キャノンデール

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キャノンデール
Cannondale Bicycle Corporation
種類 子会社
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
en:Bethel, コネチカット州
設立 1971年
業種 輸送用機器
事業内容 自転車・自転車用品の製造販売(主にスポーツ自転車とサイクルウェア)
主要株主 ドレルレクリエーショナルレジャー
外部リンク www.cannondale.com
特記事項:会社組織としては2003年に消滅
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キャノンデール英語:Cannondale Bicycle Corporation )は1971年に創業されたアメリカ合衆国自転車メーカーであり、社名はコネチカット州の駅の名前から採ったものである。 高品質で高性能のアルミ自転車を開発・製造するメーカーとして強みを持つメーカーであり、フレーム以外にも自転車部品、サイクルウェアなどの自転車関連商品も製造販売している。これらはそれぞれ業界で新たな製品カテゴリーを切り開いてきた。

自転車ロードレースチームのキャノンデール・プロサイクリングのメインスポンサーである。

概要[編集]

自転車製造において、人件費の安い中国台湾での大量生産が当たり前の現代において、キャノンデールはアメリカ国内でのフレーム生産をセールスポイントとしており、フレームに見られるHAND MADE IN USAという文字の通り他メーカーとの差別化を図ってきた。現在はアメリカ資本の企業ではなくなり、上位車種の一部を除き海外生産されるようになった。 自転車のデザインでも独自性やユニークさをアピールしており、CAAD(キャノンデールが独自の技術を活かし製造する高性能アルミフレーム)やLEFTY(片持ち一本サスペンション)などといったものもある。なお、今では当たり前になっているリアサスペンションマウンテンバイクを初めて量産したのもこのメーカーである。多くのライバルメーカーよりも先んじて、キャノンデールは1984年にマウンテンバイクを発表。先進的な自転車のデザインと技術をリードしてきた。これは短期間での販売増につながり、平均で年20パーセントの伸びを記録、1991年会計年度は5440万ドル、1996年会計年度は1億4600万ドル。全株子会社はキャノンデールヨーロッパBV、キャノンデールジャパンKK。1996年7月にはキャノンデールオーストラリア Pty Limited, 組立て済み自転車および自転車関連商品を輸入、また他社製造のコンポーネントも輸入する会社である。キャノンデール製品は60カ国以上で販売されている。

歴史[編集]

1960年代[編集]

キャノンデールの創業者ジョー・モンゴメリーは社会に出てすぐに、生き様を大きく変えることになる経験をした。大学を中退してカリブで船員となってすぐの航海で、雨と強風、15フィートの高波にあった。船は沈みモンゴメリーは海中に放り出され、サメが徘徊する海の中で一夜をすごさなければならなかったという経験だ。

その後チャーター航海で知り合った友人からウォールストリートのアナリストのポジションを紹介された。ウォールストリートでは文句ばかりいう男で役職もなかったが、小規模な事業者がどのように資金繰りをしながら運営し、様々な問題を乗り越えるのかを学んだ。

そこで得た知識に加え、生まれ故郷オハイオの農場で過ごした幼少期の経験、また機械好きかつ現実的な性格を生かして後の事業を思案しているいるうちに、飛行機や船のマストにはアルミを使うほうが木材よりもいいとの考えに至った。またアウトドア好きなモンゴメリーは、アルミ製の自転車は当時一般に使われていた鉄製の自転車よりも軽く、よりスピードが出せ、特に上り坂では有効だとの着想も得た。

最初はキャンプ用品の事業を起こそうと思っていたが、3つの理由で自転車にした。1つは当時の自転車業界が技術的に遅れていたこと。先進的な製品を打ち出せば市場を切り開けると思ったこと。2つめは流通が古いやりかたのままで改良の余地があると考えたこと。自転車はメーカーから卸業者へ、そして販売店を経由して顧客へと渡る流通形態だった。モンゴメリーは卸業者を廃し、メーカーから直接販売店に販売すべきと考えた。3つめに、前記2つの理由を足し合わせればコンピューター業界でなされたような大幅な成長が可能だと考えたことだ。モンゴメリーは技術革新に流通変革を加えれば商機はあると確信した。

