弘長寺
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弘長寺 | |
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所在地 | 松本市寿小赤2004 |
位置 | 北緯36度9分31秒 東経137度58分19秒 / 北緯36.15861度 東経137.97194度座標: 北緯36度9分31秒 東経137度58分19秒 / 北緯36.15861度 東経137.97194度 |
山号 | 赤木山 |
宗派 | 真言宗智山派 |
本尊 | 不動明王 |
創建年 | 弘長3年(1263年) |
札所等 | 信州筑摩三十三カ所観音霊場第14番 |
法人番号 | 5100005005921 |
弘長寺(こうちょうじ)は長野県松本市にある真言宗智山派の寺院。山号は赤木山。本尊は不動明王。
歴史
[編集]鎌倉時代、松本盆地一帯は鎌倉幕府の直轄地になっており、北条時頼六男の相模六郎北条政頼(幼名 赤木丸)が筑摩郡良田郷に派遣されていたが、弘長元年(1261年)に病死し、若くして亡くなった我が子を哀れに思った時頼が、高野山報恩院の開祖憲深の弟子、憲正大阿闍梨を派遣し、同3年(1263年)に政頼を弔うために建てたのがはじまりとされる。
この時の年号が弘長であったことから寺号を弘長寺とし、憲正が加賀国の出身であったので、白山権現を鎮守とし勧請して西側にこの寺を建立した。地方の寺院の寺号に年号と同じものを許されたのは極めて稀なことであり、当初の規模は現在より大きかったものと推定される。
文化財
[編集]2度の火災に遭い、鎌倉時代の建物は悉く焼失し、現在地に移ったのは寛永3年(1626年)だが、室町時代の宝篋印塔や、地元寿地区内で最も古い石幢等が境内にある。札所本尊である十一面観世音菩薩は石像で、「空也厄除作 天徳三年 小野道風持」の銘がある。
所在地
[編集]松本市寿小赤2004
交通アクセス
[編集]関連項目
[編集]参考文献
[編集]- 『探訪 信州の古寺 天台宗・真言宗』1996年 郷土出版社