたいです
上述しましたがあなたの意見はすべてにおいて、こちらの説明に対し「そうではない」の一点張りで具体性がありません
そこを説明していただきたいです
なお鍵をかけた云々は議論に対する余談・後日談という扱いになりますが
それを記載するとしたら、この一般の方のなりすましが性行為を呼びこむ発言を連投しアカウント凍結になったことも必要ですね
もちろん、これも独自研究ですが
なお投稿記録を拝見させていただいたところ、この頁以外での編集は本年では半年前に1回なされただけのようです
あなたのコメントもそれに対するわたしのコメントもループしておりますので、ご趣味の記事の編集を行って冷却されたほうが宜しいかと思われます--153.203.42.51 2015年6月14日 (日) 00:53 (UTC)

編集合戦が起きたのには以下の記述を載せるかどうかに派生しており、この件に関しては「中立的な視点であるか」「信頼できる情報源か」「記述するほどの情報か」の3点が問われています。

「2015年6月9日09時33分20秒に磯崎氏が自身のTwitter上で発言した例え話に対して10代の女性がコメントしたところ、そのコメントについて返答することができず、最終的には10代女性のアカウントをシャットアウトする対応をみせた。10代女性から磯崎氏に指摘のあった3点。1、磯崎氏はそもそも例え話ができていない、と指摘。2、磯崎氏は集団的自衛権と個別的自衛権違いがわかっていない発言をしている、と指摘。3、磯崎氏は「他国が我が国を守るために戦ってくれている中」と発言したが「どの国がどんな理由で日本を守る戦いをしているのか」と指摘。」

その点に関する意見の合意形成がなされていない以上(掲載したい、という側の人間が、しなくてもいい、という側の人間の説得に十分成功しきっておらず、同じ意見を繰り返している以上)、引用部分の記述が含まれるテキストが復活されることはありません。

繰り返しますが、「中立的な視点」「信頼できる情報源」の新たなものが見つかるまで、153.203.42.51さんはノートでの記述・発言を控えられたほうが賢明です。--砂手紙会話2015年6月14日 (日) 04:40 (UTC)

保護以前の記述をそのまま復活させる気はありません
本文の書き直しは企図しておりますし何回も述べています
方針としては2015年6月12日 (金) 06:03 (UTC)などをご参考にして下さい
また中立的な視点に着目するのならば、礒崎氏の発端の発言だけを載せるのは中立性・公平性に欠けます
議論の内容に踏み込んだ場合、一般人側の指摘(=礒崎氏とは反対側の視点)は当然必要です
「信頼できる情報源」に関しては砂手紙氏に再三説明していますので以前のコメントを参照してください
Twitterは一次資料であり、本人の頁において使用可能です
申し訳ありませんがノートをご一読下さい
砂手紙氏の発言には往々にして既出のものが多分にふくまれております--153.203.42.51 2015年6月14日 (日) 04:57 (UTC)
追記
掲載したい側の人間が説得に成功していないとおっしゃいますが、掲載したくない側の人間が説得に応じない、そういう視点も必要です
ここは討論の場ではなく、記載に関して建設的に話し合う場なのですから

単純に考えて、礒崎陽輔議員が今回のTwitterの件で複数の大手メディアから批判を受け、記者会見を開催して謝罪含めて弁明したとか、現ポストを辞任するとか政府や自民党から目立った処分を受けたまで至らないと記載すべきではありません。そこまでの状況まで必要ないとか言うのでしたらTwitterやっている政治家記事の在り方についてWikipedia:井戸端などで発議して下さい。もはや礒崎陽輔議員に留まらない問題であるようなので。--K-iczn会話2015年6月14日 (日) 06:03 (UTC)

留まらない問題であるというのは理解賛同できかねます
ネット上の話題性と特筆性を結びつけるつもりはありませんが
ひとまとめに政治家のTwitterでの発言と指摘でくくれるものでもありません
結局それはケース・バイ・ケースになるのでは?
マスメディアによる報道=特筆性とは考えておりません
報道がわずか(あるいはゼロ)で本人発信(あるいはそれに近い状態)しか情報がなくても記載に値する情報はウィキペディア内にいくらでも存在します
井戸端でひとくくりに議論すべき話題ではないと思われます
仮にそこで結論がでても個別の特筆性という判断は残ります--153.203.42.51 2015年6月14日 (日) 06:42 (UTC)
確かにケースバイケースですけど、「Twitterでのつぶやきが原因で謝罪など何かしらの社会的制裁を受けた」事実が出ないと特筆性は生じないでしょう。自分が書きたいってだけで「Twitterでこんなことを言った」と書き続けることが許容されてしまいます。--K-iczn会話2015年6月14日 (日) 14:30 (UTC)

コメント コメント依頼から来ました。今回、編集除去された出来事に特筆性があるかどうかはさて置き、後半部の出典が「信頼できる情報源」では無いので、少なくとも後半部に関しては除去は当然の処置です。個人のブログ等で自己公表された情報源は、公表者自身についての情報源として利用できますが、本項目で除去された「10代女性から指摘のあった3点」なるものは、磯崎氏が述べたのではなく、10代女氏が述べたもので、磯崎氏が「自己公表」したものではありません。出典として不可です。

ついでですが「(磯崎氏が)そのコメントについて返答することができず」というのは「独自研究」です。客観的に記述するならば「そのコメントについて最後まで返答せず」となります。--123.220.9.32 2015年6月14日 (日) 08:18 (UTC)

当方は保護依頼前の記述の復活を考えているわけではなく
上述の通り本文の修正について企図しております
3点の指摘は礒崎氏側でも対論をだしているため、
相手方が公表した意見ではなく、礒崎氏が対論を出した意見という礒崎氏主体の記述の形であれば問題ないと思われます
修正の骨子は2015年6月12日 (金) 06:03 (UTC)などをご参考にして下さい
また結論については記載しない予定です
そちらの提案された「~最後まで」も礒崎氏側から見た場合議論は終了したともとれます
その辺を加味した場合議論の双方の意見を要約するだけで十分かと思われます
当然「論破」は論外として「ブロック」についても触れない予定です
発端となった例え話は要約ではなく全文が必要となりますが
貴重なご意見ありがとうございます--153.203.42.51 2015年6月14日 (日) 08:42 (UTC)

