カール・アルフレート・フォン・ツィッテル

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カール・アルフレート・フォン・ツィッテル
Karl Alfred von Zittel
人物情報
生誕 1839年9月25日
死没 1904年1月5日(満64歳没)
学問
研究分野 古生物学地質学
主な受賞歴 ウォラストン・メダル(1894年)
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カール・アルフレート・フォン・ツィッテル(Karl Alfred von Zittel, 1839年9月25日 - 1904年1月5日)はドイツ古生物学者地質学者である。

バーデン=ヴュルテンベルク州バーリンゲン (Bahlingen) で生まれ、ハイデルベルクパリウィーンで学んだ。オーストリア地質調査に参加し、ウィーン鉱物学博物館で働いた後、1863年にカールスルーエ工科大学地質学鉱物学を教えた。3年後にミュンヘン大学教授職と化石のコレクションを、アルベルト・オッペル (Albert Oppel) から引き継いだ。1880年にミュンヘン自然史博物館の地質学教授職になり、後に館長となった。

1863年から Cretaceous bivalve mollusca of Gosau を著し、白亜紀貝類の研究を発表し、その後ジュラ紀後期のチトニアン期についても発表した。1873年から1874年の間、フリードリッヒ・ロールフス (Friedrich Gerhard Rohlfs) のリビア砂漠探検に参加し、1880年にその調査結果、Über den geologischen Bau der libyschen Wüste を発表した。1846年にヘルマン・フォン・マイヤーらによって創刊された学術誌 Palaeologica(『古生物学』)の主要な寄稿者となった。

1876年から大著 Handbuch der Palaeontologie の執筆を始め、1893年に第5巻まで完成した。他に著書として Aus der Urzeit (1873, ed. 2, 1875); Die Sahara (1883);Geschichte der Geologie und Palaeontologie bis Ende des 19 Jahrhunderts (1899) がある。

1899年にバイエルン科学アカデミーの会長を務めた。1894年にロンドン地質学会からウォラストン・メダルを受賞した。

関連項目[編集]