Wikipedia:井戸端/subj/『生野区連続通り魔事件』の削除について

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『生野区連続通り魔事件』の削除について[編集]

該記事は特筆性無しとの主張により数度の削除を経て、現在削除(白紙保護)という状態に陥っています。

経緯

②③④ の段階では削除、存続意見が拮抗している状況が伺えます。つまり、特筆性無しでコミュニティでコンセンサスが得られている状況ではありません。しかし、④ の段階で削除が実施され、⑤にて手続きによらず復帰強行、⑥にて即時削除(白紙保護)がなされています。そこで、⑦にてわたしのほうから手続きに則り復帰 依頼をかけましたが、管理者Bellcricket会話 / 投稿記録 / 記録氏により即時却下されてしまいました。事由としては<同じことを繰り返すな>ということですが、そもそもわたしの理解ではコンセンサスなき削除状態をただす依頼であったため、<同じこと>という認識は誤りだと考えています。

本件につきまして皆様のご意見、果たして特筆性無しというコンセンサスが得られているのかどうか、をお聞かせください。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月29日 (土) 14:54 (UTC)[返信]

コメント ④の削除は、②の削除で合意不十分として③で復帰した経緯を全く無視したものに見える。よって⑦が提案されたものと考える。しかし、この経緯が理解されなかったらしく、⑦が即時却下されたため、まずここで認識の違いを埋める作業が必要だと考える。--Shigeru-a24会話) 2013年6月29日 (土) 16:23 (UTC)[返信]

コメント この中で一番問題なのは⑤ですね。なので⑥は当然の処置、⑦は却下されて当然です。一方、②から④の判断が適切だったかどうかは削除依頼を隅から隅まで熟読していないので、判断は控えます。--JapaneseA会話) 2013年6月30日 (日) 01:11 (UTC)[返信]

コメント ②および④では、「特筆性あり。存続すべき」ということの妥当性を保証できるような情報がついに提示されなかった、ということでしょう。ですから、少なくとも④については、それぞれの経緯を踏まえた上での、問題のない判断だったと言えます。(個人的には、③では「復帰すべき」とするコンセンサスが得られていない状況だったので、復帰が適切だったのか、少々疑問に感じています。結果論ですが、あのまま「復帰せず」でも良かったのではないかと・・・)⑤は行為として最悪なので論外、⑥は当然の処置、⑦は却下されても仕方がないでしょう。⑦は、削除状態を「正す」のではなく「質す・糾す」依頼であったというふうに私の目には映っています。--Rienzi会話) 2013年6月30日 (日) 02:26 (UTC)[返信]

コメント 各依頼について、

②の時点では存続意見より削除意見のほうが妥当(この時点から資料にニュースでは不十分、以後の経過次第では復帰可能と示唆されています)。
③については削除依頼で不参加の利用者が多く参加した(何故最初の削除依頼で意見を言わなかった方々がこれほど参加したか原因は予想できますが)ため、意見の合意が出来てないという理由。
④については意見が十分に出尽くしWP:DP#CLOSEで言うところの『審議がまとまった』(自分は削除意見と存続意見の大勢が出揃ったと解釈しております、意見がまとまったという意味ですと『意見が拮抗している、その他技術的な理由等により、終了判定と削除実施が遅れることがあります』と相反するものになるので)ところで、削除意見のほうが理にかなうという判断。
⑥はGFDL違反が絡む案件。
⑦は新たな材料が無いため③,④の焼き直しとなることは自明。
現状ではこういう解釈をしており、どの管理者の行為についても問題は無いものと考えます。そもそも特筆性を問題にされている案件なのに二次資料の提示がされないことが現状での特筆性の無さを示していると考えます。よそでも言ったのですが『現状では確認できる資料が新聞レベルでありその域を越える資料が提示されていないため、特筆性(WP:GNG)を担保する二次資料(WP:PSTS)がないためウィキニュース最近の出来事止まりということです』。
④において無効撤回も含め賛否コメントの内容を大分すると
削除意見「現状特筆性が無い、特筆性を裏付ける資料が無い、特筆性を担保する資料が出てきてからでも遅くは無い」27「ウィキニュースの範疇,報道量の不足」4「雑報である、単なる嫌韓感情」1 
存続意見「犯行理由等が特異,人種にまつわる事件」10「特筆性の理由は不適」1「特筆性はある、資料は十分」11「ネットニュース,削除依頼などで多く関心を持たれている事が特筆性の証紙」3「発展性がある」3「削除に足る要件を満たさない」2「議論不十分」1「事件の大小は問題無く十分百科事典的」1--210.141.54.34 2013年6月30日 (日) 03:35 (UTC)[返信]
分量が多いので若干見落としがある可能性などは否めませんが、だいたいこんなところです。加えて一度コメント入れて議論しない方もいますので編集者間の審議の合意は無理です、審議の内容であるコメントや議論に基づき管理者・削除者が削除の提案に合意をすることはあるでしょうが。--210.141.54.34 2013年6月30日 (日) 03:35 (UTC)[返信]

