ジョン・モウブレー (第3代ノーフォーク公)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
第3代ノーフォーク公ジョン・モウブレー(John Mowbray, 3rd Duke of Norfolk, 1415年9月12日 - 1461年11月6日)は、イングランドの貴族で、薔薇戦争期の軍人である。第2代ノーフォーク公ジョン・モウブレーとウェストモーランド伯ラルフ・ネヴィルの娘キャサリンの子。ノーフォーク公の称号を相続した1432年から御馬伯(後の紋章院総裁)の地位に就いた。
1450年代の薔薇戦争の初期にはヨーク家のヨーク公リチャードの側についていた。しかし、1459年にはランカスター家のヘンリー6世に忠誠を誓うも、その後すぐにヨーク派に戻った。この種の裏切りは、優劣の目まぐるしく移る薔薇戦争中には決して珍しくはなかった。1461年2月に第2次セント・オールバーンズの戦いでヨーク派として戦ったが敗れた。3月にヨーク公の息子マーチ伯エドワードに即位を促したりもしている。
1461年3月29日のタウトンの戦いにおいては、正午頃にヨーク派右翼に加勢して、ヨーク派の勝利に貢献した。後に元帥伯としてエドワード4世の戴冠式を執り行った。同年11月に死去、妻エレノア・バウチャー(フランス北部のユー伯ウィリアム・バウチャーとグロスター公トマス・オブ・ウッドストックの娘アン・オブ・グロスターの娘)との間の一人息子ジョンが後を継いだ。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ノーフォーク公 |
御馬伯 Earl Marshal 1432年 - 1461年 |
次代: ノーフォーク公 |
| 先代: アランデル伯 |
巡回裁判官 Justice in Eyre 南トレント 1461年 |
次代: エセックス伯 |
| 爵位 | ||
| 先代: ジョン・モウブレー |
ノーフォーク公 1432年 - 1461年 |
次代: ジョン・モウブレー |