ディオクレティアヌス浴場
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ディオクレティアヌス浴場(Thermae Diocletiani)は、ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスが306年に建設した公衆浴場。ローマ帝国でも最大かつ最も豪華な浴場で、ゴート族が537年に水道供給を絶つまで使われ続けていた。大きさではカラカラ帝のカラカラ浴場と同程度で、南西に面していたためカルダリウムを太陽エネルギーで暖め、フリギダリウムにはその熱が影響しない構造になっていた。浴場の建物は以下のような教会などに流用されたため、それなりの部分がそのまま保存されている。
- サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会のバシリカ(テピダリウム部分) - 翼廊の高いヴォールトが古代ローマのものをそのまま使っている。
- サン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会(2つの円形の部屋の1つ)
- メインホールがローマ国立博物館の一部になっている。
- 'octagonal aula'(八角形のホール)も現在はローマ国立博物館の一部となっている。
浴場の他の遺構はいくつかの通りで見られる。
サン・ベルナルド・アッレ・テルメ教会は浴場の矩形の境界内の南西の壁に接するように建っていた2つの円形の塔のうち1つを再利用している。2つの塔の間には同じ壁の一部として大きなエクセドラがあったが、現在はローマの共和国広場の配置からその外形が想像できるだけである。