「掲載したい側の人間が説得に成功していない」でも「掲載したくない側の人間が説得に応じない」でもいいですよ。ほぼ同じことなので。違うのは一方が一人に見えて、もう一方が複数に見えることぐらいでしょうか。記述を改める(本文の書き直し)にしても、同一の情報源以上のもの(信頼できる情報源)が見つからなければ、信頼出来ない情報・瑣末な情報としてそれが取り除かれた形で半保護になります。

現在、磯崎氏が相手をしたのは、どこの誰だか不明の、自称民青・自称十代の女子であり(それは153.203.42.51さんかもしれないし、北朝鮮の工作員かもしれないし、私かもしれません)、議員および「ほなみ」というハンドルを持つ人物双方に直接的に(会って話とまではいかなくても電話やメールなどで)コンタクトを取り、双方の意見を中立的にまとめた、信頼できる情報源によって、ニュース・報道として報道する価値があるとして報道したもの以外はソースになりません。--砂手紙会話2015年6月15日 (月) 10:00 (UTC)

IP 153.203.42.51、153.202.254.93、153.203.118.149、153.160.198.238 です
再三くりかえしなりますが情報源をお読みください
本人のTwitterは本人の頁において一次資料たりえます
またライブドアニュースもその資格たりえます
あなたが要求しているのは他頁においての二次資料の条件です
これは集団自衛権の頁の記述ではなく礒崎氏の頁ですので上述の資料で十分条件を果たしています
相手方の主張は礒崎氏の返答に対する提示された指摘、という形であれば礒崎氏の発言としての記載が可能です
相手方の経歴・素性は必要とされません
必要とされるのはあくまでも礒崎氏と議論を行った相手という部分です
この相手がどのような思想を持っていようが
その部分での中立性・公平性の検証をウィキペディアでは求めておりません
必要とされるのは議論が行われたという「事実」のみです
この辺も再三説明しているとおりです
一方が複数であり、一方が一人であってもそれは問題にはなりません(この行修正)
多数決で決まるものではなく、また多数決の手法は往々にして悪手であるというのはウィキペディアの方針ですので
繰り返しになりますが砂手紙氏の発言は既出のものが多分に含まれています
もしこちらの返答に納得いかないのであれば、こちらがすでに返答済みの話題を持ち出さず
現行の発言に議論という形で参加して下さい
例えば民青や共産といった経歴が必要ないといった話題はこのテーマの冒頭で行われています
今さら3、4日も前に既出の話題を持ち出して不必要な議論のループを行わず、建設的な議論をお願いいたします--153.206.241.166 2015年6月15日 (月) 10:35 (UTC)
追記
砂手紙氏の発言はこちらの返答済みのものが多いため、既出でこちらの返答が重複するであろうものに関しては以降「既出です」とのみ返答させていただきます
もしこちらの過去の返答にコメントを返したいのであれば、日付とその部分を引用して下されば、こちらもコメントをお返しいたします
ループした議論以前に既出のコメントを無視して自己発信を繰り返すのは、記述に関する建設的な議論とは言えませんしノートの用法としても問題があります

趣味の記事も無事投稿できたので戻ってきましたが、 一番重要な部分が「発端となった例え話」と述べていますが、その発端となった発言自体に問題があるとするならば、TVでの報道や新聞・雑誌での発表があるわけでそれこそ、その報道や発表を待ってから二次資料を持ってWikipediaの記事に記述することは問題ないです。ただし現時点において、それらの報道が無い状況においてその発言を記載するだけの特筆性があることにはなりません。 1.『たとえ話のたとえが間違っていることの否定』ですが、内容としての進展性を見るに議論というよりは辞書の定義にもありますが言い掛かりの範疇を出ていません。礒崎氏の対論に関しても、言い掛かりに対して応対しているに過ぎずあくまでも言い掛かりとしか言えません。 2.『本件は礒崎氏の公式アカウントでのやりとりであること』は、公式アカウントであるからというのはそれをWikipediaに記載すべき理由にはなりません。 3.『やりとりにおいて礒崎氏からも積極的に会話している』の部分において、積極的に会話に参加しているから記載すべき特筆性の1つになると仰りたいと思われますが、1.でも述べているようにあくまでも言い掛かりに対して応対しているに過ぎず、記載すべき特筆性にはあたりません。 『本件は国家の重大事項に関する首相補佐官の対応として十分特筆性』とも仰っていますが、それこそあなたが仰っている『国家の重大事項』であるならば上述した通りにTVでの報道や新聞・雑誌での発表があるわけでそれこそ、その報道や発表を待ってから二次資料を持ってWikipediaの記事に記述するべきです。 また、議論の要件に言葉遣いは入ってないとも仰っていたと私は記憶していますが、要件に入っていないから何をしてもいいと仰っているならば私としては甚だ遺憾としか言い難いものがあります。Wikipediaに様々なルールがあるように議論にも要件とは定義されずとも守るべきルールやマナーが存在します。 そのうえで、あれらの発言の中には悪意ある発言が双方に混じっていました。それが一切治まらずに続いたものは議論とは呼べず、あくまでも言い掛かりの域でしかありません。 他にも『ライブドアニュースの記事はあくまでも一次資料として一連の発言が採録されているからです。また、出典元が偏っていても記事にその偏りが反映されない限り使用に問題はありません。』と仰っていますが、参考文献としてはWP:BLPGOSSIPにおいて偏りがあると私は指摘します。そのようなニュースを出典の一次資料とする場合はWP:NPOVに留意しなければなりません。WP:PERSON 私としてはIP氏がどのような記事を書くのか見てから判断したい部分もあるので、お手間でなければあなたのサンドボックスにて記載すべき内容を書いていただければ私としても判断の材料にはなります。 --社鳥会話2015年6月15日 (月) 14:49 (UTC)

