Wikipedia:コメント依頼/Econ2018

利用者:Econ2018会話 / 投稿記録 / 記録さんの合意形成にかんする考え、一連の行動がWikipedia:腕ずくで解決しようとしないに当たるかどうか、コメントを依頼します。

経緯[編集]

被依頼者のEcon2018さんは橋本聖子の記事で、セクハラにかんする醜聞を記載するかで利用者:Ultimate Editiones会話 / 投稿記録 / 記録さんと異なるかんがえをお持ちであり、先月24日に編集合戦を理由に記事がえのきだたもつさんにより一度目の保護となった後、記事のノート、Ultimate Editionesさんの会話ページに同内容の投稿をされ、解除後に差し戻すと通告されました(のちに撤回)。そして会話ページでは25日から28日まで激しい論争が両者の間でおこなわれましたが、合意にはいたらず停止しています。

そして記事の2週間の保護が解除されると、被依頼者は「ノートで一定期間異論が出なかったため」「異論なし」として差し戻しをおこないましたが、ノートと同内容の意見を会話ページに投稿し、なおかつそこで結論が出なかったにもかかわらず誰からも賛成もないままに、ノートには意見がないという状況のみを利用し意見を通すという手法はさすがに強引とみて、一度差し戻しました。しかし被依頼者は「これ以上、該当人物との議論には意味がないと判断した」「コミュニティによる合意とみなせるでしょう。」と述べ2度目の差し戻しをおこなわれました。

議論に意味がないと放棄の判断をされるのは当然Econ2018さんの自由ですが、その放棄をされた方が差し戻すのはさすがに道理がとおらないとして、私はその編集について反対意見を述べました。しかしEcon2018さんは会話ページであれだけ激論を交わした身でありながらご自身の決められた期限までに反対はなかったとの一転張りで、IPと編集合戦になりました。3度差し戻しの時点で記事は再度保護となりましたが、あのままいけば3RR違反でブロックの可能性もあった状況で、それすらまったく厭わない、この件にかんしては編集合戦も構わない姿勢を貫いておられます。これははたしてただしいおこないといえるのでしょうか。

なお、被依頼者は過去には丸山穂高の記事では、その時点では週刊文春ソースのみのもの(北方領土の戦争発言とは別の匿名同行者や自称関係者の弁)を、第三者による信頼できる出典、検証可能な情報源であると主張するなど[1][2](後にこの編集では週刊新潮・BuzzFeed出典追加)、特定の分野や人物記事において、ご本人のこだわりなのでしょうが少々気が早ったような軽率な行動が見られるようにおもわれます。--Aiwokusai会話2021年3月13日 (土) 12:06 (UTC)[返信]

依頼者のコメント[編集]

