アルギッパイオイ
アルギッパイオイ(ギリシャ語:Ἀργιππαῖοι)は、古代ギリシア時代にウラル山脈の麓に住んでいたとされる民族。生まれながら(薄毛の遺伝、あるいは髪を剃る習俗から?)彼らはみな禿頭であるため、禿頭族と呼ばれた。
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ヘロドトスの記録 [編集]
古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは『ヒストリアイ(歴史)』において次のように記している。
別種スキタイ[1]の地を過ぎれば、小石や岩だらけの荒地が続き、そこを過ぎると、高い山脈[2]の麓に男女の関係なく全員、生まれながらにして禿頭[3]の民族が住んでいる。獅子鼻で顎が張り、スキタイ風の服装をしている[4]が、独自の言語を話し、木の実を常食としている。彼らの生活の糧となっている樹の名はポンティコン[5]と言い、大きさはほぼ無花果の樹ほどで、扁豆によく似た果実がなり、この実には核がある。熟した実を布を通して搾ると、黒ずんだ濃い液が流れ出すが、これをアスキュと呼んでいる。彼らはこの汁をそのまま舐めたり、乳と混ぜて飲んだりし、また搾り糟の濃厚な部分で菓子のようなものを作って食べる。この地方には良い牧場がないため、家畜の数が少ないことによる。彼らはいずれも木陰を住み家とし、冬になると樹に白いフェルトをかけて住み、夏はそれを取る。この民族は神聖視されているので、彼らに危害を加える者は誰もおらず、また武器の類は一切ない。近隣の住民の争いを調停するのも彼らであるし、彼らを頼って避難して来た者は何人たりとも危害を加えられることはない。この民族の名はアルギッパイオイという。
— ヘロドトス『歴史』巻4-23
言語系統 [編集]
ヘロドトスは「独自の言語を話す」と記しており、少なくともスキタイ語ではないと考えられる。バシュキル語やカルムイク語の言語系統はアルタイ系のテュルク系であるので、仮にスキタイ語がインド・イラン語派(インド・ヨーロッパ語族のうちの語派のひとつ)であるならばこの記述に矛盾は生じない。スキタイ周辺の民族の中で、スキタイと異なる言語を話すのは他にアンドロパゴイが挙げられる。
脚注 [編集]
- ^ かつて王族スキタイに背き、その果てにこの地(現在のロシア連邦 沿ヴォルガ連邦管区。)に到来した者たち。
- ^ おそらくウラル山脈だと思われる。《松平 1988,p183注14》
- ^ 比較的毛の薄いバシュキル人やカルムイク人を指すと言われている。《松平 1988,p183注15》
- ^ これもバシュキル人やカルムイク人の外見を思わせる記述である。
- ^ エゾノウワミズザクラのこと。学名をPrunus Padusという一種の野生の桜桃であり、西ヨーロッパでは渋みが嫌われてあまり食用されないが、現在でも東ヨーロッパからウラル山脈東麓一帯にかけての諸民族はこの渋みを上手に取り除くか逆に利用して広く食用飲用に宛てている。《松平 1988,p183注16》