コメント 大勢という文言を使ってらっしゃる方がいますが、基本的にWikipediaは多数決ではないと思っています。ですので、④の時点で「削除票が多い→削除が妥当」という解釈は間違っています。この間違いを糺そうとしたのが⑦の当方依頼および今次の議論提起です。削除されるのであれば、削除票が相当な大勢を占めねばなりません。相当な大勢であれば、それはコミュニティのコンセンサスが得られていると考えてもいいでしょう。しかしながら、そうではない。であれば、削除ということでコミュニティのコンセンサスが取れていない状況であると考えるのが妥当です。多数決ではないんです、コンセンサスが取れているかどうかなんです。何回も書いているんですが、ここの観点でのご意見を伺っているのです。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 05:21 (UTC)[返信]

コメント ヒートアップしすぎです。お茶でも飲みましょう。いま、生野の件の参加者を平等に招集したところでありますから、皆さんの意見を聞きましょう。
もう一点。返信を乱発するのはよくないので、私のコメントの一部を撤回しました。--Shigeru-a24会話) 2013年6月30日 (日) 05:30 (UTC)[返信]
仰ることはわからないでもないのですが、本議論を提起したことによりこちらWikipedia:投稿ブロック依頼/BlueSkyWhiteSunでわたしにブロック依頼がかけられています。わたしがブロックと決したならば、本議論も自動的にクローズとされてしまうでしょう。あまり時間は残っていません。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 05:37 (UTC)[返信]
『大勢』は『たいせい』であり大体の状況という意味です。すなわち削除意見、存続意見が大方出揃いコメントの傾向が定まったということです。
元々の英語版の『Wikipedia:Deletion policy』にある『Deletion discussion』によると「削除依頼に参加する編集者は削除するか否か見解を出せる」「可否は多数決により決まるわけではない」「参加者は各々が自分の見解について説明し方針を参照する」といった内容であり、利用者の間で合意形成をするのではなく、利用者各自が見解を述べ管理者・削除者に対し合意を得るというのが本義であると考えます。そういった意味ではWikipedia:削除の方針の削除依頼のところは主語が省略されており誤解を招きやすい表現です。
自分は削除依頼は利用者の間で合意形成をするものでは無く、個々人の意見が集まったところで管理者・削除者が判断し閉じるものであると解釈しております。今回の件に関しては存続方の見解が削除方の見解に比べ具体的な証左に欠けていたのではないかと考えます(特に資料が新聞・ニュース止まりで特筆性を押し出すには力不足であったと見ております)。--210.141.54.34 2013年6月30日 (日) 08:03 (UTC)[返信]
すべての合意は利用者間でなされるものと理解しています。管理者等は利用者間の合意に背くことはできないと存じます。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 09:47 (UTC)[返信]

特筆性という『弱い』制約にしたがって削除するには合意のレベルが低い。合意が取れているのか自体も明瞭でない。--60.34.102.131 2013年6月30日 (日) 07:46 (UTC)[返信]

