コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ(Constanza de Aragón y Navarra, 1343年 - 1363年)は、シチリアフェデリーコ3世の最初の妃。アラゴンペドロ4世と最初の妃マリア・デ・ナバラの娘。イタリア名はコスタンツァ・ダラゴーナ(Costanza d'Aragona)。

1361年にフェデリーコ3世と結婚したが、1女マリアをもうけて間もなく、1363年に早世した。

フェデリーコ3世はその後、1372年にアントーニア・デル・バルツォと再婚したが、子供はなかった。一人娘マリアは幼くして王位を継ぎ、後にコンスタンサの異母弟であるアラゴン王マルティン1世の息子・若マルティン(マルティーノ1世)と結婚して共同君主とした。