大嶋一生
表示
大嶋 一生 おおしま かずお | |
---|---|
生年月日 | 1965年1月25日 |
出生地 |
日本 栃木県今市市 (現・日光市) |
没年月日 | 2021年4月5日(56歳没) |
出身校 | 東北福祉大学 |
所属政党 | 無所属 |
公式サイト | 大嶋一生 (栃木県日光市)オフィシャルウェブサイト |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2018年4月23日 - 2021年4月5日 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2010年4月23日 - 2014年 |
大嶋 一生(おおしま かずお、1965年(昭和40年)1月25日[1] - 2021年(令和3年)4月5日)は、日本の政治家。元栃木県日光市長(1期)、元日光市議会議員(1期)。
来歴
[編集]栃木県今市市(現・日光市)出身。今市市立今市第三小学校、今市市立今市中学校、栃木県立栃木高等学校、東北福祉大学卒業[2]。
1989年(平成元年)、父親が経営する葵建設株式会社に就職[3]。2002年(平成14年)、日本青年会議所栃木ブロック協議会会長に就任。
2006年(平成18年)、葵建設の代表取締役に就任。2010年(平成22年)4月、代表取締役を退任し、同月に行われた日光市議会議員選挙で初当選した。
2014年(平成26年)4月13日に行われた日光市長選挙に立候補。現職の斎藤文夫、元市議の平木チサ子を相手に戦うも落選[4]。
※当日有権者数:73,148人 最終投票率:62.53%(前回比:pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
---|---|---|---|---|---|---|
斎藤文夫 | 70 | 無所属 | 現 | 19,052票 | 42.27% | |
大嶋一生 | 49 | 無所属 | 新 | 15,969票 | 35.43% | |
平木チサ子 | 61 | 無所属 | 新 | 10,049票 | 22.30% |
2018年(平成30年)4月15日に行われた日光市長選挙で元副市長の阿部哲夫(自民党推薦)ら3人の候補者を斥け初当選。次点の阿部との差はわずか15票であった[5]。同年4月23日、市長就任[6]。
※当日有権者数:71,338人 最終投票率:59.87%(前回比:-2.66pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
---|---|---|---|---|---|---|
大嶋一生 | 53 | 無所属 | 新 | 12,946票 | 30.79% | |
阿部哲夫 | 68 | 無所属 | 新 | 12,931票 | 30.75% | (推薦)自由民主党 |
長谷川敬 | 49 | 無所属 | 新 | 10,523票 | 25.03% | |
斎藤敏夫 | 67 | 無所属 | 新 | 5,647票 | 13.43% |
2020年(令和2年)8月、体内のリンパ組織の異常で治療を受けていることを公表した[7]。
2021年(令和3年)3月11日、体内リンパ組織の異常による体調不良で検査入院したが、その過程でがんが発見された[8]。以降は入院加療を続けてきたが、同年4月5日12時13分、入院先で死去した[9][10]。56歳没。
脚注
[編集]- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、87頁。
- ^ 大嶋一生のプロフィール
- ^ “日光市長選 候補者の横顔/上 /栃木”. 毎日新聞. (2018年4月11日) 2018年4月16日閲覧。
- ^ 日光市長選挙(2014年4月13日投票)候補者一覧|政治・選挙プラットフォーム【政治山】
- ^ “栃木・日光市長選15票差で決着、再挑戦の大嶋一生氏初当選 市長後継候補に競り勝つ”. 産経新聞. (2018年4月15日) 2018年4月16日閲覧。
- ^ 県内市町長及び市町議会議員の任期満了日一覧(平成29年12月31日現在)
- ^ 日光・大嶋市長 病気治療を公表 月に数回通院、公務続行 - 下野新聞 SOON 2020年8月6日
- ^ 栃木県日光市長の大嶋一生氏死去 - 時事ドットコム 2021年4月5日
- ^ “日光市の大嶋一生市長が死去 56歳”. 下野新聞. (2021年4月5日) 2021年4月5日閲覧。
- ^ 日光市の大嶋一生市長が死去 先月から入院治療中 56歳 - NHK NEWS WEB 2021年4月5日
外部リンク
[編集]- 大嶋一生 (栃木県日光市)オフィシャルウェブサイト
- 大嶋一生 (kazuo.ohshima.14) - Facebook