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細胞溶解素

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細胞溶解素(さいぼうようかいそ)とは微生物、植物あるいは動物によって分泌される生体物質の一つであり、種々の細胞に特異的に傷害(多くの場合、溶解)を与える毒素である[1][2]。特定の細胞に特異的に作用する細胞溶解素の名前はその標的細胞に因んで決められる。例えば、赤血球(hemoglobin)の破壊に関与する細胞溶解素は溶血素(hemolysin)と命名されている[3] 。

細胞溶解素は、リステリア・モノサイトゲネス等の特定の細菌が宿主のマクロファージに捕食された際に、ファゴソーム膜を破壊して細胞質へと脱出することを可能にする。

歴史と背景

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「細胞溶解素」あるいは「細胞溶解毒素」という用語は、細胞への溶解効果を有するmembrane damaging toxin(MDT)を表現するためにAlan Bernheimerによって最初に提唱された[4]。最初に発見された細胞溶解毒素は、ヒトのような特定の感受性種の赤血球溶血作用を示すものだった。このため、当時、MDTは全て溶血素と表現されていた。1960年代に特定のMDTは白血球などの赤血球以外の細胞に作用することが判明した。こうして、溶血素と区別するためにBernheimerは細胞溶解素という新用語を作った。細菌性タンパク質毒素の3分の1以上は細胞溶解素であり、中には人に対して非常に毒性が強いものも存在する。例えば、ボツリヌス毒素の毒性はヒトに対してヘビ毒よりも3x105 以上強く、中毒量はわずか8×10-8mgである[5]ウェルシュ菌ブドウ球菌Staphylococcus spp.)などの多種多様なグラム陽性菌やグラム陰性菌は細胞溶解素を持つ。

細胞溶解素について様々なテーマの研究が行われている。1970年代以来、40以上の新規の細胞溶解素が発見されている[6]。今日までに約70個の細胞溶解素タンパク質の遺伝的構造が研究され公開されている[7]。膜損傷の詳細なプロセスも調査されている。Rossjohnらは、真核細胞上に膜孔を形成するチオール活性化細胞溶解素であるパーフリンゴリジンO(PFO)の結晶構造を示した。膜チャネル形成の詳細なモデルが構築され、膜へと挿入されるメカニズムが明らかとなった[8]。ShaturskyらはPFOの膜内挿入機構を研究した。Larryらは、多くのグラム陰性細菌によって分泌されるMDTのファミリーであるRTX毒素の膜貫通モデルに焦点を当てた。RTXから標的脂質膜へのタンパク質の挿入および輸送プロセスが明らかになった[9]

分類

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チオール活性の有無による分類

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チオール化合物によって活性化されるか否かで2つに大別される。

  • チオール活性
    • 酵素によって可逆的に失活し、チオール化合物(システインチオグリコール酸など)によって活性を復活させる。コレステロールとよく結合し、結合されると活性が阻害される。
  • 非チオール活性
    • ブドウ球菌α毒素、ブドウ球菌ロイコシジン、緑膿菌ロイコシジンがよく研究されている。
チオール活性の有無による細胞溶解素の分類[10]
細胞溶解素 産生細菌 分子量
チオール活性 ストレプトリジンO Streptococcus 50-53
(A, B, C, G) 61-69
θ-毒素 Clostridium perfringens 59-62
テタノリジン Clostridium tetani 41-47
ニューモリシン Streptococcus pneumoniae 45
セレオリシン Bacillus cereus 52
非チオール活性 ブドウ球菌α毒素 Staphylococcus aureus 36
ブドウ球菌β毒素 59
ブドウ球菌δ毒素 68
ロイコシジンS成分 31
ロイコシジンF成分 32
ウェルシュ菌α毒素 Clostridium perfringens 43
緑膿菌ロイコシジン Pseudomonas aeruginosa 42

細胞障害機構による分類

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細胞溶解素はその傷害メカニズムにより3つのタイプに分けられる。

膜孔形成細胞溶解素

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ポリン構造膜孔
膜融合による膜孔形成
膜孔形成細胞溶解素によって形成される膜孔構造

膜孔形成細胞溶解素(Pore forming cytolysin:PFC)とは、細胞膜に膜孔を形成し、細胞死を誘導する毒素のことである。すべての膜傷害性細胞溶解素の約65%を構成する[6]。最初に見つかったのは、1972年にManfred Mayerによって発見された赤血球のC5-C9挿入であった[11]。PFCの産生生物はバクテリア、真菌、さらには植物など広範囲に存在する[12]。PFCの病原性発現機構には、通常、標的細胞の膜へのチャネルまたは孔の形成がある。この膜孔の構造は様々である。ポリン様構造は一定の大きさの分子を通過させる。膜孔全体で電場が不均一に分布し、選択的に特定の分子のみを通過させる[13]。ポリン様構造のPFCには黄色ブドウ球菌α溶血素がある[14]。これとは別に、膜孔を膜融合によって形成するタイプもある。 Ca2+によって制御される小胞の膜融合がこのタイプである[15]

