サバーハ家
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サバーハ家(Al-Sabah)は、クウェートの首長家。18世紀より現在まで、クウェートのアミーン(首長)を輩出している。
[編集] 概要
- もともとは18世紀に、オスマン・トルコ帝国との交渉役としてクウェート商人の互選でサバーハ家が選ばれ、首長となった。
- 1871年、オスマン・トルコからカーイマカム(総督)の称号を与えられ、クウェートは隣国・イラクのバスラ州の一部であると認められた。
- なお、現在の憲法の規定により、首長及び皇太子は第7代ムバラク大首長の直系男子と定められている。
- ムバラク大首長の王子、第8代ジャービル首長(ジャービル家)と第9代サーリム首長(サーリム家)の子孫から、ほぼ交互に首長を輩出しているが、近年、サーリム家の衰えが激しく、ジャービル家に首長・皇太子・首相他政府ポストのほとんどを押さえられている。
[編集] サバーハ家の歴代首長、および主な王族
- (括弧内は在位年)
- 初代 サバーハ首長(1756年 - 1762年、オネイザ族の出身で、元は商人。商人仲間から、オスマン・トルコとの交渉役として互選され、首長となる。後にオスマン・トルコから総督の称号も得る。
- 6代 ムハンマド首長(1892年 - 1896年)
- 7代 ムバラク大首長(1896年 - 1915年、イギリスの保護領となることによって、周辺・他国の干渉を排する政策をとり、クウェートの独立国家としての基礎を作る。アル・カビール(大首長)の称号を得る。)
- 8代 ジャービル首長(1915年 - 1917年、ジャビール家の祖。)
- 9代 サーリム首長(1917年 - 1921年、サーリム家の祖。)
- 10代 アハマド(ジャビール家、1921年 - 1950年)
- 11代 アブドゥラ(サーリム家、1950年 - 1965年)
- 12代 サバーハ(サーリム家、1965年 - 1977年)
- 13代 ジャービル・アル=アフマド・アッ=サバーハ(ジャビール家、1977年 - 2006年1月15日。湾岸戦争時の首長。)
- 14代 サウド(サーリム家)(2006年1月15日 - 同24日、10日天下首長。即位時には既に重病で、継承法の規定により議会に対し内閣(首相はサバーハ皇太子)から首長交代の要請がなされ、議会の全会一致で廃位された。サウド首長側は即位式まで待つよう要請したが、聞き入れられなかった。)
- 15代 サバーハ(ジャビール家、2006年1月24日 - 、現在の首長。)
- ナワフ皇太子(ジャビール家)
- 第10代アハマド首長の王子で、第13代ジャビール首長・第15代サバーハ首長の弟。1937年生まれ。
- ナッサール王子(ジャビール家):1941年生まれ。第10代アハマド首長の次男ムハンマド王子の子。首相。
- ファハド王子(ジャビール家)
- 第10代アハマド首長の王子で、第13代ジャビール首長・第15代サバーハ首長・ナワフ皇太子の末の弟。湾岸戦争時、イラク軍と戦った唯一の王族。その戦闘により死亡した。クウェート国民からは英雄と崇敬されている。
- アハマド王子(ジャビール家)
- 1961年生まれ。ファハド王子の子、現首長の甥。元エネルギー大臣。父ファハド王子の行いにより、国民の人気が高く、政治的にも発言力が強い。現在のアジア・ハンドボール連盟の会長を務めている。
[編集] 略系図(サバーハ家)
初代 7代 サバーハ…ムバラク │8代(ジャービル家祖) ├ジャービル ││10代 │└アハマド 首相 │ ├ムハンマド─ナッサール │ │13代 │ ├ジャビール │ │15代 │ ├サバーハ │ │皇太子 │ ├ナワフ │ │ アジアハンドボール連盟会長 │ └ファハド─アハマド │9代(サーリム家祖) └サーリム │11代 14代 ├アブドゥラ─サウド │12代 └サバーハ