コメント 「④の時点で『削除票が多い→削除が妥当」という解釈は間違っています」とおっしゃられている方がいらっしゃるのでコメントします。そもそも、④の時点で「削除票が存続票より5票多いから削除しました」などという低レベルな判断・処置が行なわれたのではなく、削除票、存続票の中身をよく吟味し、検討して、総合的な判断の結果として、④で対処なさった管理者の方は「それぞれの投票時のコメント内容を見る限り、削除が妥当」と判断なさった、ということです。ですから、「④の時点で『削除票が多い→削除が妥当』という解釈」があったかどうかということは問題になりませんし、④の時点での管理者の方の判断には「糾す・糺す」必要のあるような間違いもありません。「削除されるのであれば、削除票が相当な大勢を占めねばなりません。相当な大勢であれば、それはコミュニティのコンセンサスが得られていると考えてもいいでしょう。しかしながら、そうではない。であれば、削除ということでコミュニティのコンセンサスが取れていない状況であると考えるのが妥当です」とのご意見については、結局のところ、Wikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは多数決主義ではありませんから見た場合に、意地悪な言い方をすれば「全有効投票数における削除票の占める割合がある一定量以上でないと『削除』という判断を下せない」ということになってしまいます。そもそも、「削除票が相当な大勢を占めねばならない」とする根拠が不明です。ウィキペディアでは票の数でコミュニティのコンセンサスが得られたかどうかが決まるわけではありません。投票の際に、どのような理由を述べるか、が重要なのです。ぶっちゃけた話、仮定の話として「方針文書・ガイドライン文書と照合した上で、具体的に理由を述べた削除票5票」と「個人的・主観的な理由を述べているだけの、適当な理由付けの存続票5票」があったとした場合、表面的には「票が同数」ですが、これは「存続」以外では判断できないということなのでしょうか。そういう事ではないと思うのですが・・・。「多数決ではないんです、コミュニティのコンセンサスが得られているかどうかなんです」との仰せですが、一連のコメントを拝見する限り、「削除されるのであれば、削除票は相当な大勢を占めねばならない。大勢を占めていなければ「削除が妥当」とするコンセンサスが得られたことにならない」という意見は、削除票を不当に軽く扱うものであると思います。その理屈ですと、「票の中身を検討する必要性」が度外視されているように感じますし、何よりもまず、「削除票と存続票の扱いや重さに極端な差をつけている」ように感じますが、ウィキペディアにおける「票」の重みは、「投票時のコメントの中身」によって決まるのであって、「削除票だから軽い」「存続票だから重い」というわけではありません。削除票が相当な大勢を占めていたわけではないことをもってコミュニティのコンセンサスが得られていないとするのはかなり無理があるのではないでしょうか。投票時のコメントの中身や説得力次第では、表面上の票数とは関係なしに、票数が少ない側(④のケースだと、「削除」側)の主張が通るケースもあるでしょう。しかし、④のケースでは残念ながらそうではなかった、ということでしょう。長文失礼いたしました。(結局のところ、「④の判断は誰が何と言おうと間違っていた。④の削除処置を糺し、正すために、記事を復帰すべきだ」ということなのでしょうか)--Rienzi会話) 2013年6月30日 (日) 08:18 (UTC)[返信]

コメント そういうあなた自身が存続票の存在を不当に軽くみているとしか思えません。中身中身と仰いますが、一体どこで削除票には中身があり、存続票には中身がないということがあきらかになったのでしょうか。存続票に中身がないといっているのはあなた個人であってコミュニティはそのような判断はくだしていません。くだしていない以上、双方の見解は同等の重みをもって扱われるべきでしょう。なお、「正す」「糺す」論については本論とは無関係なため割愛させていただきます。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 10:09

(UTC)

返信 (BlueSkyWhiteSunさん宛) 票の「中身」は管理者の方が判断材料としてよく読むわけです。そして、その結果として、記事は削除になったり存続になったりする、ということです。私は「存続票に中身がない」とは一言も申し上げておりません。強いて言うならば、存続票が削除審議に与えた影響力の結果は、管理者の方々のご判断(処置)に現れているのではないでしょうか。なお、「(存続票の中身についての判断をコミュニティが下していない以上)双方の見解は同等の重みを持って扱われるべき」とおっしゃられていますが、そうであれば「(削除票の中身についてもコミュニティが判断を下していない以上)存続票と削除票は同等の重みをもって扱われるべき」ということです。ということは、「削除されるのであれば、削除票は相当な大勢を占めていなければならない」という意見は説得力を失います。なぜなら、票の重みについていかなる予断もないはずの状況で、最初から「削除票は相当な大勢を占めていなければならない」(語釈に忠実に言うならば「削除票は議論において相当な力を持つ中心勢力・メインストリームとならねばならない」となるでしょうか)とすることは妥当性がないからです。「相当な大勢を占めない限り、『削除票』を投じても記事は削除にならない」ということであれば、存続票に比して、削除票がクリアすべきハードルが高い(「相当な大勢」を占めねば考慮されない)という状況を招きます。しかしながら、「双方の見解は同等の重みをもって扱われるべき」であるおっしゃれたということは、「削除票は相当な大勢を占めていなければならない」という見解は撤回又は否定されたものと考えられます。なぜなら、「削除票の側だけ、クリアすべきハードルが高い」ということはなくなるからです。(翻って、存続票について考えた場合、存続票も「存続の為には、存続票は相当な大勢を占めねばならない」とお考えなのであれば、まだ話はわかりますが、一連のコメントを拝見する限りはそのようなお考えは読み取れませんでした)--Rienzi会話) 2013年6月30日 (日) 11:06 (UTC)[返信]
あー、ごめんなさい。同等に扱われなければいけないのは「双方の見解」ではなく、「双方の票」ですね。これはわたしの2013年6月30日 (日) 10:54 (UTC)のコメントを読んでもらえればわかると思います。それと作成された記事はWikipediaでは存続が基本です(誰でも勝手に記事作成はできますが、誰でも勝手に記事削除はできませんよね)。記事に対して削除すべきというのであればそれ相応の根拠がなければいけない。その根拠をまとめたのが削除の方針です。削除の方針を適用するためには根拠を述べて審議を通さなければいけないのです。なかでも削除方針ケースE(特筆性)は立証が難しい、というかほぼ不可能。であるならば、コミュニティの大勢を以って判断するしかないわけです。それが最前から繰り返しているコミュニティのコンセンサスです。もし、コミュニティの大勢が一致していない場合、つまりはコンセンサスがない場合、ケースEについては削除主張者は根拠立証不可であり、作成された記事は基本存続の原則に立ち戻るわけです。つまり、「存続の為には、存続票は相当な大勢を占めねばならない」ということはないのです。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 11:36 (UTC)[返信]