膜孔形成過程

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段階1.PFC単量体が細菌などの細胞で合成されて細胞外へと分泌される
段階2.PFC単量体が標的細胞膜上に接着し、オリゴマーのクラスターを形成する。
段階3.標的細胞膜にチャネル(膜孔)を形成する。
膜孔形成細胞溶解素(PFC)による膜孔形成の過程

より複雑な膜孔形成機構には、PFC単量体のオリゴマー化過程が含まれる。この膜孔形成機構は3つの段階を踏む。

  1. 細胞溶解素が微生物によって産生される。大腸菌などのある種の微生物の場合、細胞溶解素を菌体外に放出するために自身の細胞膜にまず孔を開ける必要がある。この段階では、水溶性の形態でタンパク質単量体が放出される[16]。この形態の細胞溶解素は産生微生物にとっても有毒である。例えば、コリシンは大腸菌細胞内で核酸を消費する[17]このような毒性を抑えるために、産生微生物は、損傷を与える前に細胞溶解素に結合する免疫タンパク質を産生する。
  2. 細胞溶解素は標的膜上の受容体と結合することによって標的細胞膜に接着する。受容体によって複数の細胞溶解素単量体は互いに結合し、オリゴマーのクラスターを形成する。
  3. 形成された細胞溶解素クラスターは標的細胞の膜を貫通し、膜孔を形成する。膜孔のサイズは1-2nm(黄色ブドウ球菌α毒素、大腸菌α溶血素、アエロモナス属菌のアエロリシン)から25-30nm(ストレプトリジンO、ニューモリシン)まで様々である。

PFCの分類

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PFCはその二次構造の特徴から、αヘリックス型のα-PFT、βシート型のβ-PFTがある。大半はβ-PFTである[18]。α-PFTのサルモネラ菌由来の細胞溶解素Aは膜孔を形成する際にαヘリックスの束を細胞膜に刺し込む[19]。一方、β-PFTとは、βシート構造を束ねて、細胞膜内に細胞膜を貫通するβバレル構造を形成するPFCのことである[20]。β-PFTの分子構造の特徴はβシートに富むこと、細胞膜と相互作用する膜孔形成領域において疎水性残基と親水性残基が交互に並んでいる配列があることである[20]。次の表に代表的なα-PFTおよびβ-PFTを示す。

代表的な膜孔形成細胞溶解素
分類 産生生物
α-PFT コリシンIa Escherichia coli
緑膿菌外毒素A Pseudomonas aeruginosa
equinatoxin II ウメボシイソギンチャク
β-PFT エロリジン Aeromonas hydrophila
Clostrim septicum α毒素 Clostrim septicum
黄色ブドウ球菌α溶血素 黄色ブドウ球菌
緑膿菌細胞毒素 Pseudomonas aeruginosa
炭疽菌防御抗原
コレステロール依存性細胞溶解素 Clostridium perfringensListeria monocytogenes

重要性

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膜孔形成細胞溶解素の致死効果は、単細胞に対して流入および流出障害が引き起こされることによって現れる。膜孔にはN+などのイオンが通過することで標的細胞に正常な範囲以上にイオンが流入して膨張し、結果、細胞溶解が引き起こされる[21]。標的細胞膜が破壊されると、細胞溶解素を産生した細菌は、標的細胞が内部に保有していた鉄やサイトカインなどを消費することができるようになる。 

コレステロール依存性細胞溶解素

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コレステロール依存性細胞溶解素Cholesterol-dependent cytolysin: CDC)あるいはコレステロール結合性細胞溶解素Cholesterol-binding cytolysin: CBC)とは細胞膜コレステロールを受容体として結合し、細胞膜に膜孔を形成して細胞を破壊する毒素である[22]。CDCは多くのグラム陽性菌に存在する。CDCの膜孔形成は標的細胞膜上にコレステロールの存在を必要とする。CDCによって作り出される孔径は25〜30nmと大きい。ただし、必ずしも接着段階でコレステロールは必要ではない。例えばインターメディリシンは、標的細胞に結合する接着段階ではタンパク質受容体の存在のみを必要とし、膜孔形成段階ではコレステロールを必要とする[23]。水溶性単量体はオリゴマー化してpre-pore錯体と呼ばれる中間体を形成し、次いでβバレルが膜を貫通する。

