「ジョルジオ・アルマーニ」の版間の差分

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'''ジョルジオ・アルマーニ'''({{lang-it-short|Giorgio Armani}}, [[1934年]][[7月11日]] - )は、[[イタリア]]の[[ファッションデザイナー]]であり、彼が創立した[[ファッション]][[ブランド]]を展開する企業(GIORGIO ARMANI S.p.A.)である。
'''ジョルジオ・アルマーニ'''({{lang-it-short|Giorgio Armani}}, [[1934年]][[7月11日]] - )は、[[イタリア]]の[[ファッションデザイナー]]である。自身が創立した[[ファッション]][[ブランド]]・[[アルマーニ]](''GIORGIO ARMANI S.p.A.'')を展開している。


== 人物 ==
== 人物 ==
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== 映画 ==
== 映画 ==
* [[1980年]] - 『[[アメリカン・ジゴロ]]』で[[リチャード・ギア]]の衣装を担当。これが、アルマーニの初めてのオフィシャルでの衣装協力であり、アルマーニの世界的な成功が始まる。
* [[1980年]] - 『[[アメリカン・ジゴロ]]』で[[リチャード・ギア]]の衣装を担当。アルマーニの初めてのオフィシャルでの衣装協力であり、アルマーニの世界的な成功が始まる。
* [[1986年]] - [[マーティン・スコセッシ]]監督を起用し、[[エンポリオ・アルマーニ]]のTV用のCFを初めて製作した。
* [[1986年]] - [[マーティン・スコセッシ]]監督を起用し、[[エンポリオ・アルマーニ]]のTV用のCFを初めて製作した。
* [[1987年]] - ケビンコスナー主アンタッチャブルの衣装担当
* [[1987年]] - [[ケビンコスナー]]『[[アンタッチャブル (映画)|アンタッチャブル]]』の衣装担当
* [[1990年]] - [[マーティン・スコセッシ]]監督はアルマーニ自身を描いた26分のドキュメンタリー「Made in Milan」を製作した。
* [[1990年]] - [[マーティン・スコセッシ]]監督はアルマーニ自身を描いた26分のドキュメンタリー「Made in Milan」を製作した。
* [[1992年]] - ジョルジオ・アルマーニのレディスフレグランス「[[ジオ]]」のキャンペーンに、[[デヴィッド・リンチ]]監督の製作したTVスポットが流され、話題となる。[[ララ・ハリス]]扮するジオという名の女性がパーティに到着するが、多くのキャメラマンが待ち構えていたため、クラブへ逃げ込むというストーリーで、モノクロのセンスある画面が印象的と評されている。
* [[1992年]] - ジョルジオ・アルマーニのレディスフレグランス「[[ジオ]]」のキャンペーンに、[[デヴィッド・リンチ]]監督の製作したTVスポットが流され、話題となる。[[ララ・ハリス]]扮するジオという名の女性がパーティに到着するが、多くのキャメラマンが待ち構えていたため、クラブへ逃げ込むというストーリーで、モノクロのセンスある画面が印象的と評されている。
* [[2000年]] - [[ジュリアン・オーザンヌ]]監督を起用し、イギリス・イタリア合作で、アルマーニ自身を描いた79分のドキュメンタリー「giorgio armani : a man for all seasons」を製作した。同作品は、[[2003年]]に[[ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ]]のオープニング作品として、劇場公開された。
* [[2000年]] - [[ジュリアン・オーザンヌ]]監督を起用し、イギリス・イタリア合作で、アルマーニ自身を描いた79分のドキュメンタリー「giorgio armani : a man for all seasons」を製作した。同作品は、[[2003年]]に[[六本木ヒルズ#TOHOシネマズ 六本木ヒルズ|ヴァージンシネマズ六本木ヒルズ]]のオープニング作品として、劇場公開された。


