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インスリン デグルデク
An insulin degludec hexamer. A chains are chartreuse, B chains are tan, and the central zinc atom is teal. From PDB: 4AKJ​.
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
Drugs.com monograph
ライセンス EMA:リンク
胎児危険度分類
法的規制
投与経路 Subcutaneous
識別
CAS番号
844439-96-9 ×
ATCコード A10AE06 (WHO)
PubChem CID: 118984462
ChemSpider none ×
UNII 54Q18076QB チェック
KEGG D09727  ×
別名 NN1250
化学的データ
化学式C274H411N65O81S6
分子量6,104.04 g·mol−1
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インスリン デグルデク(Insulin degludec)は、超長時間作用型の基礎インスリンアナログ製剤である[2]。1日1回皮下注射により投与され、糖尿病患者の血糖値管理に供される。作用時間は最大42時間(インスリン グラルギン、インスリン デテミルなど他の長時間作用型インスリンの作用時間は18[3]~26時間)で、速効型および短時間作用型のボーラスインスリンとは対照的に、1日1回投与型の基礎インスリン製剤である[4][5]

日本では2012年9月に承認された[6]

世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストに掲載されている[7]

効能・効果

インスリン療法が適応となる糖尿病[8]

禁忌

以下の患者には禁忌である[8]

  • 低血糖症状を呈している患者
  • 製剤成分に対し過敏症の既往歴のある患者

副作用

重大な副作用として、低血糖とアナフィラキシーショックが知られている[8]

2012年7月に発表された臨床試験のメタアナリシスでは、低血糖(血糖値56mg/dL未満と定義)のイベントが患者1年当たり39~47.9件あり、より濃度の高いデグルデク製剤でより高い割合であった事が示されている。また、夜間低血糖の発生率は3.7~5.1件/年であった[9]

作用機序

インスリン デグルデクはインスリン グラルギンと異なり、生理的pHで活性を示す超長時間作用型インスリンである。B29位のリジンにアミド結合を介してヘキサデカン二酸英語版が付加されており、皮下組織でマルチヘキサマーを形成する[10]。これにより皮下デポ(持続性注射)が可能となり、全身循環へのインスリンの徐放が実現される[11]

薬物動態

デグルデクの作用発現時間は 30~90 分である(グラルギンデテミルと同様)。全身循環への放出が遅いため、活性のピークはない。デグルデクの作用持続時間は24時間以上と報告されている[10][9]

毎日同じ時間帯に注射した場合、この長い作用時間(ただし48時間以下)のために、注射から次の注射までが重なり、その結果、インスリンの作用が強くなる可能性がある。もし、睡眠中に重なった場合、血糖値が下がる危険性があるので、食事など血糖値を確認する時間に重なる様に朝注射することが重要である。

製剤中ではフェノールにより弛緩(relaxed)形態の六量体(R6)であるが、投与後にフェノールが解離しデグルデクの一部が緊張(tense)形態に変化してヘテロ六量体(T3R3)となり、更にそれが数百以上連なってマルチヘキサマーを形成する[12]。その後マルチヘキサマーから徐々に亜鉛イオンが外れて少しずつ六量体が遊離し、二量体を経て単量体となり血中に入っていく。

有用性

デグルデク投与患者は、グラルギンU100投与患者に比べ、より少量の基礎インスリン投与で同等の血糖値を得る事が出来たという研究結果が報告されている。また、デグルデクは、他のインスリン製剤との混合により、血糖管理を改善する事が可能である[注 1]。これは、グラルギンやデテミルでは不可能である[13][14]

化学的特徴

インスリン デグルデクは、ヒトインスリンのB鎖30位のアミノ酸を1つ削除し、B29位のアミノ酸リジンにγ-L-グルタミン酸スペーサーを介してヘキサデカン二酸を共有結合させた改変型インスリンである。

