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2016年3月2日 (水) 10:45時点における版

自己盗用(じことうよう、: Self-plagiarism)とは、自分の文書学術出版論文書籍レポート申請書など)やデータと全く同じもの、あるいは、少し改変したものを、原典の引用なしに、自分で再使用し、発表・文書化する行為である。原則的には盗用とみなされ、研究公正研究倫理違反とされる。しかし、違反としない人・機関もあり、問題点が多い。

用語

自己盗用は、英語で「self-plagiarism」と書く。「盗用」は文字通りの意味では「盗む」行為である。となると、自分のものを自分が「盗む」というのは撞着語法で変である[1] [2]。概念が成り立たない。「再発表」が適切な用語にも思えるが、本記事では、英語の「self-plagiarism」に対応させ、「自己盗用」を用いた。

全体像

盗用の定義でも不明瞭・曖昧な部分があり、セクターによって、個々の機関によって、なにがどの程度、研究公正研究倫理違反なのか、不明確であった。

自己盗用は、さらに、問題を複雑にする。自己盗用は、なにがどの程度、研究公正違反なのか? いや、それとも、どの程度なら違反ではないのか?[3][4] [5]

デイヴィット・レスニック(David B. Resnik)は「自己盗用は不誠実な行為だが、盗用ではない」と述べている[6]

では、学部生・大学院生は、別々の科目に、ほとんど同じ内容のレポートを提出してもよいのだろうか?

文書として社会で出版・発表する場合の多くは、金銭的価値が発生すれば、著作権法に違反する。しかし、学部生・大学院生が授業科目の教員に提出するレポートに盗用があっても、著作権などの知的財産権を侵害しないだろう。もちろん、盗用そのものは、学則違反で、厳しいペナルティが課されるが、盗用そのものでなく、自己盗用の場合、学業不正なのだろうか?

研究者は、学会の口頭発表では、オリジナルな結果を発表することになっている。従って、全く同じ内容を別々の学会で何度も発表するのは倫理違反である。しかし、過去のスライドを何割までなら再発表してよいのか? 8割は多すぎる、5割以下だ、などの議論や規定はないし、チェック・システムも、公式なペナルティもない。ただ、「いつも同じ発表をしている」と、研究者仲間の評判を落とす。

では、論文ではどうだろう。研究者は、自分のデータ文章、研究結果などを、引用せずに、あたかも自分が新たに書いた(新たに発見した)かのように、何度も何度も別の論文に記述し、発表してよいのだろうか? 自分のドキュメントを別の自分のドキュメントとして再発表することは、研究公正研究倫理違反なのかどうか、日本では、ほとんど論じられていない。

さらに、言語を変えて自分の文章を再発表することの是非、つまり、自分の英語文章を自分の日本語文章にして出版する行為、その逆の自分の日本語文章を自分の英語文章にして出版する行為を、自己盗用の視点ではあまり議論していない。議論しないまま、規則化している日本の機関も少しあるが、実効性はないだろう。

規定(米国)

以下は、断らない限り、米国を中心とした英語圏の状況である。

学術界での規定(米国)

学術界では、大多数の大学教員研究者は、通常、自分の研究成果を言い換え、焼き直し、少し新しい知見を加え、あちこちの学術誌に何度も発表し、出版する。自分のアイデアと研究成果を可能なかぎり広く伝えたいからである。同じアイデアを10年以上も再発表し、少し違う局面の検討を加え、新しく得られたほんの少しの知見を加え、新しい原著論文(オリジナル論文)として発表する。ゴッホが、ヒマワリの絵を7枚も描いているのと同じで、研究者も、同じモチーフ(アイデア)で、なんども類似の論文を書く。

米国研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)は、過去の自分の学術出版論文書籍に使ったアイデア・文章・図表・結果を引用しないで自分で再発表しても、研究不正の「盗用」扱いをしない。著者以外の人が引用しないで使用した時だけを盗用としている。もちろん、自己盗用は問題ないという意味ではない。自己盗用で何度も再発表するのは、オーサーシップや研究功績の帰属に関する問題であって、研究公正局としては、それらを不正の対象外とするということなのだ[7]

しかし、学術界では、過去の自分の学術出版論文書籍に使ったアイデア・文章・図表・結果を引用しないで再発表する場合、自分が書いた文書なのに、基本的には、倫理違反の盗用または二重投稿とみなされることが多い。同じ内容の学術出版論文書籍をそれと知らずに出版する出版社、買い・読む読者、水増し業績と知らずに評価する研究費審査員や人事審査員にとっては損害だからである。

ただ、倫理違反ではなく、許容される場合もある。程度問題である。ある程度の質(加工)と量を再発表するのは的(フェアユース、日本では適用されない)にも、倫理的にも許容されている[8]。では、どの程度の質(加工)と量が許容されるのか?