コメント 私はもう、この事件に関連する議論はもう疲れたのであまり参加したくないのですが、会話ページにお知らせがありましたので、お知らせがあったら必ずコメントする義務はないのですが、一応コメント残しておきます。あと機種依存文字である丸囲み数字は代替できる時には使用を控えるべきかと思いますが・・・。 まず私からすれば、②の削除措置は私個人としては問題のない事だと思っていましたが、まぁ仮に合意が取れていなかったとしましょう。そのための③があり、現に復帰しました。私からすれば、復帰する合意も取れていないので、削除の合意が得られていないとする意見に対して復帰の合意が得られていない意見が出なかったの不思議なのですが、復帰依頼で十分な人数と期間を持って議論をすべきという意味合いがあったのかもしれません。では、その間で特筆性を有する資料をどなたか提示したでしょうか?私は無かったと考えています。特筆性が「ない」の証明は複数の状況から総合的に判断するしかないですが、特筆性が「ある」と証明するのは、たった1つの資料を提示すれば済むことです。それを悪魔の証明というかヘンペルのカラスというかは分かりませんが、そういうことです。 なお、⑤に関しては論外です。仮に前の復帰依頼で削除の合意が得られていなかったとしても、それは復帰の合意が得られている事と同義ではありません。議論を無視した復帰は方針に反します。したがって⑥の削除は全く問題ありません。 そして⑦についても問題ありません。というか、この議論もほぼ同義かと思います。④の削除でも言われていますが、記事の復帰にはこれまでに挙げられたもの以外の、全員とは言わずとも10人中8人くらいが「この事件には特筆性がある」と言える資料を提示すべきです。私はこの議論に対して最初から削除派を貫いていますが、そのような資料が提示されれば考えを変えますし、提示されても尚考えを変える気がないと判断するのでしたらいつまでも納得しない人としてコメント依頼を提出するなどの事は構いません。ですが現状では、はっきり言ってしまえばそういう現状を変えるような客観的な根拠を提示せずに復帰に固執する方が納得しない人に該当するのではないでしょうか?そして、各議論で「削除票と存続票は拮抗している」という意見が散見されますが、多数決主義ではないという方針は何度も述べられていますが、仮に票数を数えるとして、存続票のどの程度が中身の濃い、具体的な意見を述べていたでしょうか?依然出た意見とかぶるものもありますが、存続票が多いのに削除を断ずるのは不当だという意見は、中身の濃さを見ずに存続票と削除票のそれぞれの重さをないがしろにする意見かと思います。 --Kiruria281会話) 2013年6月30日 (日) 08:33 (UTC)[返信]

コメント 票の中身論については上にコメントしましたので割愛します。特筆性においての削除(削除ケースE)やその他の削除ケースは、削除要件によって削除を行うものです。そして、そのケースに該当しない場合、多くの記事同様、存続が適用されるわけです。削除を訴える側は自らの主張にともない、削除要件を立証する必要があると理解します。立証が不可能であれば削除を申請することは不可能です。ケースEについてはもっとも立証が難しいものでしょうが、コミュニティとして記事の特筆性がないという判断がくだれば、立証に代えることも可能でしょう。コミュニティとしての特筆性がないという判断、すなわち、コミュニティのコンセンサスが得られるかどうかが、ケースEの適用是非を決定するということになると考えます。しかるに本件の数次にわたる投票がなされている現況を顧みれば、コミュニティのコンセンサスが得られていないのはあきらかです。それを問うているのが本議論です。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 10:09 (UTC)[返信]
コメント 私は②には参加してませんが、読み返すと④の時以上に、②の存続票が酷過ぎるなと感じました。5対4と言ってもスピード違反の論理な意見が二つにそれと同調する意見だけでは、他の削除票と同価値と呼べるものではないでしょう。②の時点で削除で決着ついたと言わざる得ないでしょう。その後状況の変化があったわけでも、加筆されたわけでもない④の削除が正当か不当かなんて論じるまでも有りません。⑤⑦に至っては問題外でしょう。加筆さえされて充分量の内容になったのであれば、復帰に協力でもしますが、現時点ではあり得ない話です。--あな34(須魔寺横行)会話) 2013年6月30日 (日) 09:25 (UTC)[返信]
コメント 票の中身論については上に述べましたので割愛します。充分量の内容というのはどの程度の量か、具体的にご提示いただけますか。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 10:09 (UTC)[返信]