臨床試験

1型糖尿病

BEGIN Basal-Bolus Type 1試験において、インスリン グラルギンの代替として、インスリン デグルデクを基礎ボーラス併用療法に組み入れる事が検討された。1型糖尿病患者629例を対象に、食事時のインスリン アスパルトに加え、デグルデク(n=472)またはグラルギン(n=157)に3:1の割合で無作為に割り付けられた。デグルデク投与群では、1日複数回の基礎インスリン投与を受けている患者の基礎インスリンを1:1の割合でデグルデクに切り替えて数日掛けて20~30%減量した。52週後、デグルデク投与群では、非劣性の基準を満たす同等のHbA1c低下率(0.40% vs. 0.39%)が確認された。有害事象は両群で同等であったが、夜間低血糖(午前0時から午前6時の間)の発生率はデグルデク投与群で27%低かった(3.91 vs. 5.22%, p=0.024)。低血糖はインスリン治療においてしばしば用量制限的な毒性であるため、低血糖の発生率が低下した事は治療上の利点であると考えられた[15]

2型糖尿病

BEGIN Basal-Bolus Type 2試験では、2型糖尿病患者を対象にインスリン グラルギンの代替療法としてインスリン デグルデクが検討された。995名の患者が、デグルデク(755名)またはグラルギン(251名)に、食事時アスパルトメトホルミンピオグリタゾンの何れかを追加投与する群に無作為に割り付けられた。本試験に参加した患者の平均HbA1cは8.3~8.4%であり、49~50%が基礎ボーラス インスリンと経口糖尿病治療薬で構成されるレジメンを使用していた。52週後、デグルデクはグラルギンに劣らないHbA1c低下効果(-1.10% vs. -1.18%)を示した。低血糖の発生率は、夜間低血糖(1.39 vs. 1.84%/年、p=0.0399)を含めて全体としてデグルデクで有意に低かった(11.09 vs. 13.63%/年、p=0.0359)[16]

経済性評価

BEGIN試験プログラムの目標達成に向けた治療(Treat to Target;T2T)的性格を考慮すると、デグルデクの医療経済分析の多くは、血糖管理の差ではなく、インスリン投与量と低血糖イベント発生率の差に基づく短期費用効果に焦点が合わされている。2013年にスウェーデンで行われた社会的視点に基づく最初の費用対効果分析では、1型糖尿病および2型糖尿病の治療において、デグルデクはグラルギンと比較して、基礎療法または基礎インスリン療法の一部として費用対効果が高い事が示された[17]

承認

2013年2月に米国食品医薬品局(FDA)から要請された追加の心臓安全性試験を完了した後、インスリン デグルデクは2015年9月にFDAの承認を取得し[18]、2016年1月に販売が開始された[19]

日本では2012年9月に承認され[6]、2013年2月に薬価収載されて2013年3月に発売された[20]

