金山季逸
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金山 季逸(かなやま きいつ、1878年(明治11年)9月22日[1] - 1943年(昭和18年)3月11日[2])は、司法官僚、検事。旧姓・武部。
経歴
[編集]富山県上新川郡山室村(現在の富山市)に武部尚志の四男として生まれ、金山彦一の養子となった[1][3]。1904年(明治37年)、東京帝国大学法科大学英法科を卒業[3]。同年、司法官試補となり、東京地方裁判所に勤務した[1]。1906年(明治39年)、検事となり、東京地方裁判所予備検事、前橋地方裁判所検事、八王子区裁判所検事、東京区裁判所検事、東京地方裁判所検事、横浜地方裁判所検事正、東京控訴院検事、横浜地方裁判所検事正、大阪地方裁判所検事正、東京地方裁判所検事正、長崎控訴院検事長、大審院検事を歴任した[1]。
1934年(昭和9年)には司法次官に就任した[1]。その後、東京控訴院検事長、大阪控訴院検事長を務めた[4]。
親族
[編集]栄典
[編集]- 勲章
脚注
[編集]- ^ a b c d e 大日本法曹大観 p.36 1936.
- ^ 『官報』第4868号、昭和18年4月7日。
- ^ a b 大衆人事録 1930.
- ^ 人事興信録 1941.
- ^ 『官報』第2431号「叙任及辞令」1935年2月12日。
参考文献
[編集]- 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社、1930年。
- 大日本法曹大観編纂会編『大日本法曹大観』国民社、1936年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上巻』人事興信所、1941年。