  • コメント誰でもアクセスできる場所で、国家安全保障担当首相補佐官、党の憲法改正推進本部事務局長という立場にある政治家という公人による、職務と関係の深い話題である集団的自衛権と個別的自衛権の違いのたとえ話の発言と、その理解についてのやりとりが炎上したということですから、その事実については、公益性があるものと考えられます。
この炎上は、ライブドアニュース[3]、リテラ[4]はこれを主題として取り上げ、琉球新報[5]でも話題になったとして言及されているので、一定の話題性、ニュースかああったと捉えられるでしょう。また、事実関係についても、これらの報道および一次資料から確かだと思われます。
ウィキペディアとしては、ツイッター上のやりとり自体について、それが重要かどうかは判断せず、またツイッター上での議論の内容については踏み込まず、第三者的情報源がどの程度これを話題にしているかということで判断するのが好ましく、上記情報源を出典とし、それに沿った表現に改めるとともに、ツイッターの発言を補助的な資料として示すかたちであれば、[6]程度の分量なら、とは思いますが、現状の記事では、データ的な記述のなかで「逸話」としてこの件のみが書かれるだけですから、WP:NPOV的には、いくらか加筆をした上で、逸話の一つとして書くくらいがよいのではないかと思いました。
いずれにしても、当然書かれるものでも、当然書くべきでないものでもないというところだと思いますので、お互い冷静に議論を進めていただければと思います。--Ks aka 98会話2015年6月15日 (月) 15:47 (UTC)
社鳥氏宛
(この文はKs aka 98氏のご指摘前に書いたもののため失礼な表現が含まれているかもしれません
不快に思われましたらご指摘ください
復帰後あらためて謝罪いたします)
頁の特筆性(=独立した記事)には特筆性においてある程度のハードルが必要でしょうが
項目においては必要以上にハードルを高くするのは疑問です
別の方へのコメントにも記載しまたがマスメディアの報道を以って特筆性の判断基準とするというのは疑問が残ります
項目の一点一点に特筆性の有無をあてはめるとすれば、礒崎氏の経歴をすべて記載する必要はないはずです
例えば学歴に小中学校が記載されておりますがこれが必要でしょうか?
これが礒崎氏を構成する要素の一部であるというならば、発言もまた礒崎氏を構成する要素の一部です
礒崎氏の経歴を報道などが紹介する際小学校から説明するでしょうか?
また著書においても同様です
彼の著書が話題になるほど売れたならともかく、少なくともこの頁においてそういった情報は提示されておりません
礒崎氏の著書を以って礒崎氏の思想を構成する要素の一部とするなら、発言もまた然りです
内容についてですが
1.上述した辞書の定義においてはそのようなこと(=言いがかり云々といった内容の定義)は一言もかいておりません
一方が指摘し一方が返答している時点で議論として成立します
これを低俗な争いと表現するかもしれませんが、議論の定義に高低が存在しない以上「議論」であることは否めません
2.公式アカウントで「公務について」発言された部分が重視されます
公式アカウントでの発言すべてを重視する、と考えているわけではありません
3.これは1と同じです
そもそも「言いがかり」というのは社鳥氏の主観にすぎません
議論には甲乙間で意見を議する以上の意味はありません
では議論として低いかといえばそうではありません
たしかに言葉遣いには問題がありますが指摘側の論旨はまとまっています
また議論の高低や「言いがかり」ゆえに記述にあたいしないという意見は賛同いたしかねます
上述いたしましたが議論が行われたのは「事実」です
またその発端の発言は礒崎氏の公式アカウントで行われたことであり
内容は現在(あるいは戦後)最重要課題である自衛権についてです
当然彼のポストも関係しています
出典についてですがWP:BLPGOSSIPは本文の記述に対してです
一次資料に対しては注意して扱う、ということです
そもそも論でいうなら偏りのない一次資料は存在しません
ゆえに一次資料の使用には制約がかけられています
にも関わらず一次資料が禁止されていないのは一次資料からでしか拾えない情報も多く存在するからです
WP:NPOVも同様本文に対してです
WP:PERSONは独立した記事(=記事名前空間)を作る際の基準です
方針の「記事」という表現はしばしば誤解されやすいですが
これはいわゆるページのことで、その記事内の項目は「情報」「項目」といった表現が使用されています
私見ですが出典としてあげたライブドアニュースの記事が中立かと問われれば、たしかに扇情的な見出しなど中立に欠ける部分が存在します
検証は「議論の事実」のみである以上出典の偏りは考慮されない、という検証の方針に従うこともひとつの方法でしょうが
上述したように「注意書きをする」という方向でいこうと思います
おそらく現在議論がループ・停滞している理由のひとつに
こちらが骨子を示したものの具体的な項目案を提示していないからだと思われます
本来のノートの使い方からいっても、ここに試案をあげてみなさんで再検討を行いたいと思います--153.206.241.166 2015年6月15日 (月) 16:20 (UTC)
