ドクトル・マブゼ

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ドクトル・マブゼ
Dr. Mabuse, der Spieler - Ein Bild der Zeit
監督 フリッツ・ラング
脚本 フリッツ・ラング
テア・フォン・ハルボウ
製作 エーリッヒ・ポマー
出演者 ルドルフ・クライン=ロッゲ
ベルンハルト・ゲッケ
アウド・エゲーデ=ニッセン
音楽 コンラッド・エルファーズ
撮影 カール・ホフマン
編集 エドワード・カーティス
配給 Universum Film A.G. (UFA)
公開 1922年5月27日(ベルリン・プレミア)
上映時間 270分など(最長版は297分)
製作国 ドイツの旗 ドイツ国
言語 ドイツ語
次作 怪人マブゼ博士』(1932)
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ドクトル・マブゼDr. Mabuse, der Spieler - Ein Bild der Zeit)は1922年のドイツ映画。世界犯罪映画史に古典として大きな位置を占める、フリッツ・ラング作品である。

フリッツ・ラングは建築家の息子で、はじめは画家を志したが、第一次世界大戦時出征して3度も負傷、映画界に転じて脚本を書き、1919年から監督に進出したラングは、「死滅の谷」(1921年)でドイツ映画界の第一線に列し、続いてこの作品にとりかかった。原作はノルベール・ジャックの小説、脚本は当時ラングの夫人であったラングの第5作『さまよえる絵』("Das Wandernde Bild")に始まり『狂人マブゼ博士』(1932)までドイツ時代の彼の全作品に協力したテア・フォン・ハルボウとランク自身の共同執筆。撮影はカール・ホフマン、美術はオットー・フンデとカール・シュタール=ウーラッハ。

ストーリー[編集]

第1部[編集]

第1部『大賭博師』、第2部『犯罪地獄』の二部からなり4時間を超えるこの作品は、変装の名人で催眠術に長じた恐るべき犯罪者マブゼ(ルドルフ・クライン=ロッゲ)が部下に指令を発し、列車内で乗客の1人を絞め殺し、ドイツースイス間の経済協定書を奪わせる、という事件から始まる。協定書を失ったドイツでは株価が暴落する。暴落した株を買い占めた後、マブゼは協定書を当局に提出し、再び高騰した株を売り払い大儲けする。続いて彼は酔いどれ庶民に変装して貧民街に現れ、一軒の家の地下室へ入り込む。そこは彼のアジトを兼ねた印刷工場で、視覚障害者たちを使って莫大な贋紙幣を造っている。そして、さらにカジノに現れ、カードのいかさまで一稼ぎする。

マブゼにはカーラ・カロッツァ(アウド・エゲーテ・ニッセン)という踊り子の情婦がいる。フォーリー・ベルジェールのボックス席に現れたマブゼは、彼女のセクシーな踊りには目もくれず、双眼鏡で客席を物色し、ほかのボックス席にいた大富豪の息子エドガー・ハル(パウル・リヒター)に眼をつけ、ショーが終わると彼に話しかけてクラブに連れ込み一晩のうちに大金を巻き上げるが、さらに彼の財産をしぼりとろうと、カーラを色仕掛けで接近させる。不正賭博の調査を始めたフォン・ヴェンク(ベルンハルト・ゲッツケ)はハルを訪れて事情を聞く。ハルに招かれたカーラはフォン・ヴェンクが来たことを知り、マブゼに報告する。フォン・ヴェンクは賭博に関係あるマブゼという人物の正体をつかもうと変装して賭博場に出入りする。そして、白髪の老人が変装したマブゼであることを見破り、自動車で逃げる彼を追跡するが、マブゼはエクセルシオール・ホテルに入り、巧みに行方をくらます。あきらめて帰ろうと自動車に乗ったフォン・ヴェンクは、マブゼの部下に麻酔ガスをかがされ、意識不明になったところをボートに運ばれ海に流される。しかし幸運にも発見され救われる。カーラはハルを訪れたとき、マブゼからの連絡の手紙を落とすが気がつかない。それを拾って読んだハルはフォン・ヴェンクに通報する。そして彼女に誘われるままに秘密クラブに出かける。そこには変装したフォン・ヴェンクが入り込んでおり、彼の連絡で警官隊が押し寄せ、カーラを逮捕する。怒ったマブゼはハルを殺してしまう。

次の犠牲者はトルド伯爵(アルフレッド・アベル)である。マブゼは彼に催眠術をかけ豪華なカジノでいかさまカードをやらせる。しかし、相手に見破られ、友人たちは彼に怒りと侮蔑の言葉を投げつけて去っていく。その様子を見ていた伯爵夫人(ゲルトルート・ヴェルカー)はショックで失神する。かねて彼女に心を寄せていたマブゼは、このチャンスを逃さず、彼女をさらって今までカーラを住まわせていた隠れ家に監禁、お前はおれのものだとうそぶく。

第2部[編集]

翌日、フォン・ヴェンクを訪れたトルド伯爵は自分の意志でなく、いかさまカードをやった事情を説明し、フォン・ヴェンクにすすめられ精神分析医に連絡する。これが実はマブゼで、トルド伯爵の邸を訪れた彼は、治療のため。誰にも会うなと命ずる。経過を知ろうと電話をかけてきたフォン・ヴェンクは召使いから伯爵夫妻が不在と言われ疑念を抱く。一方、留置場から刑務所に移されたカーラはフォン・ヴェンクの説得でマブゼの罪状を告白しかける。マブゼは彼女を催眠術にかけ、部下に持ち込ませた毒薬で自殺をさせてしまう。その上フォン・ヴェンクも爆弾で殺そうとするが、仕事に当たった部下が失敗して捕まると、護送される途中、その部下をも射殺する。