脚注

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  1. ^ Computer Retrieval of Information on Scientific Projects (CRISP) - Thesaurus - Cytolysin Archived 2006-09-30 at the Wayback Machine.
  2. ^ "Cytolysin" entry from the American Heritage Medical Dictionary, on TheFreeDictionary.com (Retrieved on January 22, 2009)
  3. ^ "Hemolysin" entry on TheFreeDictionary.com (Retrieved on January 22, 2009)
  4. ^ Alan W. Bernheimer (1970). “Cytolytic toxins of bacteria”. In Ajl S, Kadis S, Montie TC. Microbial toxins. 1. New York: Academic Press. pp. 183-212 
  5. ^ a b http://textbookofbacteriology.net/proteintoxins.html
  6. ^ a b J. E. Alouf (2001). “Pore-Forming Bacterial Protein Toxins: An Overview”. In F. Gisou van der Goot. Pore-Forming Toxins. Springer, Berlin, Heidelberg. pp. 1-14. doi:10.1007/978-3-642-56508-3_1. ISBN 978-3-642-56508-3 
  7. ^ James B. Kaper; Jörg Hacker (1999). “Chapter 1 : The Concept of Pathogenicity Islands”. In James B. Kaper, Jörg Hacker. Pathogenicity Islands and Other Mobile Virulence Elements. American Society for Microbiology. doi:10.1128/9781555818173.ch1. ISBN 9781555818173 
  8. ^ Rossjohn J, Feil SC, McKinstry WJ, Tweten RK, Parker MW (1997-05-30). “Structure of a cholesterol-binding, thiol-activated cytolysin and a model of its membrane form”. Cell 89 (5): 685-692. PMID 9182756. 
  9. ^ Lally ET, Hill RB, Kieba IR, Korostoff J. (1999 Sep). “The interaction between RTX toxins and target cells”. Trends in microbiology 7 (9): 356-361. PMID 10470043. 
  10. ^ 加藤 巌 (1985). “タンパク毒素の分子構造とその毒作用機構”. マイコトキシン 1985 (22): 1-4. doi:10.2520/myco1975.1985.22_1. 
  11. ^ Mayer, Manfred M. (1972 Oct). “Mechanism of cytolysis by complement”. Proceedings of the National Academy of Sciences 69 (10): 2954-2958. PMC 389682. PMID 4117012. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC389682/. 
  12. ^ Gilbert, R. J. C. (2002 May). “Pore-forming toxins”. Cellular and Molecular Life Sciences 59 (5): 832-844. PMID 12088283. 
  13. ^ Carl Ivar Branden; John Tooze (1999-01-15). Introduction to Protein Structure. 2. Garland Science. ISBN 9780815323051 
  14. ^ Song L. Z., Hobaugh M. R., Shustak C., Cheley S., Bayley H. and Gouaux J. E. (1996 Dec 13). “Structure of staphylococcal alpha-hemolysin, a heptameric transmembrane pore”. Science 274 (5294): 1859-1866. PMID 8943190. 
  15. ^ Peters C, Bayer MJ, Bühler S, Andersen JS, Mann M, Mayer A (2001 Feb 1). “Trans-complex formation by proteolipid channels in the terminal phase of membrane fusion”. Nature 409 (6820): 581-588. doi:10.1038/35054500. PMID 11214310. 
  16. ^ “The membrane channel-forming colicin A:synthesis, secretion, structure, action and immunity”. Biochim Biophys Acta 947 (3): 445-464. (1988 Oct 11). PMID 3139035. 
  17. ^ James R, Kleanthous C, Moore GR (1996 Jul). “The biology of E-colicins - paradigms and paradoxes”. Microbiology (Reading, England) 142: 1569-1580. doi:10.1099/13500872-142-7-1569. PMID 8757721. 
  18. ^ 北所 健悟, 西村 昂亮, 神谷 重樹, 堀口 安彦 (2013). “食中毒を引き起こすウェルシュ菌エンテロトキシンCPEの構造生物学的研究”. 日本結晶学会誌 55 (3): 223-229. doi:10.5940/jcrsj.55.223. 
  19. ^ M. Mueller, U. Grauschopf, T. Maier, R. Glockshuber and N. Ban (2009 Jun 4). “The structure of a cytolytic alpha-helical toxin pore reveals its assembly mechanism”. Nature 459 (7247): 726-730. doi:10.1038/nature08026. PMID 19421192. 
  20. ^ a b L. Song, M. R. Hobaugh, C. Shustak, S. Cheley, H. Bayley, J. E. Gouaux (1996). “Structure of staphylococcal α-hemolysin, a heptameric transmembrane pore”. Science 274 (5294): 1859-1866. doi:10.1126/science.274.5294.1859. 
  21. ^ Skals, Marianne, and Helle A. Praetorius (2013 Oct). “Mechanisms of cytolysin‐induced cell damage–a role for auto‐and paracrine signalling”. Acta physiologica 209 (2): 95-113. doi:10.1111/apha.12156. PMID 23927595. 
  22. ^ 大倉 一人, 大和 美紀, 佐藤 康隆, 小川 太郎, 津下 英明, 勝沼 信彦, 高麗 寛紀, 長宗 秀明 (2001). “細胞溶解毒素インターメディリシンのヒト細胞認識機構解析:膜結合領域によるヒト細胞の特異的認識”. 第24回情報化学討論会: KP16. doi:10.11547/ciqs2001.tokusi.0.KP16.0. 
  23. ^ Heuck, Alejandro P., Paul C. Moe, and Benjamin B. Johnson (2010). “The cholesterol-dependent cytolysin family of gram-positive bacterial toxins”. Sub-cellular biochemistry 51: 551-577. doi:10.1007/978-90-481-8622-8_20. PMID 20213558.