Ks aka 98氏宛
資料のご提供ありがとうございます
編集前の本文は偏りがあるため、提供された資料も参考にしつつ修正を行います
貴重なご意見ありがとうございます--153.206.241.166 2015年6月15日 (月) 16:20 (UTC)
現在参加している皆様へ
Ks aka 98氏のご指摘もあり当方もヒートアップしている感があります
個人的な用事もありますので、しばらくの間(3~4日ほど)冷却期間を置かせていただきます
その間に提供された資料も踏まえて試案の作成を行いたいと思います--153.206.241.166 2015年6月15日 (月) 16:20 (UTC)
じゃあ、不快に思いましたと冗談をかましておきましょう。
「記事よりも項目のハードルが高すぎる」とご指摘されてますが、確かに高過ぎてはWikipediaの編集を難しくする恐れはあります。さりとて、低すぎては情報が羅列に陥り記事の可読性を損ねる恐れもあります。
そのためにも二次資料に基づいた項目は書く上では重要な情報源であるわけです。一次資料のみですと、事実しか書けず事実以上のことは独自研究にあたってしまうわけです。そうなると項目にかけるのは「誰それが~をした」などの一行足らずで終わってしまう項目になってしまうのです。それでしたら、炎上の記事があるのでその一事例として統合してしまってもよいと考えられうるわけです。
「マスメディアの報道を以って特筆性の判断基準とするというのは疑問が残ります。」と仰られていますが、もちろんマスメディアの報道を持って特筆性の判断基準とするのにはさまざまな考えがあると思います。しかし、何ら報道の無いものを記事にするだけの特筆性があるかといわれると疑問の余地はあるわけです。なぜなら、重要課題と言われていても報道されない程度には多くの人が気にしてないという考え方も取りえます。
ここは私の考えですが、一次資料をもとに書くということは筆者の独自性というものは出てきてしまいます。それがもとでさらなる誤解を生む恐れがあります。二次資料を持って書けば、その部分において責任を負わずに済む面もあると考えています。もちろん、二次資料のほうがより専門的にまとめられ体系化されているので書く上ではやはり、一次資料のみに頼らず、二次資料が出てくるのを待つか探しに行く方が良いと私は思っています。
今回は、Ks aka 98氏が新聞媒体でもある琉球新報の記事を張っていただいてるので、これらをもとに書くことには賛成です。
また、マッチポンプと発言した内容については改めて謝罪を述べておきます。
ただ、自己弁護しますと私が参加した当時、自らWikipediaを編集しそれをもとにみずからは正しいと自己主張していた輩がいたものですから、状況的に記事の内容をそのまま戻すという行為に甚だ不信感を抱かざるを得ませんでした。
私としては二次資料が出ている状況において反対する理由は存在しませんので、IP氏が提案する概要についてお待ちしています。
--社鳥会話2015年6月16日 (火) 10:27 (UTC)
Ks aka 98さんが提示したライブドアニュース以外の二次資料を拝見しましたが、どれもメディアとしてマイナーであり決定打に欠けていると考えます。琉球新報は論調に偏向が見られますがそれ以前に一地方紙ですしその話題のみを詳しく言及した記事でもありません(「ネットで話題になった」と書かれているだけ)。リテラもサイゾーが運営するニュースサイトですが、著名な人による評論もなく、典拠を全く示していないため信頼性に疑問が残ります。もし提示されたサイトで加筆しても問題ないなら「書いてあるサイトがあればそれで良い。後は知らない。」といったウィキペディア全体の合意が必要だと思います。やっぱり自民党や政府がアクションを示さないと厳しいかと。--K-iczn会話2015年6月16日 (火) 11:05 (UTC)
琉球新報は詳しい内容までたしかに踏み入ってはいないですねー。あったことしか述べてませんし、リテラも筆者の他の記事を読みましたけど、何か所か事実は述べているけど、その方向に偏った書き方をしてるところも見受けられました。その辺を除去しつつ使わねば危ないでしょうね。
Ks aka 98さんが述べているように必ずしも記事にしなければならないというわけではないですし、難しいところがありますね。
私としては、記事にするならば「発言」として「このような発言がTwitter上であった」と指摘やその他部分を除いて残すのが良いと思うんですよねー。
事実のみですし、他の媒体の偏ったバイアスを除く部分としてはよいのではないかと思います。
--社鳥会話2015年6月17日 (水) 10:19 (UTC)
「事実のみ」書けば良いとか言いましてもWP:NOT#DIARYに抵触することになります。「事実だから」以上の記載理由が必要になります。やっぱり「Twitterでこんなことを呟いたことが報じられたから」ではなく「『報道された』以外でTwitterが元で政治家キャリアに重大な影響を及ぼしたことが検証可能」ぐらいの状況が必要でしょう。--K-iczn会話2015年6月17日 (水) 11:17 (UTC)

