サバーハ・ビン・ジャービル・アッ=サバーハ

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サバーハ1世
صباح الأول
クウェート首長
在位 1756年 - 1764年
全名 サバーハ・ビン・ジャービル・アッ=サバーハ
出生 1652年
死去 1764年
子女 アブドゥッラー
王家 サバーハ家
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サバーハ・ビン・ジャービル・アッ=サバーハアラビア語: صباح بن جابر الصباحṣabāḥ bin jābil aṣ-ṣabāḥ, 英語: Sabah I bin Jaber1652年頃 - 1764年)は18世紀サバーハ家当主で、初代クウェート首長(在位:1756年 - 1764年)。サバーハ1世(صباح الأول)として知られる。

経歴[編集]

サバーハの実家のサバーハ家はオナイザ族バニー・ウバイド氏族に属し、中央アラビアのダルイーヤに居住していた。バニー・ウバイド氏族は1712年頃に同じオナイザ族のサウード家に追われ、クウェート湾北東のホール・サビーヤに移住。1716年頃には現在のクウェートに移住し、町を建設。造船や貿易で生計を立てるようになる。

一方で1639年ペルシャサファヴィー朝からバグダードを奪ったオスマン帝国ムラト4世がペルシャと平和・国境条約を結んでメソポタミア地方の主導権を確保し、さらに1668年にはバスラをペルシャから奪取して全メソポタミアを併合し、バスラを再建して南メソポタミアをバスラ州としていた。クウェートも名目上はバスラ州管轄となる。このためクウェートのバニー・ウバイド氏族にはオスマン帝国バスラ州に対する代表として、またはバスラ州から委託されるクウェート地方行政を施行する代理人としての首長を選ぶ必要性が生じることになる。

1756年にクウェートのバニー・ウバイド氏族の会議により、サバーハが選出されてクウェート首長となり、クウェート首長国が建国される。

首長位は子息のアブドゥッラーが継承。

参考文献[編集]

  • 牟田口義郎「石油に浮かぶ国 クウェートの歴史と現実」(1965年 中央公論社
  • 広瀬隆「世界石油戦争」(2002年 NHK出版)