Category‐ノート:生長の家の人物

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ぽてから様が当カテゴリから除去していますが、ぱっと見ただけでも(百地章は何とも言えませんが)、古賀浩靖は、札幌教区強化部長幹部(本部講師・札幌教化部長)で高橋史朗は、生長の家学生会全国総連合(生学連)委員長との事です。「同団体の主要な人物」に該当すると判断します。なお、いきなりですが合意形成のコメント依頼とします。--JapaneseA会話2016年4月24日 (日) 16:00 (UTC)[返信]
Category:創価学会の人物で、「対象は同会の職員ならびに主要役員(名誉会長、会長、理事長、副理事長)を務めている人物であり、単に信仰しているだけの人物は含まない。」としています。従って、創価学会の青年部で役職を持っていたとしても、その人物は主要役員ではありませんし、Categoryに含められません。生長の家だけ、一時期、学生信徒であっただけで、厳密にCategoryにするほうがおかしいですよ。生学連は、学生信徒組織であり、創価学会の青年部の人物をCategoryしないのであれば、生長の家の人物だけをCategoryすることには反対せざるをえません。--ぽてから会話2016年4月24日 (日) 16:10 (UTC)[返信]
古賀浩靖は職員なので、Category:生長の家の人物を付与したままが適当です。私は外していませんが??? 事実誤認をされていますよ。--ぽてから会話2016年4月24日 (日) 16:19 (UTC)[返信]
仰るように事実誤認があり、大変失礼致しました。今後は気をつけます。さて、Category‐ノート:創価学会の人物でも結論が出ていないように思えます。青年部で役職を持っているのなら、カテゴライズすべきだと思います。他の宗教と整合性を取る必要性があるのは、その通りなので、このノートではなく、カテゴリの方針のノートとかで議論すべきだったかもしれません。皆様のコメントを御待ちします。--JapaneseA会話2016年4月25日 (月) 02:31 (UTC)[返信]
どのような下部組織がその団体の「重要な」組織か、という判断にはどうしても恣意性が入りますので、「青年部」だから、あるいは「生学連」だから除去、というのはあまり賛同できません。あくまで、十分な関係を示す出典があるかどうか、で判断するべきように思います。たとえ、一時期の信徒であっても、それが報道されているのであれば、載せて問題ないと思います。高橋史朗に関しては、「委員長」がどれほど偉いのかは外部から判断できないとしても、朝日新聞でも「学生時代活動していた」等の記事が書かれたこともありますし、なんら載せてさしつかえない、かと思います。よろしくお願いいたします。--沙馬琉寛土会話2016年4月25日 (月) 03:33 (UTC)[返信]
とりあえず前提として、WP:BLPCATにより日本人の存命人物であれば、「本人の意思によりその信仰を広く公表していることが確認することが可能」であることがカテゴライズの条件であろうと思います。生学連の委員長であった、がそれを十分満たすかというとちょっと厳しいかな、という印象を持っています。--水原紡会話2016年4月25日 (月) 05:15 (UTC)[返信]
​当時の生長の家について当てはまるかはわかりかねますが、ご参考までにごく一般的な話をいたしますと、宗教団体において、学生は、構成員のなかで最も末端という位置づけとなるのが一般的と言えます。学生信者は、職員(講師)や年配の信者から教えを請うという立場です。学生部の代表というのは、1〜2年でめまぐるしく変わりますから、それほど珍しいというほどでもないですし、学生部の代表であっても、職員や年配信者の教えを請うという点については変わりません。学生は、職員(講師)の指導等に基づき、肉体的に重労働な奉仕をすすんで行ったり、学生同士で討論や研鑽を行ったりしますが、決して、教団に対して、発言権があるとか権力をもつということはありません。一昔前の世代の宗教団体では、とくに、年功序列的な秩序は重要視されますから、若い学生信者が大人の信者を飛び越えて、職員並に教団の重要人物となるなどということは、考えられないと思います。まれに、新しい世代の宗教団体でエリート大学生が大きな勢力をもつとか、非常に自由度の高い年功序列的ではない宗教団体も見られますが、時代背景からいっても、おそらく、団体内では、一般の大人の信者よりも学生というだけで末端という立場であったと考えるほうが実情に合っているように思います。創価学会の事例が出ていますが、成長の家の信者であったことが一時期でもある場合にカテゴライズするのであれば、両親が創価学会会員で自動的に自分も創価学会になった程度の学会員の芸能人までカテゴライズするのかなど、わりと検討事項が山積みに近いように思います。一般信者を、熱心度の度合いや役職の重要度で分けるのは難しいことですので、職員かボランティアの一般信者かで分ける線引きは、わかりやすいように思います。--ちひろちゃん会話2016年4月25日 (月) 06:15 (UTC)[返信]
水原紡様、ご指摘ありがとうございます。委員長であったことは高橋氏の妻の書籍によるものが挙げられていますが、たしかにそれだけの出典では難しそうですね。ということで、上の私の「載せてさしつかえない」は撤回し、「十分な出典が見つける必要がある」との水原紡様のご意見に賛同いたします。--沙馬琉寛土会話2016年4月25日 (月) 06:18 (UTC)[返信]
皆様へ。「本人の意思によりその信仰を広く公表していることが確認することが可能」な場合として申し上げます。学生の役職者が重要人物かどうかは、各団体に依存する、という事でしょうか。で、あれば各団体のカテゴリ毎にルールが異なる事になりますね(この団体は学生部役員は含めない、この団体は含める、といった具合に)。いずれにせよ、こういう揉めそうなものは、明確な基準が欲しいところですが、それも無理そうですね。--JapaneseA会話2016年4月25日 (月) 08:17 (UTC)[返信]