マブゼは治療と見せかけてトルド伯爵に催眠術をかけ続け、ついに精神錯乱状態に追い込み、剃刀で自殺させる。そして、フォン・ヴェンクを訪れ、伯爵のいかさまカードと自殺はヴェルトマン博士という催眠術師の仕業だから博士のショーを見に行ったほうがいいと提言する。そのショーに出かけたフォン・ヴェンクは、ヴェルトマン博士がマブゼの変装を見破るが、催眠術にかけられてしまい、自動車をフルスピードで断崖に走らせるがあわや墜落という瞬間、追ってきた部下たちに救われる。いまやマブゼの正体をつかんだフォン・ヴェンクは警官を動員して一味の掃討を開始する。抵抗する部下たちは次々と射殺され、マブゼは伯爵夫人を連れて逃げようとするが抵抗され、やむなく彼女を残して、ただひとり下水道に入り、貧民街の地下室にある印刷工場にたどり着く。しかし、鍵を落としたので地上へ出られない。そこへ警官隊が押し寄せてくる。マブゼは贋紙幣の山に埋まって発狂する。

本映画の特徴[編集]

主人公マブゼが変装の名人で、彼を追う検事フォン・ヴェンクも変装して対決するというパターンは今日の目から見ると、古めかしい悪漢対探偵劇のパターンであると言わざるを得ない。1910年代からフランスとアメリカではやっていた連続冒険短編もの(シリアルと呼んでいた)の影響がうかがえるのである。また催眠術で人を操るなどは『カリガリ博士』(1920)の影響も認められる。

しかし単純な犯罪ドラマとは言えない。舞台はパリにも及ぶが、フォン・ハルボウ=ラングの脚本・監督チームはマブゼの活躍を通して、ドイツの第一次世界大戦敗戦後の社会的混乱とすざましいインフレーションにあえぐドイツの退廃した世相を描くことを意図した。ドラマの展開と関係なく、賭博場の経営者が1912年には街頭で貧弱な玩具を売っていたが、やがて事務所を持ち、戦後は故買屋になり、1922年の現在は、でっぷりと太った金持ちに出世している、という経過を年代の字幕を加えて説明するなどは、この意図の流れであるが、その結果が単なる犯罪映画とは言えないスケールを生み出している。

マブゼはドイツースイスの経済協定書を奪うことで株式市場を混乱に陥れ、莫大な利益を手に入れる。地下の工場では大量の贋紙幣を印刷している。これはマルクの驚異的な暴落に結びつけた発想である。賭博の場面が多いのは経済的な無秩序の強調であり、マブゼが催眠術をさかんに用いるのは、敗戦後の自主性を失った不安定な精神状態を反映したものである。戦後の退廃した風俗は、フォリー・ベルジェールや秘密クラブの場面で描かれる。

前作の『死滅の谷』(1921)は、若い女性が死に神に奪われた恋人を取り戻そうとする神秘的で幻想的な物語だったが、今回のラングはリアリズムを演出の基礎としている。この作品を表現主義映画のカテゴリーに分類する人が少なくないが、確かに幾つかの場面の装置には表現主義的な様式が見られるが、ほかにもいろいろな様式が取り入られており、当時流行していた新しい美術を広範囲に展示することが眼目で、表現主義ははその一部だったと見るべきである。また、表現主義映画では、その様式の関係からセット撮影が主体となるが、この作品ではロケーションによるリアルな外景が少なくない。

ラングは経済協定書を奪う序章でサスペンスアクション映画らしいテンポと切れ味を示すが。これ以後の演出は重厚になり、一つ一つの場面をじっくりと描き、したがってテンポも緩くなる。しかし後年の諸作に見られる強靱なタッチはこの作品でもすでに発揮されており、特にマブゼが追いつめられて散乱する贋紙幣の中で発狂するクライマックスはクライン=ロッゲの強烈な演技もあって鬼気迫る迫力がある。

ドラマ展開の上では、マブゼが宿敵フォン・ヴェングを自動車の中で麻酔ガスを使って意識を失わせボートに運んで海に流すなど、なぜこのようなまだろっこしい方法を取るのか、といった合理性を欠く部分が少なくないし、編集にも混乱が見られた。しかしドイツ国内はもちろん、1923年にほとんどオリジナル版のままロンドンパリで公開され、公開されたときも大当たりだった。日本では同じ年に全15巻に短縮されたものが公開され、大きな反響を呼んだが、アメリカではようやく1927年になって、わずか90分に短縮されたものが公開され、よくわからないところが多いと不評をこうむった。ラングはこの作品に続いて『ニーベルンゲン』(1924)を発表し、いよいよ世界的名声を高めるのであるが、今日になって振り返ってみると、このマブゼにはやがてヨーロッパの恐怖の世界へと陥れるヒットラーのイメージ、そして今日でも資本主義の「悪」の面やモラル・ハザードを警告しているかもしれない。

なお10年後の『怪人マブゼ博士』(1932)はこの続編だがはるかにスケールの小さな作品である。

外部リンク[編集]