  • コメント 被依頼者・関係者・第三者ともに特にご意見の表明のないまま記事の保護解除が近づいてきました。しかし、ここでとりあげてきた問題をもし再発された場合どのように対処されるか、「これまでどおり同じことを何回でも繰り返せる」とは被依頼者もおかんがえではないはずです。仮に再度の強行、「自分は正しい(もしそうであれば全保護にはならないはず)のだから編集合戦や記事が3度目の保護となったとしてもかまわないし実行あるのみ」という姿勢を改めないまま、それが現実のものとなった際は、投稿ブロック依頼に移行させていただくことをあらかじめここに記しておきます。--Aiwokusai会話2021年3月27日 (土) 04:56 (UTC)[返信]
    • 方針については会話ページで既に議論が平行線となっているようですが、依頼文およびこれまでのコメントと、被依頼者ご自身も今後もまったく編集を続けるのは立場上まずいという自制心があるから、今回は差し戻しを控えられている、それがすべてでしょう。自分からと相手側からの違いはあれど「自ら進んで会話ページで参加する議論がある中で、強行・3RRもしくはそれに準ずる編集合戦・再保護を行うのか、それが正しいか・自分はブロックされない自信があるかについて」、コメント依頼提出の肝について避けられているのは、自分が正しいという主張だけで10回100回と差し戻し合戦をするのは流石にまずいということを理解されているのだとおもいます。対荒らしなど以外での3RR違反ギリギリの行動(保護により前回はたまたま止まったかたちですが)について一切弁明がない点はともかく、類似行動が見られない限り依頼を次に移行する必要性は現時点では低いという印象です。--Aiwokusai会話2021年3月29日 (月) 21:55 (UTC)[返信]
  • 空手のそらさんは被依頼者の投稿履歴をよくごらんいただきたいとおもいます。はなから会話ページで誘導し議論はそこで行う、というなら空手のそらさんの主張どおりでしょうが、コメント依頼以前に記事内の告知もなされていない状態であり(コメント依頼は解決が難しい場合などには出したほうがよいでしょうが、最初から必要というわけでもありません)、さらに当人が会話ページで積極的に議論を継続していた以上、その論理はとおらないでしょう。「これ以上、該当人物との議論には意味がないと判断した」として強行するのはきわめて説得力に欠けるおこないであったといえます。3RRすれすれであったこともふくめ。--Aiwokusai会話2021年4月3日 (土) 08:34 (UTC)[返信]
  • あらたなこの編集について。こちらでも書きましたが、最初に2週間と期限を決めたがその際には反対しかなかった。すると次はコメント依頼を提出し、1件の賛成票がつくと2週間後経過したとして指摘のある弁護士や冗長な部分を個人の判断で記載されています。中立的な観点が欠けている点はもちろんのこと、私は被依頼者のくりかえし主張する、戻すならノートで議論しろというさも自分はルールに則っているという物言いは形だけのものであり、依頼冒頭でも触れたように自分の意見や考えをとおすためならばWikipedia:腕ずくで解決しようとしないを軽視されている、その姿勢が強く現れているように思われます。同様の差し戻し等や中立的視野に欠けるまま同じ問題に拘泥される場合は投稿ブロック依頼に移行させていただく可能性があります。--Aiwokusai会話2021年7月17日 (土) 12:43 (UTC)[返信]

Econ2018さんのコメント[編集]

  • 日本語版Wikipediaにおいては、政治家の項目について伝統的に逮捕歴を含めて幅広く記述が認められてきています。このことは方針文書を読んでも明らかです。ただし、当該記述について編集を差し戻すウィキペディアンがいましたので、その人物の会話ページにて対話を行いました。しかし、1対1の議論が平行線のまま終わったので、記事のノートページにて他のウィキペディアンの判断を待ちました。一定の時間が経過したものの異論がなかったため、「コミュニティとしては記述復帰に反対しない」と解し、編集を差し戻した次第です。依頼者は、何故、橋本聖子のノートページで議論せずに、コメント依頼を行っているのでしょうか。もし、記述を復帰したことが不当だとお考えなら、該当ノートページにて主張すべきではないのでしょうか。--Econ2018会話2021年3月29日 (月) 15:22 (UTC)[返信]

その他の方のコメント[編集]

横から失礼 横から失礼 今回の件に関しては(橋本聖子の件についてです)Econ2018さんにそこまで非はないと思います。提案をしてから2週間ほど経ってから何も意見がなかったからキス騒動に関しての記述を復帰されたわけですし。しかし、「非はない」の前に「そこまで」を付けたのには理由があります。理由は2点、コメント依頼などに議論があるということを提出していなかったのと、3RR違反でブロックされる可能性も充分にあったためです。何か異議がある場合はAiwokusaiさんもそうですが、そのページのノートで話し合いをするのが良いと思います。また、ノート:橋本聖子で議論があるという事を知った人は全利用者の中でごくわずかだと思います。ですが、復帰された理由もそれなりに説得力がありますし、コメント依頼に提出していなかったとしても2週間は意見を求めていたわけですから、最終的にそこまで非はないのではないかと個人的には思います。--空手のそら会話2021年4月3日 (土) 07:16 (UTC)[返信]