Category‐ノート:評論

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評論はノンフィクションにカテゴライズされるか?[編集]

評論のカテゴリをノンフィクションに入れたのですが、ご指摘があったのでこちらに転載しておきます。

評論ノンフィクションではないでしょう。評論や学術的著作を対象とした文学賞の記事・カテゴリにCategory:ノンフィクション文学賞をカテゴライズしないでください。--125.198.210.25 2009年5月8日 (金) 06:15 (UTC)[返信]
ご指摘ありがとうございます。一旦編集を停止しますが。「en:Non-fiction#Types of nonfiction」、「en:Category:Criticism」、「en:Category:Literary criticism」を参照しても、エッセイ評論ノンフィクションに含まれるようです。ボクも考え直してみますが、評論ノンフィクションに含まれないという根拠を示していただけなければ、引き続き編集を再開する予定です。--水と土 2009年5月8日 (金) 06:19 (UTC)[返信]
英語版では「フィクションでない文芸ジャンル」という意味合いで文芸評論がNon-fictionにカテゴライズされているのでしょう。言うまでもないと思いますが、ある英語とそれに由来する日本語の両者で必ずしも同じ使われ方がされるわけではありません。日本語で使われる場合の文芸ジャンルとしてのノンフィクション文芸評論(文学作品を主題とする評論)などが普通含まれないことは、例えばyahoo事典の同項目などを見ても明らかだと思います。もっとも私も詳しく調べたわけではないので、専門的な文献を見てみればまた違ったことが書かれているかもしれませんが。
しかし念のために付け加えますが、Wikipediaの方針上Wikipediaにおける情報は出典にならないはずですので、日本語としての「ノンフィクション」が文芸評論も含むものとして定義されているとあなたが主張されるのであれば、そのような出典を探して示す義務はむしろあなたにあるのではないでしょうか。 --125.198.210.25 2009年5月8日 (金) 06:46 (UTC)[返信]
むずかしいですね。「評論」と「ノンフィクション」の間には、確固たる分け目はないようにも思います。猪瀬さんの『ピカレスク』『ミカドの肖像』などは、文芸評論であり、かつノンフィクション文学と受けとめられているように思います。機械的に判断するのではなく、一つ一つを検討するしかないでしょう。--アイザール 2009年5月8日 (金) 06:56 (UTC)[返信]
『ピカレスク』は作家の実人生を追った評伝ですので、その意味でノンフィクションでもあり、文芸評論でもあるという見方もできるでしょう。しかし純粋に文学作品を取り上げて論じるもの、例えば江藤淳の『成熟と喪失』だとか、柄谷行人の『日本近代文学の起源』のようなものに対して「ノンフィクション」のような言葉が使われるとは思えませんし、少なくとも私は聞いたことがありません。ノンフィクションの項目に挙げられている、「ノンフィクション」の言葉を冠した文学賞の記事を見ても、受賞作はある社会的な物事の実相を明らかにしたものや、特定の人物の生涯を追ったものに限られており、上記のようなタイプの文芸評論が対象になっていないことは一見して明らかです。つまり、少なくとも日本語の環境においては「文芸評論」が「ノンフィクション」に包含される概念だとは考えられていないと見てよいのではないかと思います。--125.198.210.25 2009年5月8日 (金) 09:07 (UTC)[返信]

2009年5月8日 (金) 10:03 (UTC)時点でのCategory:日本のノンフィクション文学賞を見てみました。なるほど、現代短歌評論賞はありえませんね。吉田秀和賞小林秀雄賞もおかしいですね。日本エッセイスト・クラブ賞講談社エッセイ賞は個々の受賞作を見ると微妙だなあ・・・とは思いますが、括りが「エッセイ」ですしね・・・。サントリー学芸賞はノンフィクション作品も含んでいるように見受けられますね。新潮学芸賞新田次郎文学賞は、明確にノンフィクション作品を含んでいるようですね。 水と土さんにおかれては、機械的に全部カテゴライズするのではなく、一点一点を検討してから作業を行って欲しいと思います。--アイザール 2009年5月8日 (金) 10:03 (UTC)[返信]

カテゴリの作業は、一括で多数の項目を扱うため、どうしても作業は機械的に行うように見えてしまいます。また、フィクション(虚構)についてでない実際の事柄についての文章は、ボクはノンフィクションに含まれるのだろうと考えています。ただし、「ノンフィクション文学」のような物語の記述と、文章を論じる「評論」はカテゴリとして分かれていたほうがよいとも思っています。
ひきつづき賞関連のカテゴリ作業を行っています。125.198.210.25さんや、アイザールさんがおっしゃられているカテゴリの違和感についてはボクも感じています。ただこれはある程度カテゴリが整理されない限り解消されないと考えていました.
カテゴリの整理を進めて、項目も増えてきましたので、Category:日本のノンフィクション文学賞の下にCategory:日本の評論賞Category:日本の文芸評論賞(仮)を作成して、現時点で含まれている評論関連の賞をそちらに移動しようと考えています。難しいのは、オピニオン・ジャーナリズム系の論文などをどこに入れるか、ということです。これはどこにいれるか決めかねています。これに限らず、まだまだ必要ではあるものの項目が少ないいために作成できないカテゴリはたくさんあって、作業の途中になっているため不適切なままになっているカテゴリはたくさんあります。
また、「人文科学の賞」、「社会科学の賞」などのカテゴリもそのうちできればいいと思っています。
以上、進捗報告でしたが、ひきつづきご意見を伺えると幸いです。また、おかしいと思う部分は修正していただけるとうれしいです。--水と土 2009年5月15日 (金) 08:54 (UTC)[返信]
まず、人の話を聞かずに自分の意見だけを一方的に述べるのは止めなさい。私は評論ノンフィクションの下に置くのが適当だとは思われないこと、そしてもしあなたがそうすべきだと主張するのであれば、Wikipedia以外の情報源から根拠を提示すべきであることをすでに述べたはずです。Category:日本の評論賞を作るのであればCategory:日本のノンフィクション文学賞の下にではなく、Category:日本の文学賞の下にCategory:日本のノンフィクション文学賞と併置する形でおくべきであると主張します。
上の返答やあなたの会話ページCategory‐ノート:受賞作別の小説などでの会話を見る限り、どうもあなたは自分の非を認めるのが嫌いな方のようですね。「カテゴリの作業は、一括で多数の項目を扱うため、どうしても作業は機械的に行うように見えてしまいます」とか書かれていますが、アイザールさんが指摘している通りあなたは「機械的に見える」作業ではなくて実際に記事の内実を確かめずに機械的なカテゴライズを行なったのです。そしてそのために今私をふくめ他の利用者を煩わせています。自分の作業に理解と協力を求めるのであれば、自分の犯した失敗に対して他者に謝罪ぐらいしなさい。謝罪のしかたも知らない子供なのか、それとも弁解と謝罪が同じものだとでも思っているんですか?
野間文芸賞伊藤整文学賞Category:日本のノンフィクション文学賞に入れたようですが、カテゴリの便宜・有用性を考えれば、このカテゴリは「ノンフィクション作品も対象になりうる賞」を遍く入れるのではなく、「ノンフィクションを専門にしている賞」および「ノンフィクション部門がある賞」に限るべきではないですか。--125.198.210.25 2009年5月15日 (金) 10:27 (UTC)[返信]