アリアナ・ハフィントン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アリアナ・ハフィントン

アリアナ・ハフィントン(Arianna Huffington,旧姓Arianna Stassinopoulos, 1950年7月15日 - )は、ギリシャ系アメリカ人の作家であり、コラムニスト。リベラル系ニュースサイト『ハフィントン・ポスト』の創設者として有名。

2003年、カリフォルニア州知事選挙に独立候補者として出馬.[1] 。 2009年には、フォーブズ誌による「メディア界で最も影響力のある女性」の12位に選出された[2]ガーディアン誌選出の「メディア界のトップ100人」の42位にも選出されている[3]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

ギリシャのアテネにて出生。16歳の時にイギリスに引っ越し、ケンブリッジ大学ガートン・カレッジに入学。1971年には、女子学生として3人目となるケンブリッジ・ユニオン・ソサエティのプレジデントとなった。1972年に、経済学学士号(現在のケンブリッジ大学のシステムにおいては修士号に相当)を取得。

メディアにおいての存在[編集]

1970年代に、ハフィントンは、イギリスBBCラジオ4の政治的な番組「何か質問は?」にパネリストとしてしばしば出演し、政治論議をした。また、BBCのテレビ番組「Call My Bluff」や「Face the Music」にも出演した。

アメリカでは、公共ラジオ放送である「左翼、右翼、中道」を共同司会した。2007年5月には、エア・アメリカラジオにおいて「アメリカでの7日間」の共同司会を始めた。1980年代後半、ハフィントンはナショナル・レビュー誌に記事を寄せる。1981年にはマリア・カラスの伝記、1996年にはパブロ・ピカソの伝記などを執筆。1996年には、コメディ・セントラルの大統領選挙についての番組に出演。

2007年の11月17日には、レイチェル・マドーの代打として、MSNBCの番組レイチェル・マドー・ショーの司会をつとめた。

ハフィントン・ポストを開始する前には、ウェブサイトAriannaonline.comや、Resignation.comを運営していた。

カリフォルニア州知事選出馬[編集]

2003年、ハフィントンは、独立候補者として、カリフォルニア州知事選に出馬した。彼女がハイブリッド車プリウスを所有しているのに対し、ライバル候補であったアーノルド・シュワルツェネッガーがハマー車を所有していることに触れ、ハフィントンは選挙戦を「ハマー車対ハイブリッド車」と評した。だがその後選挙アドバイザーの意見を受け、2003年9月30日に選挙から撤退した。

政治的スタンス[編集]

ハフィントンの政治的スタンスは90年代に大きく変化する。当初は保守派政治家であるニュート・ギングリッチを支持し、1996年には共和党ボブ・ドール大統領候補を支持するなど、保守寄りだったハフィントンだが、徐々に左派よりの意見を持つようになる。ハフィントン自身は、現在の政治的スタンスを「進歩的ポピュリスト」としている。

脚注[編集]

  1. ^ Schofield, Jack (2008年8月25日). “Huffington Post: From millionaire's blog to leading liberal newspaper”. Guardian News. http://www.guardian.co.uk/technology/2008/aug/25/huffington.post 2008年9月18日閲覧。 
  2. ^ http://archive.is/20120527070458/http://www.forbes.com/2009/07/14/most-influential-women-in-media-forbes-woman-power-women-oprah-winfrey_slide_13.html
  3. ^ http://www.guardian.co.uk/media/2009/jul/11/arianna-huffington-mediaguardian-100-2009

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

参考文献[編集]

Nancy Snow, "Citizen Arianna: The Huffington Post / AOL Merger: Triumph or Tragedy?" Nimble Books,2011