脚注

注釈

  1. ^ インスリン デグルデク・インスリン アスパルト参照。

出典

  1. ^ Tresiba EPAR”. European Medicines Agency (EMA). 2021年1月15日閲覧。
  2. ^ CHMP (October 18, 2012), “Summary of opinion 1 (initial authorisation): Tresiba”, Pending EC decisions (EMA), http://www.ema.europa.eu/docs/en_GB/document_library/Summary_of_opinion_-_Initial_authorisation/human/002498/WC500134060.pdf 2012年11月6日閲覧。 
  3. ^ “Albumin-bound basal insulin analogues (insulin detemir and NN344): comparable time-action profiles but less variability than insulin glargine in type 2 diabetes”. Diabetes, Obesity & Metabolism 9 (3): 290–9. (May 2007). doi:10.1111/j.1463-1326.2006.00685.x. PMID 17391154. 
  4. ^ “A review of the pharmacological properties of insulin degludec and their clinical relevance”. Clinical Pharmacokinetics 53 (9): 787–800. (September 2014). doi:10.1007/s40262-014-0165-y. PMC 4156782. PMID 25179915. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4156782/. 
  5. ^ Tresiba Summary of product characteristics”. European Medicines Agency. 2022年1月19日閲覧。
  6. ^ a b 新型インスリン「トレシーバ(インスリン デグルデク)」の承認取得|ニュース|糖尿病ネットワーク”. ニュース|糖尿病ネットワーク. 2022年1月18日閲覧。
  7. ^ World Health Organization model list of essential medicines: 22nd list (2021). Geneva: World Health Organization. (2021). hdl:10665/345533. WHO/MHP/HPS/EML/2021.02 
  8. ^ a b c トレシーバ注フレックスタッチ 添付文書”. www.info.pmda.go.jp. 2022年1月18日閲覧。
  9. ^ a b “Insulin degludec as an ultralong-acting basal insulin once a day: a systematic review”. Diabetes, Metabolic Syndrome and Obesity: Targets and Therapy 5: 191–204. (2012). doi:10.2147/DMSO.S21979. PMC 3402007. PMID 22826637. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3402007/. 
  10. ^ a b “Insulin Degludec, The New Generation Basal Insulin or Just another Basal Insulin?”. Clinical Medicine Insights. Endocrinology and Diabetes 5: 31–7. (2012). doi:10.4137/CMED.S9494. PMC 3411522. PMID 22879797. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3411522/. 
  11. ^ “Can a new ultra-long-acting insulin analogue improve patient care? Investigating the potential role of insulin degludec”. Drugs 72 (18): 2319–25. (December 2012). doi:10.2165/11642240-000000000-00000. PMID 23145524. 
  12. ^ 粟田卓也「10.新世代の持効型溶解インスリン製剤の誕生」『インスリン製剤の変遷をたどる』メディカル・ジャーナル社、2013年12月16日http://www.saitama-med.ac.jp/uinfo/mnaika4/pdf/ditn2013-03.pdf 
  13. ^ Monograph - Insulin Glargine: Dosage & Administration”. American Society of Health-System Pharmacists, Inc.. 2010年11月7日閲覧。
  14. ^ Ringstrom, Anna (2010年6月26日). “Novo says degludec has potential to lower blood sugar”. Reuters. https://www.reuters.com/article/idUSLDE65P0DB20100626 2010年11月7日閲覧。 
  15. ^ “Insulin degludec, an ultra-longacting basal insulin, versus insulin glargine in basal-bolus treatment with mealtime insulin aspart in type 1 diabetes (BEGIN Basal-Bolus Type 1): a phase 3, randomised, open-label, treat-to-target non-inferiority trial”. Lancet 379 (9825): 1489–97. (April 2012). doi:10.1016/S0140-6736(12)60204-9. PMID 22521071. 
  16. ^ “Insulin degludec, an ultra-longacting basal insulin, versus insulin glargine in basal-bolus treatment with mealtime insulin aspart in type 2 diabetes (BEGIN Basal-Bolus Type 2): a phase 3, randomised, open-label, treat-to-target non-inferiority trial”. Lancet 379 (9825): 1498–507. (April 2012). doi:10.1016/S0140-6736(12)60205-0. PMID 22521072. 
  17. ^ Ericsson, Å.; Pollock, R. F.; Hunt, B.; Valentine, W. J. (2013). “Evaluation of the cost-utility of insulin degludec vs insulin glargine in Sweden” (英語). Journal of Medical Economics 16 (12): 1442–1452. doi:10.3111/13696998.2013.852099. ISSN 1369-6998. PMID 24147661. 
  18. ^ FDA approves two new drug treatments for diabetes mellitus”. U.S. Food and Drug Administration. 2016年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。 Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  19. ^ Novo Nordisk Launches Tresiba® (insulin degludec injection 200 Units/mL) in the United States”. novonordisk-us.com. Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。
  20. ^ 持効型溶解インスリン「トレシーバ」発売 低血糖リスクを低減”. 糖尿病リソースガイド. 2022年1月18日閲覧。

外部リンク

  • Insulin degludec”. Drug Information Portal. U.S. National Library of Medicine. 2022年1月19日閲覧。