ジョニー・バーネット・トリオ

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ジョニー・バーネット・トリオ、もしくはジョニー・バーネット・ロックンロール・トリオ(Johnny Burnette Trio or Johnny Burnette Rock'nRoll Trio) はジョニー・バーネット(Vo.Gu)と、その兄であるドーシー・バーネット(Ba)、ポール・バリソン(Gu)の3人編成による米国の1950年代中期のロカビリーバンドである。

メンバー[編集]

経歴[編集]

1952年ジョニー・バーネット・ロックンロール・トリオ結成。結成当初はヒルビリーバンドであり、メンフィスのローカルラジオ局でハンク・ウィリアムスの曲をよく演奏していた。

やがてエディー・ボンドの父、William Bondのマネージメントにより、ミシシッピー州のマイナーレーベル、VONレコードより1953年、シングル "Go Along Mule (Go Mule Go) / You're Undecided" を発売する。しかしボンド親子の熱心なプロモーションにも拘らず、全く当たらなかった。この頃、ジョニーとドーシーはポールには何も云わずサン・レコードのオーディションにデモテープを持って行くが、オーナーのサム・フィリップスに嫌悪感を示され、自信を失くした彼らは一時活動停止、ジョニーはセールスマン、ドーシーはドライバー、ポールはまた電気工事士として働き出す。

が、しかし1956年1月、全米放送の "Tommy & Jimmy Stage Show" に出演したエルヴィスに影響された3人は再活動すべく同年3月、ニューヨークへ向う。ニューヨークでアマチュアオーディションに参加した彼らを見たメジャーレーベルのキャピトル・レコードABCパラマウントデッカ・レコード(傘下のコーラル)のスカウトマン達は契約を望んでいた。ポールはメジャーのキャピトル(その後すぐにジーン・ヴィンセントと契約)と契約したかったが、ジョニーとドーシーは金銭面での契約条件からデッカ(コーラル)と契約、6月に1stシングル "Tear It Up/You're Undecided" 、7月に2ndシングル "Oh Baby Babe/Midnight Train" を発表、『アメリカンバンドスタンド』等のTVショウに出演する。しかし一部の地域で人気は出たものの、全米ヒットとまではならなかった。10月には3rdシングル "The Train Kept A Rollin/Honey Hush" を発表、同月LP発表、57年にシングル2枚をリリースするが、レコードの売上も以前ほど無くコーラル側はマネージメントに力を入れなくなり事実上活動停止、そして59年に解散する事となる。

その後ジョニーとドーシーは各自ソロで活動するが、ジョニーは1964年クリアレイクで乗っていた船が別の船と衝突して溺死、ドーシーは1979年に心筋梗塞で死去。ポールは引退後、また電気工事士に戻る。その後、70年代後半ロンドンのテッズロッカーズによるパンク、(ネオ)ロカビリームーブメント(後にニューウェーブテクノ等に細分化)により脚光を浴び、ネオロカビリー界のカリスマ的存在となる。ポールはその後復活して2003年に亡くなるまで活動を続けた。

代表曲[編集]

Johnny Burnette Rock'nroll Trio[編集]

  • Rock-abilly Boogie
  • Tear It Up
  • Oh Baby Babe (Baby Let's Play House)
  • Lonsome Train
  •  他

Johnny Burnette[編集]

  •  You're Sixteen
  •  Dreaming

Dorsey Burnette[編集]

  •  Tall Oak