ティボー5世 (ブロワ伯)

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ティボー5世(Thibaut V de Blois、1130年 - 1191年)は、ブロワ伯・シャルトル伯・シャトーダン伯。ブロワ伯ティボー4世と妃マティルド・ド・カリンティの次男。ティボー善良伯(Thibaut le Bon)と呼ばれた。

中世ユダヤ史資料によれば、1171年に起きたヨーロッパ大陸最初の血の中傷を組織だてて指示した。教会主催の裁判の結果、ユダヤ人共同体の30人から31人が火あぶりにされた[1]

ティボーはシャルトルを第一の居住地とし、市の城壁を修繕した。実兄アンリや他の貴族たちとともにフィリップ2世に対する反乱に加わった後、彼は王と和解し、第3回十字軍では王を支えた。彼は1190年夏に聖地に到着し、1191年1月20日、アッコン攻囲戦のさなかに亡くなった。

子女[編集]

最初シビーユ・ド・シャトー=ルナールと結婚。しかし1164年にルイ7世と最初の王妃アリエノール・ダキテーヌの次女アリックス・ド・フランスと結婚し、7人の子をもうけた。

  • ティボー - 夭折
  • ルイ(1205年没) - ブロワ伯
  • アンリ - 夭折
  • フィリップ - 夭折
  • マルグリット(1230年没) - ブロワ伯
  • アデライード - フォントヴロー修道院院長
  • イザベル(1248年没) - シャルトルおよびロモランタン女伯

脚注[編集]

  1. ^ Nissan Mindel (2006年6月16日). “The Martyrs of Blois - (circa 1171) - Jewish History”. Kehot Publication Society. 2013年6月5日閲覧。
先代:
ティボー4世
ブロワ伯
Blason Blois Ancien.svg
1152年 - 1191年
次代:
ルイ