ジョニー・バーネット・トリオ
ジョニー・バーネット・トリオ(Johnny Burnette Trio or Johnny Burnette Rock'nRoll Trio) はジョニー・バーネット(Vo.Gu)と、その兄であるドーシー・バーネット(Ba)、ポール・バリソン(Gu)の3人編成による米国の1950年代中期のロカビリーバンドである。
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メンバー[編集]
- ジョニー・バーネット Johnny Burnette (テネシー州メンフィス 1934年3月28日-1964年)
- ドーシー・バーネット Dorsey Burnette (テネシー州メンフィス 1932年12月28日-1979年)
- ポール・バリソン(本名 デビッド・ポール・バリソン)David Paul Burlison (テネシー州ブラウンスビル生1929年2月4日- )
経歴[編集]
1952年ジョニー・バーネット・ロックンロール・トリオ結成。結成当初はヒルビリーバンドであり、メンフィスのローカルラジオ局でハンク・ウィリアムスの曲をよく演奏していた。
やがてエディー・ボンドの父、William Bondのマネージメントにより、ミシシッピー州のマイナーレーベル、VONレコードより1953年、シングル "Go Along Mule (Go Mule Go) / You're Undecided" を発売する。しかしボンド親子の熱心なプロモーションにも拘らず、全く当たらなかった。この頃、ジョニーとドーシーはポールには何も云わずサン・レコードのオーディションにデモテープを持って行くが、オーナーのサム・フィリップスに嫌悪感を示され、自信を失くした彼らは一時活動停止、ジョニーはセールスマン、ドーシーはドライバー、ポールはまた電気工事士として働き出す。
が、しかし1956年1月、全米放送の "Tommy & Jimmy Stage Show" に出演したエルヴィスに影響された3人は再活動すべく同年3月、ニューヨークへ向う。ニューヨークでアマチュアオーディションに参加した彼らを見たメジャーレーベルのキャピトル・レコード、ABCパラマウント、デッカ・レコード(傘下のコーラル)のスカウトマン達は契約を望んでいた。ポールはメジャーのキャピトル(その後すぐにジーン・ヴィンセントと契約)と契約したかったが、ジョニーとドーシーは金銭面での契約条件からデッカ(コーラル)と契約、6月に1stシングル "Tear It Up/You're Undecided" 、7月に2ndシングル "Oh Baby Babe/Midnight Train" を発表、『アメリカンバンドスタンド』等のTVショウに出演する。しかし一部の地域で人気は出たものの、全米ヒットとまではならなかった。10月には3rdシングル "The Train Kept A Rollin/Honey Hush" を発表、同月LP発表、57年にシングル2枚をリリースするが、レコードの売上も以前ほど無くコーラル側はマネージメントに力を入れなくなり事実上活動停止、そして59年に解散する事となる。その後ジョニーとドーシーは各自ソロで活動。ポールは引退後、また電気工事士に戻る。その後、70年代後半ロンドンのテッズやロッカーズによるパンク、(ネオ)ロカビリームーブメント(後にニューウェーブ、テクノ等に細分化)により脚光を浴び、ネオロカビリー界のカリスマ的存在となる。
代表曲[編集]
Johnny Burnette Rock'nroll Trio[編集]
- Rock-abilly Boogie
- Tear It Up
- Oh Baby Babe (Baby Let's Play House)
- Lonsome Train
- 他
Johnny Burnette[編集]
- You're Sixteen
- Dreaming
Dorsey Burnette[編集]
- Tall Oak