コメント 論点を整理します。ケースE(特筆性)による削除は立証は難しい(これは削除側にとっても存続側にとっても同様)、したがってコミュニティのコンセンサスを以ってその有無を判断せざるを得ない。本件については長期にわたってその特筆性の有無が審議されており、直近の正常審議の行われた④の投票においてもコミュニティとしてのコンセンサスが得られている状況ではない。票の中身云々については立場によってお互いが相手の票の中身を判断して良いものではなく、基本的にその票の重さはいずれのものであっても同等に扱うべきである。なお、わたし自身の特筆性を有りとする論拠は日本では稀有(初?)なヘイトクライムであること、外部のニュース媒体からWikipedia編集に関して報道があった、こちらも稀有(初?)なケースであることです。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 10:54 (UTC)[返信]

コメント 二度同じことを言うのもなんですが、削除の方針について日本語版のベースとなっている英語版では利用者各自が方針に則り削除すべきか存続すべきか意見しその審議内容から削除者・管理者が判断するようです。日本語版でもWP:DP#CLOSEに『意見が拮抗している、その他技術的な理由等により、終了判定と削除実施が遅れることがありますが』というように意見が拮抗している場合にも削除が行なわれるケースはあります。ベースとなった英語版の趣旨を見るかぎり審議を経て合意を得る相手は削除者・管理者であると言う考えが妥当しょう。
ヘイトクライムについては現状それを保障する出典が無いため現状利用者の個人的見解止まりです。Wikipedia編集に対する報道についてはWikipedia:報道を提示しておきます。--210.141.54.34 2013年6月30日 (日) 11:46 (UTC)[返信]
ご自身提示のWP:DP#CLOSEを良くお読みになってください。
削除等の処置を実際に行うのは管理者・削除者です。十分な数の意見が得られていない、意見が拮抗している、その他技術的な理由等により、終了判定と削除実施が遅れることがありますが、管理者や削除者は、ケースBに該当する案件を除き、依頼者票以外に有効な投票がなされていないもの又は意見が拮抗しているものであって、依頼提出時から1ヶ月を経過したものは存続で終了できます。ただし、再度削除依頼を提出する事を妨げません。審議されている間、問題の箇所は偶然にはたどりつけないように配慮して置かれ、記事には削除依頼中の表示がつけられています。
この本旨を読む限り、意見拮抗は原則存続です。--BlueSkyWhiteSun会話) 2013年6月30日 (日) 12:01 (UTC)[返信]
そこは無論読んでおります。意見が拮抗している状態で削除実施・存続判定が行なわれないまま一ヶ月が経過した場合、権限所持者が存続で終了させることが可能であるということです。--210.141.54.34 2013年7月1日 (月) 00:58 (UTC)[返信]
コメント ②での削除という対処は妥当。ただし③で復帰されていることからも分かる通り「まだ対処する段階ではなかった」との解釈もあり得る。④も本質的には②とさほど状況は変わらず妥当であり、⑥⑦も特に問題は見られない。
コンセンサス・合意形成は、必ずしも全員の合意ではありません。そこのところを誤解したままだと、話は何ヶ月経っても何年経っても進みません。多くの場合、ごく少人数による議論では、議論によってそれぞれの参加者の意見が出され、メリット・デメリットを検討し、案を改善し、あるいは妥協・譲歩・説得・撤退などによって「全員」または「ある程度の」合意形成がなされます。が、それは言わば「何色を選ぶか」という問いに対する答えのようなもので、赤や青や緑や黄などが出たなかで、色味や明るさなどを調整したり、混ぜ合わせたりできるからこその話です。しかしこの「生野区連続通り魔事件」場合は、黒か白かの2択であり、灰色や赤や青の出番はありませんし、ましてこれほどの議論参加者がいると、どうしても、いずれの結果でも「納得がいかない」人間が多数出てしまうのです。「コンセンサスが得られていない」という台詞は、その「納得がいかない」という台詞の言い換えに過ぎず、仮に逆の(存続という)対処だとしたら削除側の台詞として成立する訳で、要するに、特に意味のない主張です。
で、実際にどう処理するべきかというと、「単純な多数決ではない」という原則はあるけれど、まず単純にそれを見ると削除票が常に上回っている結果があります。次に内容をみていくと、存続票には無効票をはじめデタラメや方針の無理解、「俺が重要な事件だと思うんだから重要なんだ!」とでも要約できそうな票が多く、その一方で削除票には(もちろん全てではありませんが)削除すべき理由を方針に照らし合わせて根拠を示し、考えを述べているものが多いのです。また、削除票には中堅古参などの(全員とは言い難いですが)方針をよく(比較的)把握している人間が多いのに対して、存続票のほうはそれがほとんどおらず、むしろ無効票すら続出する状況。――この状況だと、削除以外の対処は「あり得ない」というところでしょう。--氷鷺会話) 2013年6月30日 (日) 12:03 (UTC)[返信]

