キナ・マルパーティーダ

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キナ・マルパーティーダ
基本情報
本名 キナ・マルパーティーダ・ダイソン
通称 Dynamite(ダイナマイト)
階級 フェザー級
国籍 ペルーの旗 ペルー
誕生日 (1980-03-25) 1980年3月25日(44歳)
出身地 リマ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 18
勝ち 15
KO勝ち 4
敗け 3
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キナ・マルパーティーダKina Malpartida Dyson1980年3月25日 - )は、ペループロボクサーリマ出身。フェザー級の世界ランカーであるものの、WBA女子初代世界スーパーフェザー級王座を獲得した。引退後はWBAの女子部門の会長に就任した(会長付きの役員待遇も兼任)。

来歴[編集]

父はサーフィン元ペルーチャンピオンのオスカー・マルパーティーダ、母は元モデルのスージー・ダイソン。

オーストラリアに留学し、ボクシングを始める。

クイーンズランドを拠点として2003年8月22日、プロデビュー。

連勝を続けて、2006年より拠点を米国カリフォルニア州に移す。アメリカでの初戦は勝利するも、2戦目はミリアム・ナカモトに初黒星を喫する。

2009年2月21日、モーリーン・シェイと初代WBA女子世界スーパーフェザー級王座を争い、10RTKOで王座を獲得した。

6月20日、母国での初試合としてハラナ・ドス・サントス相手に初防衛に成功。

12月5日、リンゼイ・スクラッグを判定で退け2度目の防衛。

2010年6月26日、母国でリリアナ・パルメイラを判定で退け3度目の防衛。

2011年4月16日、ロンダ・ルナを判定で退け4度目の防衛。

2012年5月19日、Sriphrae Nongkipahuyuthを6回TKOで倒し5度目の防衛。

2012年12月8日、ジャマイカに乗り込みMarilyn Hernandezを判定で退け6度目の防衛。

2013年10月、王座剥奪後に現役を引退した。

WBAの役員として[編集]

引退後に女子部門のアドバイザーに就任。女子部門を選手の目線で組織を強化した。その後女子部門の会長に就任し会長付きの役員待遇にもなった。2016年4月23日、ゲンナジー・ゴロフキンVSドミニク・ウェイドの試合でWBAの立会人を初めて務めた(その日は会長も同行したが、代理の形になった)。

戦績[編集]

  • 18戦 15勝 4KO 3敗

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
創設
初代WBA女子世界スーパーフェザー級王者

2009年2月21日 - 2013年10月(剥奪)

次王者
崔賢美