グスタフ・クルーツィス

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グスタフ・グスタヴォヴィチ・クルーツィス(Gustav Klutsis (Klucis), Густав Густавович Клуцис, 1895年 - 1944年[1])は、ロシア帝国ソビエト連邦グラフィックデザイナー写真家美術家である。ロシア・アヴァンギャルドロシア構成主義)を代表する1人。日本では、グスタフ・クルーチス(クルチス)と表記されることもある。

人物・来歴[編集]

1895年(1885年[1])、ラトビアに生まれる。ヴフテマス(Vkhutemas, ВХУТЕМАС、国立高等美術工芸工房)等で絵画を学ぶ。のちに、ヴフテマスでグラフィックなどを教え、インフク(Inkhuk、Инхук, 芸術文化研究所)やレフ(Lef / Left Front, ЛЕФ / Левый фронт、芸術左翼戦線)にも所属する。

フォトモンタージュを駆使した、ポスター雑誌表紙等のグラフィック作品に長ける。スターリンをあしらったような、プロパガンダのポスターも多く手がけた。立体作品も制作した。

妻のヴァレンティナ・クラギーナ(Valentina Nikiforovna Kulagina, Валентина Никифоровна Кулагина, 1902年 - 1987年)も美術家であり、夫婦でのコラボレーションによる作品制作も行った。

カジミール・マレーヴィチ、ナウム・ガボ、ペヴスナーらとも接点があった。

逮捕・処刑により死を迎えた。1944年(1938年説[1])に死去した。満48-49歳没(満58-59歳没、満42-43歳没[1])。

日本における展覧会[編集]

クルーツィスを中心に取り上げた展覧会は、日本では今まで開催されたことがない。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 各種文献により異なるが、「1895年 - 1944年」が、最も一般的に見られる。「1885年 - 1944年」「1895年 - 1938年」説あり。

参考文献[編集]

日本語でまとまった文献はない。外国語ならば、例えば、次の文献がある。

  • Gustav Klucis, Retrospektive, Museum Fridericianum Kassel, 1991, Verlag Gert Hatje, ISBN:3-7757-0327-6, herausgegeben von Hubertus Gaßer, Roland Nachtigäller(独語)

関連項目[編集]