情報 本議題の提起者でいらっしゃる、BlueSkyWhiteSunさんは、多重アカウントの不適切な使用を行なったとして、Chatamaさんによりブロックされました。--Rienzi会話) 2013年6月30日 (日) 12:14 (UTC)[返信]

終了でよろしいんじゃないでしょうか?復帰や削除の妥当性についての議論などは妨げるべきではないでしょうが、ここで行ってるというのは、分かりづらいです。生野区通り魔事件のノートで行うのが筋でしょう。--あな34(須魔寺横行)会話) 2013年6月30日 (日) 12:22 (UTC)[返信]
  • (コメント)まず生野区と書かれていることでございます。大阪のものはこの様な言い方はいたしません。次に、あらぬ風説が事実かのごとくネットで横行しており、大変めいわくをされている方々が現に存在いたします。これら風説をそのまま信じるかたも、遠方のかたには残念ながらおられることでございましょう。特筆性とは、世間様がそのことがらを正しく知る事ができない場合、小さな事柄でも大きく存在いたします。正義は両面からみればわからなくなりがちでございます。ご自分が強い正義を感じる場合は、大抵が片面的な視点ではないかと、自己点検がひつようでございましょう。--HASIDATE会話) 2013年6月30日 (日) 13:27 (UTC)[返信]
    • コメント「あらぬ風説が~小さな事柄でも大きく存在いたします。」それ、百科事典の(少なくともウィキペディアの)することじゃありませんよ。「ウィキペディアに執筆してよいかどうかの基準は「真実であるかどうか」ではなく「検証可能かどうか」です」(Wikipedia:検証可能性)。風説を打ち消すのはジャーナリストなり、ルポライターなり、新聞なり雑誌なり…にやっていただければいい。Wikipedia:検証可能性をうたった時点で、ウィキペディアは致命的に後追いまとめ専用です。--ikedat76会話) 2013年6月30日 (日) 15:24 (UTC)[返信]
コメント もうあまり蒸し返す気も無かったのですが、少しだけ。④の対処についてですが、対処された御本人が今回は純粋に投票数で判断しました。と申されていますので、言い難いのですがそもそも、④の時点で「削除票が存続票より5票多いから削除しました」などという低レベルな判断・処置が行なわれたのではなく、(Rienziさんのコメント)が逆に当てはまります。この経緯とWikipedia:削除の方針に書かれている「合意」との整合性については、コメントはしません。ただ過去に、議論が終息していなかったにも関わらず、突然議論が打ち切られて、多数決が行われた削除依頼があったのかが、気になる所です。②についてもそうですが、せめて議論が終息してから、一定期間を置いてから対処をすれば、ここまで話が大きくはならなかったと思います。--123.218.189.206 2013年6月30日 (日) 14:42 (UTC)[返信]

コメント まず、本件記事が削除されるに当たって「合意」は全く取れていませんでした。存続の意思表示をした者が相当数(少数とはいえない)いました。私は削除されたのはおかしいと思います。そもそも「特筆性」の基準は個々人により違い、相当数の人数が特筆性が在りと判断していました。明白にwikipedia方針に違反していない以上、意見の分かれる記事については残しておくべきです。--SLIMHANNYA会話) 2013年6月30日 (日) 14:59 (UTC)[返信]

