ジョン・ジェラード

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John Gerard
The Herball (1597)の図版

ジョン・ジェラード(John Gerard 、1545年 - 1612年2月)は、イギリス植物学者である。1597年の著書、『本草あるいは一般の植物誌』(the Herbal or General Historie of Plants)で知られる。

Nantwichに生まれた。ロンドンで学び、床屋外科となった。植物学に興味をもち、ホルボーンの家の近くに庭園をつくり、珍しい植物を集めて栽培した。新世界への航海を行ったウォルター・ローリーフランシス・ドレークと契約し、珍しい作物を栽培した。植物の知識を増やすために、船医になってデンマークラトビアポーランドスウェーデンロシアモスクワに旅したこともあった。

1577年からエリザベス女王の顧問であったウィリアム・セシルの庭園の責任者となり、1588年にはケンブリッジ大学に植物園の設立を提案した。1596年に植物目録を出版し、このなかでカール・フォン・リンネにさきだって種の名称の多くを2つの単語で記述している。1597年に主著、『本草あるいは一般の植物誌』(the Herbal or General Historie of Plants)を出版した。これはイギリスやヨーロッパの本草学の時代における代表的な著作であると評価されている[1]。この書は16世紀フランドルレンベルト・ドドエンスの著書"Stirpium historiae pemptades"(1583年)を編集し ロベリウス(Matthaeus Lobelius またはMatthias de l'Obel)の著作"Stirpium adversaria nova"を加えて編集され、Tabernaemontanusから引用された図版に自ら追加した新しい図版を加え1800をこす木版の図版が掲載された。

一方でジェラードの『本草あるいは一般の植物誌』は誤記が多いなどの批難をあびたので、トーマス・ジョンソンによって改訂、改良、加筆が加えられて1633年に出版された。ジョンソン版の『本草誌』は人気を博し、18世紀から19世紀のはじめまで植物学者に利用された。[2]

ゴマノハグサ属の植物の総称にGerardiaという名前がつけられた。

著作[編集]

  • The Herball or Generall History of Plantes. London 1597
  • Catalogus arborum, fruticum ac plantarum tam indigenarum, quam exoticarum. 1599

参考文献[編集]

  1. ^ 『植物学史・植物文化史』大場秀章 著作選 I 第1部「植物学における知の体系化」八坂書房
  2. ^ 『イギリス庭園の文化史』 中山理(著)大修館書店(2003年)

関連項目[編集]

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