(話をまとめつつ)特筆性はあるか

IP 153.206.241.166、153.203.42.51、153.202.254.93、153.203.118.149、153.160.198.238 です
復帰遅れて申し訳ありません
私は今回このコメントを以って議論への参加を辞退しようと思います
理由としては
 1.半保護解除期間までに合意形成される見通しが不明
 2.コメント依頼を含めても議論の参加者が少ない
とくに2は議論全体をとおしても参加者が少ないうえ、ここ数日はわたし含めて3人しかいない状態です
少人数な参加者で数行を記載する/しないを延々と繰り返すのは方針から考えても健全とは思えません
また1は議論が再度並行する可能性があります(後述)
この状態で保護解除期間をすぎた場合また保護・再議論になる可能性が高いです
よって私は今回このコメントを以って最後とさせていただきます
ただし、この意見はあくまでも私個人の不参加の理由であって
別の方が議論に参加することに対してそれを阻害するものではないことを付記いたします
ここまでの個人コメントを以って議論に用いることはご遠慮願います
また私の議論への辞退を以って、公人のツィートの特筆性の基準に使用するのもご遠慮願います
以下は議論本題
(以降発言を行うことはありませんので一方的な指摘になりますがご容赦ください)
■ここまでのまとめ
現状を分析すればA.記載する/B.記載しない、
またAはA1.礒崎氏の発言のみでなく対論としての指摘も必要/A2.礒崎氏の発端の発言のみ
という形にまとめられると思います
A:/Bは特筆性の有無、A1/A2は内容の重点をどこに置くか、という部分に根拠がおかれると思われます
■出典
6/10:ニコニコニュース
6/10:ライブドアニュース
6/11:コラム:フリージャーナリスト志葉玲(コラムだが大手ポータルでの掲載のため一定の価値があると判断)
6/13:琉球新報
6/14:リテラ、再配信はBusiness Journal(リテラと同系列)・excite.ニュース
6/15:R25、再配信はISIZE(R25と同系列)のほか山陽新聞digital徳島新聞webYahoo!ニュースinfoseek NEWSBIGLOBEニュースアメーバニュースmixiニュースGREEニュースNEWSポストセブンT-SITEニュース(ツタヤ)・ガジェット通信DMMニュースなど
 R25はTogetterをリンク先にはってあるが、記事時点で議論を網羅したものがTogetterしかないこと、礒崎氏のTwitterが先頭に来ていること、から議論を掲載した記事としては問題ないと判断する
6/16:環球時報(中国)
6/16:中国網日本語版(チャイナネット)(上記『環球時報』の記事を参考にしているが翻訳だけではないため別掲)
■出典の評価
『琉球新報』での扱いが小さいとの意見がありましたが、わたしはあの記事をネット戦略の部分から読んでいくべきだと思われます。さらに政府側の積極的な姿勢と逃げの姿勢という構造になっており、その中で具体例としてあげられているのが、この話題であることから直接の扱いは小さいものの重要性はあると思われます
再配信に価値があるか/ないかは評価が分かれるところでは、『R25』においては大手や新聞サイトなどにも供給してる点では価値があるでしょう
また地方紙かどうかというのは紙ベースの価値基準であって、ネットにおいてそれが重要視されるとは思えません
査読の有無は関係してくるでしょうが、全国紙・地方紙という区分はネット媒体において意味のある議論とは思えません
環球時報やチャイナネットは機関紙としての性格があるため記述内容は検討すべきでしょうが、ここに掲載されたことは特筆性に値すると判断いたします
そもそも政治家・タレントなどのネット上の発言が新聞紙上で取り上げられことはありません
「ネットの話題はネット」でというのが慣習的です
その意味においてネットニュースは二次資料として一定の価値を有します
「信頼できる情報源」においても「検証可能性」においても新聞>ウェブであることは記述されておりません
「オンラインや自己公表された情報源の利用」においてウェブの情報を出版物と同様に評価する、という記述を以ってしても同様です
そこに関係してくるのは信頼できる情報源かどうかです
例えばJ-CASTがソースたりえるかサイゾーがソースたりえるかは井戸端でも議論が行われております(サイゾーの議論はけいおん!のノートから派生)
結論はいずれもケースバイケースです
この議論が井戸端で行われた際には「ノートでやれ」という意見も出ています
そもそもタブロイドからの引用を情報源として禁止してはいませんし、ネットニュースをネットの話題に特化した情報サイトという見方も存在します
これらネットニュースで話題になっただけから特筆性に値しないという意見には否定を示します
■特筆性の有無
上記と関係しますが、わたしはこの一連のニュース群を以って二次資料としての特筆性を有すと判断します
もともとわたしは発言の段階で特筆性を有すと主張し、一次資料を以ってそれにあてると主張しておりました
例えば議論の両者が一般人同士であれば、例え10代でもこれだけニュースになることはないでしょう
発言の一方が礒崎氏であったから話題になったと見るべきです
また、バランスという意見もありますがそれを加味した場合、わたしはこの発言は小中学校という経歴よりは記載する必要性があると判断します
ましてやこの発言の内容で礒崎氏の記事が埋まるというのならともかく、加筆案でも5~6行といったところです
それで記事のバランスが崩れるとは思えません
特筆性の基準を、謝罪などが行われた・ポストに影響がでた、としていますがそういった基準はウィキペディアには存在しません
例えば現在井戸端で「炎上を記載すべきか」という議論が行われていますが、議題の提案者・コメントをしている方、いずれもケースバイケースを前提に議論をすすめています
上記した基準でなければ特筆性に値しないは言ってしまえば、基準なきものに強引に基準を設ける行為であり、これはウィキペディアの方針に反します
具体的な基準を設けたいのであれば、それこそ井戸端で提唱すべきではないでしょうか?
例えば麻生太郎氏の記事にはそのものずばり失言という項目が存在します
これを参照する限り、彼が首相・副首相ポスト時においてもその発言が彼自身の立場に影響を与えたことを読み取ることはできませんし、指摘に対して反論が存在しないものも記載されております
繰り返しになりますが、~以上でなければ基準にならないは合意形成のプロセスを無視した強引な手法であることを指摘しておきます
■検証性
「書いてあるサイトがあればそれで良い。後は知らない」とのことですが、これは信頼できる情報源と検証性に反しなければYESです
それがウィキペディアの方針です
反論として「すべてを記載すべき場所ではない」という方針があげられますが、わたしは上述の二次資料群を以って記載に値すると判断いたします
■どこまで記述すべきか
A1.相手方の指摘を記載すべきか、それともA2.礒崎氏の発言にとどめるべきか、ですが
記述の短い『琉球新報』を参考にした場合でも、中心となっているのは発言ではなく議論が行われたことです
また、他の出典がその内容を紹介してることから考えても、相手の指摘に触れたうええ内容の要約をすべきかと思われます
わたしは礒崎氏の発言でも一次資料を用いて記述する特筆性に値すると発言しましたが
二次資料が「論争が行われこと」に重点を置いている以上、発端の礒崎氏の発言・議論の要約、が資料を用いた記述となると思われます
■最後に
試案を提示する予定でしたが、未だ特筆性の議論がクリアしてない状態なので提示することは取りやめました
わたしはこれを以って本議論への参加を辞退させていただきます
失礼な発言も多々あったかと思いますが、その旨お詫び申し上げます--153.207.41.96 2015年6月19日 (金) 06:24 (UTC)
了解しました。参加者のコメント依頼は出していましたが、やはり、コメントをしていただける人が圧倒的に少なく合意形成に至るまで時間がかかるのはWikipediaの仕組み上仕方がないこともあります。とはいえ、私としては二次資料が少なからず存在する限りは一次資料のみと比較して記載するだけの価値はあるとは思いますが、各々、生活もありますし、時間をかけて進めるしかないのではないかと思います。--社鳥会話2015年6月20日 (土) 08:56 (UTC)
niconico動画を見ていたらニコニコブロマガのリンクが出てきて更にtogetterまとめをみてWikipediaに記載されていたことを知り、議論になっているだろうなと思ったら案の定なっていたので横から意見を述べます。私自身は今のところこの件の編集に参加する予定はありません。
まず出典に関しては1次2次ともに問題無いと思われます。特筆性については「氏が公式Twitterで火事の時の消火に例えて集団的自衛権を説明したところ、個別的自衛権と集団的自衛権の区別がついてないと批判を受け議論となり、最終的に氏がTwitter上で相手にブロックを掛け議論を打ち切った」という点については十分特筆性があると私は考えます。その議論が10代女子であったことについては、私は特筆性の論拠にするのはいいけど実際に書く必要があるかについてはノーコメントとさせていただきます。議論進行の助けになることを祈って--Yumetodo会話2015年6月21日 (日) 07:53 (UTC)
私としても二次資料の出版媒体はどうであれ、一応、記事を取り上げているので出典の部分としては問題ないとは思うんですけどね。
とはいえ、あっという間にというのか議論が収束にというか人がいなくなって廃れたというべきなのか・・・コメントしてくれる人がいないと話も進められないんですよね・・・
内容としては、本人が補佐官時代にこのような発言をしており、その際に指摘されたと書いてもいいんじゃないかとは思うんですがね。
--社鳥会話2015年6月22日 (月) 12:56 (UTC)

