ザ・シャーラタンズ (U.S.バンド)

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ザ・シャーラタンズ
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州 サンフランシスコ
ジャンル サイケデリック・ロック
ガレージロック
ロックンロール
カントリーロック
フォークロック
活動期間 1964年 - 1968年
レーベル カップ・レコード
フィリップス・レコード
メンバー
ジョージ·ハンター
マイク·ヴィルヘルム
マイク·ファーガソンダン
ダン·ヒックス
サム·リンデ
パトリック・ゴガーティ
テリー·ウィルソン
ダレル・デヴォ

ザ・シャーラタンズ(またはCharlatans )は、1960年代に活動したアメリカ合衆国バンドサイケデリック・ロック・バンド。ボー・ブラメルズなどと最初期のサンフランシスコロックを支えたバンドの一つ。1964年カリフォルニア州サンフランシスコにて結成。サイケデリック・ロック・バンドの嚆矢とされる。1969年夏解散。メンバーにダン·ヒックスが在籍していた。

概要・来歴[編集]

1964年夏頃、ジョージ・ハンター(ボーカル・オートハープ)の呼びかけで、リチャード・オルセン(ベース)、マイク・ヴィルヘルム(ギター)、マイク・ファーガソン(ピアノ)、サム・リンデ(ドラムス)の5人で結成。程無くリンデからダン・ヒックスに代わった。サンフランシスコ出身のバンド同様フォーククラブ派生からジャグ・バンド・ミュージック、ブルー・グラス、ブルース、カントリー、フォークにまつわるものを演奏し、この初期のステージでは19世紀後半の欧州風制服スタイルや、西部劇ガンマン風といった扮装で登場し演奏していた。

1965年6月にネバダ州バージニアシティの「レッド・ドッグ・サロン en」で「ザ・レッド・ドッグ・エクスペリメンス(The Red Dog Experience)」と称し、アート、ファッション、音楽やパフォーマンスといった様々な展示や公演が行われた。それはネイティブ・アメリカンの衣装や風習慣の展示、瞑想の体験指導やオーガスタス・オーズリー・スタンリー3世LSD被験試飲といったものがあった。ここで約6週間シャーラタンズは、新奇な装飾、LSD使用者、目新しいライトショーのなかで演奏し、環境は揃えられていたが意図的ではなく 偶然に「サイケデリックミュージック」はこの時に始まった。 [1][2]

1965年9月頃サンフランシスコのローカル・レーベル、地元DJトム・ドナヒュー(en) によるオータム・レコード(en)のオーディションを受け、レコード・デビューのきっかけを得たがレーベルが倒産し流れてしまった。1966年カーマスートラ・レコードと契約、しかし録音したバフィ・セント・マリー(en)のコダイン(Codeine en)がドラッグ・ソングとみなされアルバム制作の契約は解除、2曲のみ子会社のカップ・レコード(Kapp Record en)からシングルで発売された。

1967年ファーガソンが抜けパトリック・ゴガーティ(ピアノ)とテリー·ウィルソン(ドラムス)が加入しダン·ヒックスはリズム・ギターに転向する。しかし翌年にヒックスは自身のバンド結成に向け脱退、ゴガーティは解雇された。

1968年ダレル・デヴォ(ピアノ)が加入するが、ジョージ・ハンターと他メンバーの確執が表面化するなか、フィリップス・レコードと契約、1969年にアルバム発表したのち活動停止し、夏頃には再開したが程無く解散状態になった。[3]


グローブ・プロパガンダ・デザイン社 Globe Propaganda design company (en)

ジョージ·ハンターとイラストレーター、ケント・ホリスター(en)が合名でグローブ・プロパガンダ・デザイン社を起こし、1stアルバム「ザ・シャーラタンズ」、イッツ・ア・ビューティフル・デイクイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスなどのジャケットデザイン、クラブの公演告知ポスター制作を行った。


メンバー[編集]

作品[編集]

シングル

  • The Shadow Knows / 32-20(1966年)
  • High Coin / When I Go Sailin' By(1969年)未発売

アルバム

  • The Charlatans (1969年)

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Red Dog Saloon (Virginia City, Nevada)Red Dog ExperienceOwsley Stanley
  2. ^ 異説も存在する。
  3. ^ The Charlatans(American band) en [[1]]

参考資料[編集]

リンク[編集]