== 書籍 ==
== 書籍 ==
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* トレードマークは紺の半袖Tシャツに黒のズボン。
* トレードマークは紺の半袖Tシャツに黒のズボン。
* 大の映画好きで、映画監督の[[マーティン・スコセッシ]]とは友人関係にある。
* 大の映画好きで、映画監督の[[マーティン・スコセッシ]]とは友人関係にある。
* モード界の帝王と呼ばれ、完璧主義者である。完璧主義であるがゆえ、中途半端な外国語は話さない。
* モード界の帝王と呼ばれ、完璧主義者である。完璧主義であるがゆえ、中途半端な外国語は話さない{{要出典|date=2013年3月}}
* 2005年の来日時に「引退後の後継者は」と質問され、「私が70歳のおじいちゃんに見えますか」と軽くあしらった。2007年に[[銀座]]に出店した際の『[[NEWS ZERO]]』でのインタビューでは、「おそらく、個人ではなく経営陣になるだろう」と答えている。
* 2005年の来日時に「引退後の後継者は」と質問され、「私が70歳のおじいちゃんに見えますか」と軽くあしらった。2007年に[[銀座]]に出店した際の『[[NEWS ZERO]]』でのインタビューでは、「おそらく、個人ではなく経営陣になるだろう」と答えている。
* アルマーニを題材にした映画には、「Giorgio Armani:A Man For All Seasons」(2000年)、ショートフィルム「Made in Milan」(1990年)がある。
* アルマーニを題材にした映画には、「Giorgio Armani:A Man For All Seasons」(2000年)、ショートフィルム「Made in Milan」(1990年)がある。
* アルマーニを尊敬しているファッションデザイナーには、[[ナルシソ・ロドリゲス]]、[[ダナ・キャラン]]、[[ダイアン・フォン・ファステンバーグ]]等が居る。
* アルマーニを尊敬しているファッションデザイナーには、[[ナルシソ・ロドリゲス]]、[[ダナ・キャラン]]、[[ダイアン・フォン・ファステンバーグ]]等が居る{{要出典|date=2013年3月}}
* 27年前に初めて映画[[アメリカン・ジゴロ]]で[[リチャード・ギア]]の衣装を担当し、この映画をきっかけにハリウッドで一躍有名となった。顧客リストには、[[レオナルド・ディカプリオ]]、[[ジョージ・クルーニー]]、[[ジョン・トラボルタ]]、[[クライヴ・オーウェン]]、[[ソフィア・ローレン]]、[[ジョディ・フォスター]]、[[シャロン・ストーン]]等の[[ハリウッド]]のセレブリティ達が名を連ねている。2006年、イタリアで挙式を挙げた[[トム・クルーズ]]と[[ケイティ・ホームズ]]のウェディングドレスも彼がデザインした。ケビン・コスナー主演の映画「[[アンタッチャブル (映画)|アンタッチャブル]]」の衣装も担当した。
* 映画[[アメリカン・ジゴロ]]で[[リチャード・ギア]]の衣装を担当し、こをきっかけにハリウッドで一躍有名となった。顧客リストには、[[レオナルド・ディカプリオ]]、[[ジョージ・クルーニー]]、[[ジョン・トラボルタ]]、[[クライヴ・オーウェン]]、[[ソフィア・ローレン]]、[[ジョディ・フォスター]]、[[シャロン・ストーン]]等の[[ハリウッド]]のセレブリティ達が名を連ねている。2006年、イタリアで挙式を挙げた[[トム・クルーズ]]と[[ケイティ・ホームズ]]のウェディングドレスも彼がデザインした。
* 20世紀で最も成功したデザイナーであり、雑誌[[フォーブス (雑誌)|フォーブス]]の[[世界長者番付]]においても、常にランクインされている。
* 20世紀で最も成功したデザイナーであり、雑誌[[フォーブス (雑誌)|フォーブス]]の[[世界長者番付]]においても、常にランクインされている。
* 出身地にあるサッカークラブ[[ピアチェンツァ・カルチョ]]の熱心なサポーターであり過去には同クラブのユニフォームデザインも手がけた。 また同クラブの選手支給スーツもアルマーニ社の製品である
* 出身地にあるサッカークラブ[[ピアチェンツァ・カルチョ]]の熱心なサポーターであり過去には同クラブのユニフォームデザインも手がけた。また同クラブの選手支給スーツもアルマーニ社の製品である
* 過去にミラノの自宅で、テレビの企画で中田英寿と対談をしたことがある。
* 過去にミラノの自宅で、テレビの企画で[[中田英寿]]と対談をしたことがある。