1970年代~1980年代初頭[編集]

会社名はコネチカットの駅キャノンデールから名づけたが、創業当初は自転車を作るまでには至らず、資金がそれほどかからない自転車関連製品の製作からはじめた。対企業向けとしてバッグやウェアを作り、LLビーンのカタログなどでも販売したことでさらなる資本強化を果たす。パートタイムで働いていた従業員6人とともに子供を載せる自転車のリヤカーを開発して発表。名前はバガー。小さな子をもつ自転車好きの両親に人気を博した。まだ一人では自転車に乗れない子供を連れて自転車を楽しめたからだ。この商品でキャノンデールは初めて100万ドルを売り上げた。

次にモンゴメリーは販売店との関係強化に乗り出した。スタッフが販売店に出向いて講習や販売サポートをし、より顧客との関係を強め、ニーズ&ウォンツを聞き出そうとした。卸業者を飛ばしたことで25パーセントほどのコストを削減でき、これを顧客に還元した。また世界中で最良の販売店のみでの販売する戦略を採った。そして注文が入る最初の段階から精緻な販売管理をおこなった。

1983年になって初の自転車を発表。先進的な大径アルミチューブのモデルで、他のアルミ製自転車に比べて手ごろな価格だった。この製品がヒットし、売上に700万ドルを上乗せする貢献をはたした。

1984年には初のマウンテンバイクを発表。幅広のタイヤ、直線的なハンドル、オフロード志向のデザインが目を引いた。他社が追従してアルミ製モデルを商品化したがキャノンデールは走り続け、マウンテン、レーシング(細いタイヤとカーブしたハンドルの軽量自転車)、ハイブリッド(直線ハンドルでより直立姿勢に近いポジションのもの。タイヤは細め)、ツーリング(ロードレース用に似ているがフレームは荷物が載せられる)、スペシャルティ(タンデム、マルチスポーツなど)といったジャンルの製品を展開。その後もアルミバイクを進化させ続け、業界をリードした。

1990年代[編集]

キャノンデールは次のように広告した。『ほとんどの自転車会社が極東メーカーで作ったモデルを販売しているが、これは同一モデルのコピーを販売しているものだ。キャノンデールはオリジナルで、特許を保有する(米国特許を48取得)、手作り、アメリカ国内の工場で。新しいフレームは他社の「火であぶった弱いメタル」とは異なり、ハイグレード(高品質)のアルミ製で、航空機で使われているもの。コネチカット州ジョージタウンの本社の開発部でCADを使って設計し、このデータをペンシルベニア州のベッドフォードやフィリップスバーグの工場にモデム経由で転送し、コンピュータ制御のハイテクレーザーで仕様どおりにアルミが切断され曲げられる。これでキャノンデールは開発と製造のリードタイムを最小限に短縮できる。125000平方フィートのベッドフォード工場には23エーカーの土地があり、ここは自転車とウェアの主要生産拠点となっている。ここはまたカスタマーサービスの拠点でもある。4万フィートのピッツバーグ工場は12エーカーで、関連商品(アクセサリー)やウェアの一部、自転車のサブアセンブリーを製造している。』

マウンテンバイクの人気が海外でも成長していることから、キャノンデールはアメリカの自転車会社として初めて海外に展開し、先進的なアルミフレームで高い評価を得ている。モンゴメリーによると、ヨーロッパの自転車環境は人口増加と自動車維持コスト増によるもの。ヨーロッパではアメリカはマウンテンバイクの聖地だと考える人が多く、アメリカのプレスがなんていうかを見つめている。そしてアメリカのプレスがキャノンデールだと声高々にいっている。 1980年代半ばにはヨーロッパと日本に子会社を設立。後にオランダとオーストラリアも。中国と南米への進出も考慮中。

キャノンデールは1991年にエレベーションサスペンションテクノロジーを発表。これをマウンテンバイクのリアサスペンションとして使い、粗い地面でもタイヤが接地するようにした。アルミをコアとしカーボンファイバーで表面を覆ったフレーム、アルミ仕上げだが通気性のあるジャケット、ベルトバッグなどの先進的な商品を出した。缶をリサイクルし、気体状にして使用した。アルミ仕上げで体温維持が53パーセント向上した。

