アハルツィヘ

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アハルツィヘ
ახალციხე
アハルツィヘ ახალციხეの位置
アハルツィヘ
ახალციხე
位置図
座標: 北緯41度38分20秒 東経42度59分10秒 / 北緯41.63889度 東経42.98611度 / 41.63889; 42.98611
グルジアの旗 グルジア
サムツヘ=ジャヴァヘティ州
人口 (2002年)
 - 計 46,134人
等時帯 グルジア標準時 (UTC+4)

アハルツィヘグルジア語: ახალციხე: Akhaltsikhe、「新しい城」の意)は、グルジアサムツヘ=ジャヴァヘティ州の小都市。ロムジア(Lomsia)の名でも知られる。ポツホヴィ川の両岸に位置し、北岸が旧市街、南岸が新市街に分かれている。

歴史[編集]

1887年ごろのアハルツィヘ

12世紀の年代記に初めてその名が見える。12世紀から13世紀にかけ、サムツヘ公アハルツィヘ家の本拠地になった。アハルツィヘ家の著名な代表者にはシャルヴァやイヴァネ・アハルツィヘがいる。13世紀から17世紀にはサムトヘと共にジャケリス家の封建的な支配下に入った。1576年にオスマン帝国領となり、1628年からは同国のアハルツィヘ州の中心都市になった。露土戦争中の1828年にイヴァン・パスケヴィッチ率いるロシア軍により征服され、翌年のアドリアノープル条約の結果クタイシトビリシなどと共にロシア帝国領となった。旧市街では古い要塞や城砦、モスク、13世紀から14世紀に築かれたジャケリスの古城、聖マリネ教会などがあるほか、近くの丘にはサパラ修道院がひっそりと建つ。

城砦

1980年代後半からソビエト連邦軍の第10電動ライフル守備隊が駐屯し始め、ソ連崩壊後もグルジア陸軍の旅団として存続している。

姉妹都市[編集]