キラニン男爵

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初代キラニン男爵マイケル・モリス

カウンティ・オヴ・ゴールウェイにおけるゴールウェイキラニン男爵: Baron Killanin, of Galway in the County of Galway)は、イギリス男爵位。連合王国貴族1900年6月15日に法律家・政治家のモリス男爵マイケル・モリスが叙位された[1]ことに始まる。

歴史[編集]

初代キラニン男爵となったマイケル・モリス(Michael Morris)は、1887年から1889年までアイルランド高等法院主席判事(Lord Chief Justice of Ireland; 高等法院首席裁判官)を、1889年から1900年まで常任上訴貴族Lord of Appeal in Ordinary; 法服貴族)を務めた人物である。彼は1885年準男爵の称号を与えられており、また常任上訴貴族への任命に伴って1876年上訴管轄権法Appellate Jurisdiction Act 1876; 不服審査管轄法)に基づく一代貴族となっており、モリス男爵と称していた。

1901年に初代男爵が死去すると、ゴールウェイ選出の保守党所属庶民院議員となっていた長男のマーティンMartin Morris)が、準男爵とキラニン男爵を相続した。彼は襲爵によって貴族院に移り、後には最後のゴールウェイ州知事Lord Lieutenant of Galway; ゴールウェイ州長官)となっている。

第2代男爵は生涯未婚であったため、その甥のマイケルが第3代男爵となった。彼はアイルランドオリンピック委員会Olympic Council of Ireland)会長やアイルランド代表の国際オリンピック委員会委員を経て、1972年から1980年まで国際オリンピック委員会会長を務めた。

第4代男爵となったのは、第3代男爵の息子のレドモンドRedmond Morris)である。彼は映画のプロデューサーを行なっている。

キラニン男爵 (1900年)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ London Gazette: no. 27202, p. 3751, 1900年6月15日