1997年に世界中で販売される予定のものに、高性能スポーツ用車いすの一連のシリーズがある。これは障害者アスリート向けのもので、最初のモデルは、4 輪フルサスペンションオフロード用。これは開発に7年かけたもので、独特の推進システムを備えクロスカントリーやダウンヒル用。図面段階のものだが他にロードレース用、テニス/バスケット用、軽量汎用がある。モンゴメリーの参入動機とは、個人的なもので、息子のマイケルが車いす使用者なのだ。モンゴメリーは軽量車いす市場が年400万ドル市場となることを願っているという。『当初の目標は世界の車いす市場で1割をとること。障害のあるアスリートがより生きがいをもてるようなすばらしい機会と感じてもらえると思う。』 キャノンデールがアスリートにインタビューしたところ、スポーツ用車いすは医療関係からではなくスポーツ店での購入が多いという結果となっている。

1994年から株式公開を行った。1996年に増資。これにより売上と利益が最高となり、前年比約20パーセント増。急速な成長のためキャノンデールは10マイルほどのBethelにより大規模な工場を建設。ジョージタウン1830年代の3エーカーの敷地にある納屋を改築したものだった。従業員は身の回りのものに古いものを選んだり、ハイキングやバイキング(自転車のり)の愛好家を好むような、モンゴメリーのカジュアルな管理スタイルに感心していた。モンゴメリーは会社のウェイトルームでワークアウトしたり常に自転車に乗ることを勧めていた。これはストレスを発散し仕事にまい進できるようにするだけではなく、みんながキャノンデールの最新の開発に文字通り乗ることを許していたのだった。12人の開発者は自転車を軽量に、頑丈に、高速に、より快適にしていた。

1994年1月から、キャノンデールはボルボ/キャノンデールはマウンテンバイクレーシングチームの共同スポンサーとなり、広く知名度を上げようとした。最初のシーズンの1994年世界マウンテンバイクチャンピオンシップで金メダル2個、銀メダル1個。1995年にはタイメックスキャノンデールロードレーシングチーム、ニューバランスキャノンデールトライアスロンチーム、キャノンデールワールドフォースBMXチーム、Saecoプロロードサイクリングチーム、これはツールドフランスやツールデュポンでの強力なチーム。アスリートたちはキャノンデールの自転車に加え、サイクリング用アパレルも宣伝してくれる。自転車の売上(特にヨーロッパで成功している)よりも上を行こうとしているのがウェア(clothing)やアクセサリーやコンポーネントだ。キャノンデールでは1997年の自転車以外の売上を15パーセントと見積もっている。

ジョー・モンゴメリーはキャノンデール創設来の会長、社長、兼CEOで、量より質で成功を勝ち取ってきた。『大量に自転車販売しようとは思っていない。つまり、中国製ほどは販売しないということ。これは私たちがしようと思うことじゃない。わたしたちは自転車界のメルセデスベンツになりたい。ボルボやポルシェでもいい。』

"Speed is Our Friend"「スピードが友達」これがキャノンデールのモットー。この4ワードは世界的なトッププロサイクリングチームへのキャノンデールのサポートをあらわしてもいるが、より根源的には、目にも止まらぬすばやい開発プロセスをおこなうという公約ともいえる。考えられないスピードで、スポンサーとなっているライダーと開発スタッフのひらめきを技術的に優れた商品に結実させること。その底辺には、"Speed is Our Friend"世界一早い自転車を生み出す決意を表している。世界一の自転車会社でありたいという情熱。1)お客様、販売業者お互いを尊重します。2)先進的な商品を途切れることなく開発しつづけ提供しつづけていきます。3)常に改良しつづけます。4)細かいことにもこだわります。5)最良の販売店だけで販売します。6)社員が無駄なく適正に働くように会社を運営します。 [1] [2] [3]

2003年~現在[編集]

