ジグミ・ワンチュク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジグミ・ワンチュク
Jigme Wangchuk Name.svg
ブータン国王
Bhutan-Jigme-Wangchuk.jpg
ジグミ・ワンチュク(1926年)
在位 1926年8月21日 - 1952年3月30日
戴冠 1927年3月16日
全名 Jigme Wangchuk Name.svg
ジグミ・ワンチュク
出生 1905年
死去 1952年3月30日
配偶者 プンツォ・チョデン
  ペマ・デチェン
王朝 ワンチュク朝
父親 ウゲン・ワンチュク
母親 アシ・ツェンデュ・ラモ
宗教 チベット仏教
テンプレートを表示

ジグメ・ワンチュクゾンカ語: , ラテン文字転写: Jigme Wangchuk, ワイリー方式: 'Jigs med dBang pyug)は第2代ブータン国王

生涯[編集]

1905年 、父ウゲン・ワンチュクと母アシ・ツェンデュ・ラモの間に長男として誕生。1921年、17歳でトンサ・ドニェに任命され、18歳でブムタンのワンデュチョリン宮殿のアシ・プンツォ・チョデンと結婚し、1926年に21歳の若さで即位した。

1933年には大英博物館の植物学者2人にブータン東部への入域を許可するなど、鎖国政策を緩和し、1947年にはニューデリーで開かれたアジア関係会議への参加、1948年にはインドの独立に伴う対ブータン関係協議のために代表団を派遣した。 ブータン・インド両国はプナカ条約を継承するかたちで1949年8月8日ダージリンでインド・ブータン条約に調印した。この条約には「インドはブータンの内政には干渉しないが、外交に関しては助言を行う」という文言も継承されたため、ブータンはインドとの特殊な依存関係を構築することになった。後に両国関係は経済発展関係へも拡大した。

関連項目[編集]

ジグミ・ワンチュク
ワンチュク家

1905年- - 1952年3月30日

爵位
先代:
ウゲン・ワンチュク
ブータンの旗 ブータン王国国王
第2代:1926 - 1952
次代:
ジグミ・ドルジ・ワンチュク