廃れたというか、中立的な立場で言及している信頼できる情報源が新たに見つからなかったんじゃないか、と判断しています。補佐官とかかわった「ほなみ」さんの匿名部分は、ネット情報としてはどんどん明らかになっているみたいですが、それで判断すると、「ほなみ」さんはあまりにも日本共産党・民青っぽすぎて、特筆したがる人は日本共産党の関係者なのでは、とすら思えてしまいます。--砂手紙会話2015年6月22日 (月) 13:14 (UTC)

Yumetodoさんの「十分特筆性があると私は考えます。」の具体的な理由がはっきり示されているとは思えず「議論進行の助け」となるかは「?」と考えます。「二次資料が出たから」という理由だけでしたら井戸端や方針ページのノートで「二次資料になった(メディアで報道された)ことで百科事典に書かなくて良いことは存在しない。」というような前提にするというウィキペディア全体の合意を取り付ける必要が出てくるでしょう。ネットで展開している「メディア」は星の数ほどあるという状況である以上今回のケースは以前から言っているように記者会見を行ったとか補佐官辞任などキャリアに重大な影響を与えない限り記載は不適切という考えを改めて示します。--K-iczn会話2015年6月22日 (月) 13:21 (UTC)

確かに中立的かとどうかは考えさせられますけど、さりとて少なからず(内容の中立性は怪しい気はします。)二次資料は出てますし、一般人に関しては二次資料が存在しませんから書くにしても一般人と表記するほか無いですしね。
K-icznの仰ってることもわかりはするんですよね。とはいえ、重大な影響を与えない限り記載しないというのもハードルが高すぎる気がします。私としてはそうなると、ここの記事自体に存在価値(事実のみでそれ以外一切特筆性が無い状況)がないという話ですし。出典も明確化されてないようなら記事を削除する方が話としては良いような気もします。
中立性が担保されるかは疑問ですが、少なからず、二次資料が存在してるわけですからWikipediaに記載してもいいと思うんですよね。
--社鳥会話2015年6月24日 (水) 09:53 (UTC)
Wikipedia‐ノート:存命人物の伝記などで「二次資料が出た話題はそれだけで全て百科事典に必要という基準にするべき」と提案して合意を得ればいいんじゃないですか?ケースバイケースと言われても基準になるでしょう。--K-iczn会話2015年6月26日 (金) 11:34 (UTC)
「二次資料が出た話題はそれだけで全て百科事典に必要という基準にするべき」とおっしゃいますが、別に今回の件は二次資料に話題が出たから載せようとしているわけではなかったと思うのですが・・・、私の読み方が間違えているのでしょうか・・・。
特筆性を考えるのに「キャリアに重大な影響を与えた」ことはたしかに大きな指標になると思いますが、それだけを限定するのはハードルが高すぎませんかね?今回磯崎氏は「首相補佐官」という立場で、かつ2015年6月時点で首相が重要な法案と言っている法案に深く関わる「集団的自衛権」とは何かを説明しようとしました。説明する側が理解不足であった可能性がある、ということの例としてこの事件?を記述するのは果たして価値の無いのでしょうか?立場と時期と二次資料に話題が出たこと、相手が10代だったことを理由に特筆性があると思います(ということが2015年6月21日の書き込みで言いたかった) --Yumetodo (会話) 2015年6月27日 (土) 01:17(JST) (署名を忘れていたので追記--Yumetodo会話2015年6月26日 (金) 16:21 (UTC))
毎回スクロールが大変なので勝手ながらサブノード?を作成しました。不要な場合、位置が不適当な場合は適宜変えてください--Yumetodo会話2015年6月26日 (金) 16:31 (UTC)
私としても二次資料が出た記事を全部載せろとは申しませんし、基準は必要だとは思いますがその点に関しては内容によりケースバイケースとなりますし、結局のところは記事のノートで議論しなければいけないと考えています。
他の記事のように様々な事象が載せられており記事をの内容を取捨選択しなければいけないような記事であればハードルも高くしなければいけないとは思いますが、現状において礒崎陽輔氏の記事において、さしたる項目もなく内容としては事実のみにとどまっているわけですから、二次資料(中立かどうかは怪しいが)が曲りなりにでも出ていることですし、少なからず、加筆してもよいと考えています。
Yumetodo氏は10代に関しては本人の自称でしかなくその点に関しては書くにしても一般人という表記にとどめるのが望ましいと思われます。
私の考えとしては、発言という項目において補佐官担当時にTwitter上で法案に関しての見解を述べたが、その例えは違うのではないかと指摘があったに留めるのがよいと思われます。
--社鳥会話2015年6月27日 (土) 03:49 (UTC)

「二次資料が存在してるわけですからWikipediaに記載してもいい」と言っているから私はそう言ったんですよ。それに中立かどうかは怪しいと思っているなら記載せず暫くの間注視すべきじゃないですか?さもなければ改めてWikipedia‐ノート:存命人物の伝記などで「さしたる項目もなく内容としては事実のみにとどまっている」ままのスタブ記事に限定してどんな意図であろうと無条件で記載してもよいという合意をウィキペディア全体で形成しましょうよ。--K-iczn会話2015年6月27日 (土) 06:20 (UTC)