2003年には、モーターサイクル事業にも乗り出したことが仇となって経営危機に陥り、連邦倒産法第11章を申請して事実上倒産、モーターサイクル部門の閉鎖と経営陣の刷新を行った。新経営陣の下、それまで頑なに守っていた「アルミのキャノンデール」「メイド・イン・USA」というイメージから脱却し、現在は他のメーカーと同じように生産を台湾中国など海外に移転、フレームのカーボン化などに対応している。 Cannondale Bicycle Corporationは2003年からの会社で、破産後投資会社ペガサス傘下となってから新たに設立されたものである。4年で再建されて20億ドルと交換で投資会社として売却。2008 年に”カナダに本社を置くアメリカ企業”のドレル傘下になった。再建を果たしたマット・マネリー社長は、ドレル傘下で引き続きCOOである。新CEOは同じドレル傘下となった時点からパシフィックサイクルのCEOを務めたJeff Frehnerが就任した。 2009 年4月からはサイクリング・スポーツ・グループと名称変更。シュウイン、GT、マングース関連部門はキャノンデールのコネチカット州ベセルに移転となった。キャノンデールの自社フレーム生産は終了し、アジアへの外注生産に完全移転も決定した。

キャノンデールは、ドレルインダストリーが買収。2010年現在は、ドレル傘下の自転車部門ドレルレクリエーショナルレジャー社(Dorel R/L社)のサイクリングスポーツグループ社(CSG社)のブランドの一つであり、会社組織的なキャノンデールはすでに存在しないが、会社登記上は残っている。Dorel R/L社傘下には、CSG以外に量販店向けのパシフィックサイクルグループ(PSG)と、Sugoiアパレルをベースとしたアパレルフットウェアグループ(AFG)がある。CSGでは他に、GTシュウインマングースを取り扱っている。シュウインやマングースは量販店やウェアもあり、帰属ブランドはCSGでも実際の商品としては PSGやAFGが扱う商品につけられるラベルとして使用されることもある。 [4]

車種[編集]

現行車種[編集]

SUPERSIX
CAAD10
F900

以下に記載する車種は、2010年現在のものである。

  • Slice (2007-
  • SUPERSIX (2008-
  • SIX (2009-
  • CAAD10 (2010-
  • CAAD 9 (2007-
  • CAAD 8 (2006-
  • Capo (2007-
  • 29'er (2008-
  • Moto (2009-
  • Rize/RZ (2009-
  • Flash (2010-
  • F Series(1995-
  • CO2(2010-
  • Quick (2009-
  • Hooligan (2008-
  • Bad Boy (2000-
  • Scalpel (2002-
  • Cyclocross (2002-
  • IFG (2003-
  • Synapse (2006-
  • Touring (2008-
  • Comfort (2001-
  • Street (2001-
  • Adventure (2001-

絶版車種[編集]

  • SR Series (1983-1991)
  • SM Series(1984-1991)
  • SE Series(1991)
  • SH/SC Series (1985-1991)
  • ST Series (1985-1991)
  • T Series(1992-2007)
  • M Series(1992-2001)
  • R Series(1992-2006)
  • H/C (1992 -2001)
  • Silk Path (1997-2003)
  • Track (1993-1995) & (2003-2004)
  • BMX (1995-1996)
  • Silk Road (1996-2003)
  • Sport Road (2004-2006)
  • Silk Warrior (2002-2003)
  • Road Warrior (2001-2008)
  • XR/XS ( 1998-2001)
  • Super V(1993-2002)
  • Multisport (1997-2002)
  • Ironman (2003-2006)
  • Easy Ridder/Recumbent/Bent (2002-2006)
  • Delta V (1992-1994)
  • Killer V (1994-1999)
  • Raven (1997-2001)
  • Gemini (2002-2007)
  • Jekyll(2001-2005)
  • Prophet (2005-2008)
  • Daytripper (2006-2007)
  • Caffeine (2007-2009)
  • Taurine (2007-2009)
  • Chase (2004-2009)
  • Gracia (2006)
  • Judge (2007-2009)
  • Perp (2007-2009)
  • Rush (2006-2009)
  • SIX13 (2005-2008)
  • SYSTEMSIX (2007-2008)

脚注[編集]

外部リンク[編集]

Vintage Cannondale ビンテージキャノンデール http://vintagecannondale.com/

歴代のカタログやシリアルナンバー差別法などを掲載。