コメントさて、どうでしょう。
  • 「ウィキペディアはニュース速報の場所ではありません。このようなものの特筆性を示すための証明には、1つの出来事あるいは1つの話題に対して爆発的に報道された短いニュースだけでは不十分です。 ウィキメディアプロジェクトのウィキニュースは、そのような最新のニュース的な事柄について扱っています。」(Wikipedia:特筆性#特筆性は客観的な証明を必要とするより引用、下線部追加)
  • 「一方で、ある時点においては特筆性を示す情報源がない場合でも、時間が経過すればそのような情報源が現れることもありえます。 とはいうものの、だからといって記事は、将来そのような情報源が現れるかもしれないという推測に基づいて書かれるべきではありません。」(Wikipedia:特筆性#特筆性は一時的なものではないより引用、下線部追加)
削除するの存続するのとこうやってもめている労力が惜しいとはお考えになりませんか。意見が分かれるなら、相手がぐうの音も出ないくらいしっかりした文献がそろってから書けばよろしいでしょう。そんなの削除依頼じゃごろごろしてますよ。--ikedat76会話) 2013年6月30日 (日) 15:24 (UTC)[返信]
Wikipedia:削除依頼/パルロWikipedia:削除依頼/The Jikens。しっかりした文献を見つけてガツンとした記事を書いて、これらの削除依頼での私みたいに「削除?バーカ」(意訳、あくまで意訳)と言ってやればいいんです。1000投稿以下のなんとかはよく知りませんが、経験も実績もある方なら、ちゃんとした資料があればいくらでも充実した記事を書けるでしょうし、ぜひ書いてください。いま残さなきゃ有象無象として消え去ってしまうから存続、とかいうなら、それはそもそも無理筋です。「マスゴミがなんちゃらだから資料が出てこないんだ」「在日特権で隠蔽されたんだ」とか、そういう批判をしたいのであれば、それはもうウィキペディアの外でやってくださいとしか。ココは百科事典であって演説台ありません。--ikedat76会話) 2013年7月1日 (月) 13:06 (UTC)[返信]
コメント 「相当数の人数が特筆性が在りと判断していました。」と、SLIMHANNYA 氏は主張していますが、その大半は、具体的根拠の提示のない、氷鷺氏言うところの「俺が重要な事件だと思うんだから重要なんだ!」というものであったことは、無視なさるのですね。一連の流れの中で、削除票と投じた側から、再三、記事として立項するに足るだけの文献による担保の提示を求められたにも係わらず、SLIMHANNYA 氏を含む存続・復帰を主張する側は、文献提示を行わなかったのですから、当該記事の削除は当然の措置と言えるでしょう。削除されたのはおかしいと主張されるのであれば、何故、社会的影響等を示す文献の提示を行わなかったのでしょうか。やるべきことをせずに、ただ反対する姿勢に疑問を覚えます。「おかしい」と思う前に、方針文書・ガイドラインを一から読み直してみてはいかがでしょうか。--森藍亭会話) 2013年7月1日 (月) 09:33 (UTC)[返信]
(コメント)管理者が削除を決定するに当たり「合意」は必須条件ではありません。あなたの発言は「いつまでも納得しない利用者」に当たりブロック対象となります。さて、本題について言うと、殺人事件ですから後追い報道があるのは当たり前です(あさま山荘事件のように何時間も報道特別番組が放送されたり地下鉄サリン事件みたいなNHKスペシャルで早期に特集された場合なら話は全然別ですが…)。ある程度時期が経った時(「裁判が始まった」は当たり前なのでだめですよ、念のため…)のまとまった量の特集記事であれば当然特筆性の根拠となります(普通ある日突然殺人事件の特集はやりませんから。この際は1件で構わないと思います)。--6144会話) 2013年7月1日 (月) 11:00 (UTC)[返信]

コメント 一応,会話ページに呼びかけがあったので少しだけコメントしておきます。白紙保護(作成保護)の期間は,WP:RSに基づく出典(続報・事件の社会的影響など)を集める期間として捉え直してほしいと思います。事件の背景・全容・社会的影響などを論じた出典が出てからの再作成ならば,誰も削除すべきとは言わないはずです(ケースB案件なら話は別ですけども)。--かげろん会話) 2013年7月1日 (月) 03:08 (UTC)[返信]

コメント一連の議論を眺めていて思うのは、削除派の立ち回りが悪いと言うことですね。大山鳴動して鼠一匹というか、大激論をかわし、多大なエネルギーを消費してできたことはたかだか木っ端記事一つ削除しただけ。正直、割に合わないと思います。はたしてこんな議論に情熱を費やす価値があったのでしょうかね?--LEFR会話) 2013年7月3日 (水) 18:18 (UTC)本末転倒なので自分のコメントを取り消し。--LEFR会話) 2013年7月4日 (木) 17:06 (UTC)[返信]