== 関連項目==
*[[アルマーニ]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
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[[Category:イタリアのファッションブランド|しよるしおあるまに]]
[[Category:イタリアのファッションデザイナー]]
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[[Category:LGBTのファッションデザイナー]]
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2013年3月31日 (日) 05:12時点における版

ジョルジオ・アルマーニ
Giorgio Armani
モスクワにて撮影
生誕 1934年7月11日
イタリアの旗 イタリアピアチェンツァ
職業 ファッションデザイナー
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ジョルジオ・アルマーニ: Giorgio Armani, 1934年7月11日 - )は、イタリアファッションデザイナーである。自身が創立したファッションブランドアルマーニ(GIORGIO ARMANI S.p.A.)を展開している。

人物

イタリアを代表するファッションデザイナーの1人で、ミラノを基盤にコレクションを持つジャンフランコ・フェッレ (: Gianfranco Ferré) とジャンニ・ヴェルサーチ (: Gianni Versace) と共に、「ミラノの3G」として世界中にその名をとどろかせている。

略歴

以後の企業活動は「アルマーニ」を参照。

映画

書籍

  • 2007年 - 「ジョルジオ・アルマーニ 帝王の美学」が、アルマーニ初の評伝として、秘蔵写真220点以上が収録され、日本経済新聞出版社から創刊されている。著者は、「コンデ・ナスト」・グループの各誌(ヴォーグイタリア版、ウオモ・ヴォーグ、カーザ・ヴォーグ、GQ)で記事を執筆しているレナータ・モルホ。日本語翻訳は、目時能理子関口英子が担当した。

音楽(CD)

ARMANI/MUSICA

  • EMPORIO ARMANI CAFFE 1 2003年発売
  • EMPORIO ARMANI CAFFE 2 2004年発売
  • EMPORIO ARMANI CAFFE 3 2006年発売
  • EMPORIO ARMANI CAFFE 4(2枚組)2008年発売
  • EMPORIO ARMANI CAFFE 5(2枚組)2010年発売

来日

  • 1982年
  • 1997年 -「1998春夏コレクション」
  • 2005年 - アルマーニ創立30周年記念として、六本木ヒルズ・森美術館にて大回顧展「ジョルジオ・アルマーニ展」
  • 2007年 -「アルマーニ/銀座タワー」オープン記念

企業としてのジョルジオ・アルマーニ

慈善活動(プロダクトRED)

プロダクトRED(レッド)とは、民間企業から世界エイズ・結核・マラリア対策基金への持続的な資金の流れをつくる寄付の仕組みである。ロックバンドU2のヴォーカルボノと国際NGOであるDATAのボビー・シュライバーが発起人となり、2006年1月26日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムにおいて発表され、ジョルジオ・アルマーニも賛同した。

「(PRODUCT) RED」と称する共通ブランド商品を開発・製造し、その販売収益の一部を世界基金に継続的に寄付する仕組みで、これによって得られた資金は世界基金のアフリカでのエイズ対策支援(なかでも女性と子供に焦点を当てたプログラム)に役立てられる。日本においては、エンポリオ・アルマーニのショップで、「(PRODUCT) RED」のタグのついた商品が購入可能である。

プロダクトRED商品の売上により、これまでに約1億3000万ドル(2009年3月現在)が世界基金に寄付されている。この寄付はルワンダ、スワジランド、ガーナ、レソトにおけるエイズ対策資金として活用され、これまでに400万人が支援を受けている。

2006年11月の来日時に、U2ボノ安倍晋三首相を表敬訪問した際、自らの活動に関連してリーダーシップの発揮を求めたほか、日本の発展途上国 (特に東南アジア)への援助と、2000年に日本が提案した基金によりエイズ患者の手に治療薬が渡っていることを賞讃した。この際、REDとエンポリオ・アルマーニのコラボレーションモデルのサングラスを贈り、安倍首相がこれを掛けるという場面もあった。

主な支援実績
  • 11万人以上のHIV感染者にエイズ治療薬を提供
  • 340万人以上にHIV抗体検査・カウンセリングを実施
  • HIVに感染した妊婦7万人以上へ母子感染予防のための治療を提供
  • 医療施設への資金支援、医療従事者の育成やエイズ遺児のケアへの支援

エピソード

関連項目

外部リンク