現状としてあれ以上の二次資料は出てきてませんでしたので。
どんな意図であろうとも無条件で記載しなければいけないという話ではありませんよ?別の方が述べていましたが必ずしも載せる必要はないし、載せない必要もないという話ですし。
全体の意見を取りまとめるのは有用だとは思いますが、ケースバイケースになりえる事案に全体の意見は適用しきれないと考えます。結局のところ、個別にその案件を取り扱わねばならぬなら、意見を取りまとめるだけの意味があるのでしょうか。
私としても初期の一次資料のみに頼っているような状況で記載するにはWikipediaとしては不適当とは思いました。
少なからず、二次資料が出ている現状では絶対に記載しなくてもよいというわけでもないと考えているわけです。
--社鳥会話2015年6月29日 (月) 10:33 (UTC)

ともかく中立かどうか怪しい限りは現況掲載できないと考えます。--K-iczn会話2015年7月1日 (水) 10:32 (UTC)

IP 153~です。コメントはしないつもりでしたが、いまだ議論が並行しており解決の糸口が見えないようなので、ガイドラインを提示しておきます。Wikipedia:検証可能性#中立性「出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。多くの信頼できる情報源は中立的ではないことが多いです。編集者の仕事は、単に信頼できる情報源に記載されている主張を忠実に紹介するだけです。」。合意形成へ向けた参考となれば幸いです。では失礼いたします。--153.173.167.92 2015年7月1日 (水) 11:51 (UTC)

私としては二次資料として出ているならば、問題はないと考えています。私的には中立性が危ぶまれるような雑誌等をもとに書くのはどうかとは思いますが、それによって何らかの問題が生じたとしてもそのすべての責任は二次資料たる雑誌が負うべきものですから、スタブ記事に1項目くらいの追加はあってよいとは考えます。
ただ、K-iczn氏が納得されないようでしたら、掲載に関しては見送りでもいいと考えます。
--社鳥会話2015年7月4日 (土) 01:18 (UTC)

私自身いろいろありこの記事についてすっかり忘れていました。この件と関わりが深い安保法案も国会で成立しましたね。まず、いくつか。
>10代に関しては本人の自称でしかなく(社鳥氏)
これについては 2015/06/21 【スクープ!】礒崎首相補佐官を論破した18歳女子は実在した! 岩上安身が直撃!「戦争は消火活動ではなく、人同士が殺し合うもの」――戦争と災害を区別さえできない安倍政権を徹底批判! | IWJ Independent Web Journal で十分ではないですかね、出典として。

でその後、この記事に例の法的安定性に関する話が新たな項として追加されています。このツイッター上の事件と法的安定性の話と・・・他にもあった気がしたけど忘れた、それらを安全保障法制関連ということでまとめてしまえば、この件も書けるかと思います。--Yumetodo会話2015年9月22日 (火) 09:24 (UTC)

「IWJ Independent Web Journal」なるサイトですが、メディアというよりは政治主張色の強いサイトで読売などの新聞と同列に扱うべきではないと考えます。サイトを見ても元から集団的自衛権(だけ見ても)にデメリットしか示さないかの如く猛反対する趣旨の内容ですし。記事は現内容で十分だと思います。--K-iczn会話2015年9月22日 (火) 09:38 (UTC)
お久しぶりです。IP153~です。
K-iczn氏へ
典拠元の思想はこの場合問題にはなりません。その思想を元に記事を構成するわけではなく、あくまでも「ほなみ氏」の履歴が本人の主張通りであるか/否かを確認するためのものです。
この件において二次史料の条件を十分満たしていると判断できます。
仮に政治思想的に偏りがあったとしても「ほなみ氏」の経歴が調査され確認されたという事実には問題がありません。
出典元で確認されたことが真実かどうかをウィキペディアは求めていません。
18歳・女性という経歴に「IWJ Independent Web Journal」という出典をつければ問題はないと判断できます。--153.230.162.216 2015年10月9日 (金) 16:12 (UTC)

思想を問題にすべきでないという意見には賛成します。これは政治家の記事であり、直接に政治を扱っています。ここで相手方の人物の政治性や、報道媒体の思想・立場を咎めるのは、(過剰な自粛や検閲に行き着くのでなければ)不必要だし不可能でもあります。

しかし掲載には反対です。ここまで紹介された出典は、IWJも含め、いずれも世間で権威あるものとはみなされていないメディアです。『琉球新報』は違いますが、取り上げ方は些末なものでした。政府の要職者の発言に重要性があるなら、発信された場所がどこであろうと、複数の全国紙がこぞってとりあげて当然でしょう。法的安定性発言はまさにそういうものでした。

上のほうで、「政治家・タレントなどのネット上の発言が新聞紙上で取り上げられことはありません」と言う発言がありましたが、そんなことはありません。新聞記事検索をかけるとぼろぼろ出てきます。礒崎氏の場合も、法的安定性発言に関するツイッター発言は報道されました。しかしほとんどの発言は、新聞に掲載されてもウィキペディアに載せるには重要度が低いとみなさざるをえないものです。10代の人とのやりとりだけが特別に重要ということにはならないでしょう。--Kinori会話2015年10月10日 (土) 00:44 (UTC)