コメント「井戸端」というものの性質がどの程度意味のあるものかはよく分かっていないままで書かせていただきます。私は、MaximusM4という管理者権限をもった削除派の行いに疑問を持ったので、いくつか質問をしたのですが、それに明確にご回答いただけませんでした。締め出されたShigeru-a24という人は合意を得るべくコメントしていた方だったので、訳がわかりません。MaximusM4の行為はWikipedia管理者に値しない行為のように思われるのに、都合の悪いルールは無視していいものかと驚いた次第。ルールを説く管理者がルール無視とは一体どういうことなのだろう?HmanさんがMaximusM4の行為をかばっていたのも不思議でした。本件自体については三点ほど。本件の判断者の言う「有力な材料」とは何を指すのか不明です。共同配信のニュースが根拠にならないというのは極めて分かりにくい論理です。一般的に削除派の人達は、存続派に対して、都合よく高いハードルを要求しているのが不思議です。「削除に値する」という論拠がどれだけ、「有力な材料」によって論証されたのでしょうか?「一行書いただけではダメ」等という根拠のないルールを都合よく持ち出す恣意性に呆れてしまいます。また、何を合意したかが、判断者(削除者)から示されていないのでサッパリわからないものです。判断者が「1000投稿」なる基準を持ち出す意味もやはりわかりません。--Seisato会話) 2013年7月6日 (土) 15:31 (UTC)[返信]

  • (コメント)ブロック処分を受けたユーザーの異常な擁護発言、および意図的なWikipedia:特筆性の無視を強く想起させる発言につき管理者伝言板に報告いたしました。--6144会話) 2013年7月6日 (土) 17:03 (UTC)[返信]
    • コメント私のブロック依頼が出されたようですが、依頼者6144さんは「頭に血が登って」やったと告白されました。疑問に思う点があれば聞いてくださればいいのに、即ブロック依頼をされる6144さんの考え方がよく分かりません。これは管理者MaximusM4の行った不適切な権限行使のような、存続派を締め出そうとしたやり口に似ています。6144さんの理解の為にも管理者MaximusM4の行為について、今一度指摘しておきます。MaximusM4は事前に削除派として投票していました。その後、議論に加わった存続派Shigeru-a24を管理者としてブロックしているわけです。Wikipedia:管理者の辞任の「管理者が辞任すべき理由」の「管理者権限の濫用」より引用します。「当人が関与した編集合戦に絡んでページの保護をかけたり、相手をブロックしたり(後略)」。この権限濫用に該当すると思われるのですが、何故かブロックは追認されて何故か投票を撤回するということで「問題なし」という運用がなされました。投票を撤回するくらいですから何らかの後ろめたさはあったのかもしれませんが、議論の参加者には説明がなされなかったので、私にはその時何があったのかを正確に把握することはできませんでした。私は権限濫用があったブロックの方を無効として取り消し、然るべき処分を行うべきであったと思います。--Seisato会話) 2013年7月14日 (日) 03:01 (UTC)[返信]

コメントずっと気になっていることが1つあります。(3)(4)及びこのページに参加している人は(2)の参加者の5倍以上になるはずですが、(2)で削除を実行したMuyo氏が1度も発言していません。発言は義務ではないですが、この方が自分の判断をコメントしていればもっと早く収まっていたのではないかと思います。--PuzzleBachelor会話) 2013年7月7日 (日) 11:49 (UTC)[返信]

コメント「特筆性が無いというコンセンサスが得られているのかどうか」こちらで話し合っているというので来ました。私は以前から日本人のみを狙ったヘイトクライムという特筆性があると主張しています。--池田5535会話) 2013年7月8日 (月) 02:20 (UTC)[返信]

コメント 当議論の存在について呼びかけを受けたためコメントしておきます。前回の削除依頼と比較し十分とは言えないですが相応の議論が行われており、存続票を投じた当方から見ても削除寄りの流れでしたので、権限執行として有効なものとは考えますが、存続側が求める、「記事として掲載に値するメディアでの取り上げられ方の要求レベル」「投票者の投稿数から見た投票の質」については、ウィキペディアの各種方針等から明らかに逸脱するものであり、存続側には今後そのような基準での意見を削除依頼の場で上げることの無いようにしていただきたいとコメントしておきます。--2013年7月8日 (月) 07:52 (UTC)

コメント 過去の復帰議論や削除議論でのコメントの繰り返しになりますが。私自身としては本件に加筆できる特筆性(検証可能な文献による社会的な影響など)は知りません。しかし、私自身が知らない=特筆性が無い という判断は行えません。そこで、加筆依頼をかけ、時間を置いたうえで、「長期間、誰も加筆ができない」=「特筆性が無いと推測できる」という図式にすべきであると考えたまでです。特に今回の記事は、「有意な言及」が「信頼できる」「対象と無関係な」情報源として提示されており、「特筆性があると推定できる」状況にあると判断したからです。これは特筆性のガイドラインを満たしていない記事に対するガイドラインにも沿った考え方であると思っております。--KoZ会話) 2013年7月9日 (火) 06:56 (UTC)[返信]