学会・学術出版での規定(米国)

一部の学会学術出版には再発表に関する倫理規定がある。

定評ある経営学の国際誌「Journal of International Business Studies」は、「文章を変えたり、引用符で囲って示さなくても、自分の先行研究やアイデアを再発表する時は、必ず引用しなければならない。」[9]と規定している。

計算機科学分野で大きな影響力を持つ国際学会・「Association for Computing Machinery 」(ACM) は盗用規定の中に自己盗用についても解説し、「自分の先行論文を引用しないで、かなりの量の文章を一字一句あるいはほぼ一字一句を使うことを自己盗用と定義する」[10]としている。

しかし、多くの学会学術出版には自己盗用に関する倫理規定を設けていない。

アメリカ政治学会は、1903年に設立された国際的な政治学者の学会だが、倫理規定の中で、盗用について次のように記述している。「7条1項 盗用は他人の成果を意図的に自分のものすること。21条 学位論文の一部または全部を出版する時は、以下の規則を適用する。21条1項 必ずしも出典の感謝表明をする倫理義務はない。」[11]。つまり、盗用の規定はあるが、自分の成果を再発表する自己盗用には何も触れていない。ただ、学位論文を出版する時は、学位論文を引用する必要はないと記述しているので、自己盗用を違反視していない。

アメリカ行政学会の「American Society for Public Administration」(ASPA)は、倫理規定に盗用の言葉はあるが解説もしていなければ、自分の成果を再発表する自己盗用には何も触れていない[12]

許容要件(米国)

カリフォルニア大学バークレー校パメラ・サムエルソン英語版(Pamela Samuelson)教授。2005年の学会講演

カリフォルニア大学バークレー校法律・情報マネージメント教授パメラ・サムエルソン英語版(Pamela Samuelson)は、知的財産を専門とし、盗用や自己盗用に関する法的、倫理的規制の権威である。彼女は、1994年に、自己盗用で再発表する際、許容される要件は以下の通りだと述べている[8]

  1. 先行成果は、新しい文書の中の新発見の土台になっていなければならない。
  2. 先行成果は 新しい文書の新しい証拠や議論のために再記述されなければならない。 
  3. 新たな読者・聴衆は、以前、先行成果を伝えた読者・聴衆とは大きく異なり、同じ内容の研究結果を伝えても、重複しないし、新たな読者・聴衆に伝えるためには、同じ内容の文書を別の場・雑誌で発表をしなければならない場合。
  4. 最初の文章がとても良く書けていて、次回の文書で、文章を大きく変える意味がない場合。

脚注・文献

  1. ^ Broome, M (November 2004). “Self-plagiarism: Oxymoron, fair use, or scientific misconduct?”. Nursing Outlook 52 (6): 273-4. doi:10.1016/j.outlook.2004.10.001. PMID 15614263. 
  2. ^ Andreescu, Liviu (November 2012). “Self-Plagiarism in Academic Publishing: The Anatomy of a Misnomer”. Science and Engineering Ethics. doi:10.1007/s11948-012-9416-1. 
  3. ^ Dellavalle, Robert P.; Banks, Marcus A.; Ellis, Jeffrey I. (September 2007). “Frequently asked questions regarding self-plagiarism: How to avoid recycling fraud”. Journal of the American Academy of Dermatology 57 (3): 527. doi:10.1016/j.jaad.2007.05.018. PMC 2679117. PMID 17707155. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2679117/. 
  4. ^ Rebecca Attwood. "Allow me to rephrase, and boost my tally of articles". Times Higher Education. 3 July 2008.
  5. ^ Hexham, Irving (2005年). “The Plague of Plagiarism: Academic Plagiarism Defined”. UCalgary.ca. 2014年4月17日閲覧。
  6. ^ See Resnik, David B. (1998). The Ethics of Science: an introduction, London: Routledge. p.177, notes to chapter six, note 3. Online via Google Books
  7. ^ Alan R. Price (2006). “Cases of Plagiarism Handled by the United States Office of Research Integrity 1992-2005”. Ann Arbor, MI: MPublishing, University of Michigan Library 1. http://hdl.handle.net/2027/spo.5240451.0001.001. 
  8. ^ a b Samuelson, Pamela (August 1994). “Self-plagiarism or fair use?”. Communications of the ACM 37 (8): 21-5. doi:10.1145/179606.179731. http://people.ischool.berkeley.edu/~pam/papers/SelfPlagiarism.pdf. 
  9. ^ Lorraine Eden. “JIBS Code of Ethics”. Journal of International Business Studies. 2014年4月19日閲覧。
  10. ^ ACM Policy and Procedures on Plagiarism” (2010年6月). 2014年4月19日閲覧。
  11. ^ American Political Science Association (2008). "A Guide to Professional Ethics in Political Science". Second Edition. Section 21.1. ISBN 1-878147-05-6. 2014年4月19日閲覧
  12. ^ "ASPA's Code of Ethics (revised March 2013)". 2014年4月19日閲覧

全体の参考文献

関連項目

外部リンク