IP153~です。「権威のあるメディア」という言は理解できかねます。ネット上の話題である以上ネットに特化したニュースサイトが取り上げるのは当たり前かと思われます。
それはウィキペディアの頁においても同様で、ネット上の百科事典ゆえ存続されている用語が多々見受けられます。
典拠においても紙面での扱いとネットでの扱いが異なるのは当然です。私が上述した一連の典拠を「権威のないメディア」と切り捨てるのは、典拠の採択への恣意が含まれているのではないでしょうか?
紙面におけるタブロイドに比例する考え方もありますが、ウィキペディアはそもそもそれらを情報源とすることを否定してはおりません。
また環球時報の掲載(さらに中国網での紹介)は「権威のあるメディア」としての条件を果たしていると思えます。153.173.122.39 2015年12月6日 (日) 03:01 (UTC)
まずこの人物は政治家であり、ネットに話題を提供することを業とする人ではありません。発言も政治に関することです。ネット限定の話題にとどまらなければならないような事情はありません。まずネット上で話題になり、それを主要メディアが後追いすることは、今では別に珍しいことではありません。それなのに、ツイッターの事件はネット内にとどまり、他に波及しませんでした。法的安定性発言で本人が弱っていた時期にも、他の政治家に追及された形跡がありません。
メディアの権威のあるなしについて。「権威」はWikipedia:信頼できる情報源の重要概念です。重要度の違いをみきわめるに際しても、取り上げるメディアによって違いがでてくることは否定できないでしょう。環球時報や中国網は、確かに簡単に切り捨てられるメディアではないと思いますが、発行元の権威がメディアとしての権威をむしろ損なう面もあり、扱いには慎重であるべきです。この問題が政治的に重要か、といった判断で頼るべき存在ではないと思います。
付け加えて、事実である報道がみなウィキペディアに書き込まれるわけではないということも言わせてください。いま、新聞記事検索のサイト([7])で2014年までという条件を付けて礒崎陽輔を検索したところ、朝日277、読売229 毎日248という結果が得られました。これを全部とりあげていくわけにはいかない、というのはわかるでしょう。いちいち記事に持ち込むようなことをすると、「ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません」と言われてしまいます。本人の経歴データの一部になるもの、政治家として力を入れている活動、そして政治家としてのキャリアに打撃を与えた事件をとりこみ、あとは捨てねばなりません。本件はもし載せるとすれば「打撃を与えた事件」なのでしょうが、実際には政治問題になっていないわけで。--Kinori会話2015年12月10日 (木) 06:06 (UTC)

(インデント戻し) IP153~です。 1段目:その定義を以ってすれば「主要メディアが取り上げる」もしくは「議会で追及された」ということのみが記載条件となります。 前半はまず主要メディアの定義が明確ではありません(後述) 後半は論外です。政治家の発言を議会の場でのやりとりに限定にすることは、むしろ頁として意味をなしません。

2段目:権威の意味において取り違えをしているように感じます。ウィキペディアが情報源に求める権威とは、内容の信頼性です。 ゆえに査読の有無や偽の権威が関係してくるわけです。この場合、事実報道であるためその部分には権威を必要としません。 では、報道の形態は?となりますが、上述の大手ポータルへの配信を以っても取り上げる価値は有ると思われます。 発行元の権威云々は上記の通り必要とされません。そもそも直近の話題ででた「典拠の偏りは問題とされない」そのものです。 それを以ってメディアの権威とするのであれば、「典拠の偏り」に依拠するということです。

3段目:「打撃を与えた」ではなく集団的自衛権における発言としての位置が重要です。 担当責任であることは上で議論していますのでここでは再度言及しませんが、国民への例え話としては最初期のものです。 またこの火事に例える旨は礒崎氏のみならず、首相が後日テレビ出演の際模型で説明したことからも、説明用のフォーマットであることはご理解いただけると思われます。 一連の流れ(磯崎氏~首相)を考えればこの例え話は[日本の集団的自衛権]の頁でもいいのですが、 根底にフォーマットがあったとしても、議論が行われたのは磯崎氏のツィートなわけですからこちらに記載するのが望ましいかと思われます。153.205.174.236 2015年12月10日 (木) 18:12 (UTC)

1段目。あなたが言うような「定義」を私はその箇所で書いていません。定義を書くつもりもありません。たいそうなことを書いているわけではないので、もう一度落ち着いて読み直してください。
2段目。メディアの報道はツイッターのやりとりという事実を単に転載しただけではないでしょう。やはり位置が重要です。政治的重要性があるのは位置づけがあればこそであり、その箇所が権威あるソースで支えられていません。
3段目。位置からみて重要だと考える人がいるのはその通りでしょう。しかしそう考える人が、世の中全体でみるとあまり重要でない一部にとどまっている状態だと思われます。大新聞やテレビ、政治家に取り上げられたものでも、軽微であれば雑多な情報とみなすべきなのですから、取り上げられていないものならなおさらでしょう。
この議論の本質は、インターネット上のメディアをどれだけ重要とみなすかでしょう。どの程度まで認めるかはテーマにより、事物にもより違ってくることなので、基準を一線引いてそれで万事に適用するというわけにはいきません。が、大新聞やテレビと同じというわけにはいきません。こと政治に関しては、伝統的メディアに大きく差をつけられています。それを議論でひっくり返そうとしてもうまくいきません。いろいろ記事を掘り出した労力には敬意を払いたいと思いますが、この件は無理でしょう。--Kinori会話
IPが変わっているようですが153~です。もし不審に思われるようなら調べていあただいてもかまいません。
1段目の「主要メディアが後追いすることは」~「ネット内にとどまり、他に波及しませんでした。」また「他の政治家に追及された形跡がありません。」Kinori氏の言を以ってすれば、前半はネット外メディアが取り上げること、或いは議員の追及となります。議員の追及とはすなわち国会を意味するはずですが?
2段目:権威あるソース(あるいはメディア)という言葉を使用されていますが、ウィキペディアにおいて求められるのは信頼性のある情報源です。編集に参加されている方なら権威と信頼性はイコールではないことはご理解いただけているはずです。
3段目:大新聞にこだわるのならば環球時報は十分だと思いますし、ネット上においてはヤフーニュース・中国網でその条件はクリアしていると思われます。
否定ありきの意見には同意いたしかねます。114.164.156.102 2015年12月14日 (月) 08:16 (UTC)
ウィキペディアに掲載するにあたっては、信頼できるかの評価と、特筆性があるかの評価と、二つをクリアする必要があります。事実であるとわかっていても、雑多な情報は載せるに値しません。ゆえに、事実としては信頼できるが、掲載には足りないということも生じうるのです。
掲載の基準は、事物の大きさ・情報量によって伸縮します。例えば一国の首相の記事では、大手メディアの記事でも全部が掲載されることはなく、多くの情報源に参照されて重要性が認められることだけが書き込まれるでしょう。しかし、有名でも流行もしていない地方的な事物の記事なら、むしろ図書館などから埋もれている情報を掘り起こして書いていくことが求められます。本記事は前者に近いです。その証拠として、ツイッターや法的安定性が話題になる前に新聞記事検索で登場した件数を示しました。--Kinori会話2015年12月19日 (土) 06:53 (UTC)