いや、学生は2部とかじゃないと普通は働けないから、職員じゃなくて単なる信徒っていう扱い以上にはならないんじゃないですかね。学生部を出た後に、大人になってから職員になれば、支部長とか強化部長とかいろいろ役職があるんで、大人になってから実績が無いなら、やっぱり、一信徒を経験した後、離脱したってことになりますよね。宗教団体の単なる信徒や職員ではなく、「職員&主要役員をつとめる人」に加えて、「本人の積極的な公表」を加える分には、コミュニティーの理解も得られるでしょうし、オウム真理教などは、一信徒であっても重要な人物も多いので、さらに、「宗教団体における重大な犯罪が記事内で記述され、その出典が脚注形式で明記されている人物」あたりを加えれば、わりと、全分野をカバー出来る明確な基準に近づきませんかね。一度、ここで合意を形成するか、2案か3案かにまとめた後に、プロジェクトでも提案してみたほうが良いですよね。--ぽてから会話2016年4月25日 (月) 08:31 (UTC)[返信]

情報 Category:創価学会の人物に、「職員ならびに」と加筆したのは合意に基づかないIPでした。もとは、「主要役員(名誉会長、会長、理事長、副理事長)を務めている人物であり、単に信仰しているだけの人物は含まない。」だったようでした。まあ、単に結婚前まで受付窓口にいる事務職員みたいな人であれば、Categoryに含めるのもどうかなと思いますよね。主要役員の基準は、純粋な聖職者(神父とか講師とか)か、幹部職であれば主要役員とみなして良いんじゃないですかね。--ぽてから会話2016年4月25日 (月) 08:38 (UTC)[返信]

WP:BLPCATにおける「性的嗜好」のところの条件「その人物の性的嗜好がその著名な活動や公的人生に重要な関連がある場合」は参考になるかもしれません。「主要役員」などでない単なる信徒である場合でも、「その人物のその宗教団体における活動がその著名な活動や公的人生に重要な関連がある場合」には、考えてもよいような気はします。なお、「学生部委員長」が「単なる信徒」か「重要な役員」かは、宗教によって違う可能性があるので、やはり、宗教団体によってケースバイケース、とした方がよいような気が私はします。--沙馬琉寛土会話2016年4月25日 (月) 09:03 (UTC)[返信]
いちおう、「性的嗜好」も「項目人物がその性的嗜好を公表している場合」が前提なので、やはり、「本人による積極的な公表」抜きには語れないですよね。本人が学生時代の宗教的な経験を積極的に公表していて、学生時代の宗教活動のおかげで今の自分があるんだと言ってれば、それは、Categoryに入れる価値はあるかもしれませんが。本人の公表が不明で、第三者が学生時代の体験の重要性を語ってる場合は、存命人物はNGな気がしますね。ただ、死去された人物については、本人の公表がなく第三者による評価でもOKとしても良いかも?--ぽてから会話2016年4月25日 (月) 09:13 (UTC)[返信]
はい。言葉足らずで申し訳ありません。JapaneseA様の「本人の意思によりその信仰を広く公表していることが確認することが可能」な場合として、との流れで書いていたのですが、そのことについて言及していませんでした。すみません。もちろん、「本人の公表」が前提で、ご指摘のとおりです。--沙馬琉寛土会話2016年4月25日 (月) 09:43 (UTC)[返信]
コメント 皆様へ。学生活動の中心になっていた人物を「職員でないから除外」には反対します。なお、オウムでの鹿島とも子氏はカテゴリだけでなくテンプレにも入っていますが、多少の間、広告塔になっただけであり、〇〇省大臣と一緒くたの扱いになっているのには、違和感を感じます(昔はオウムウォッチャーだったので、当時のニュースや週刊誌には目を通しています)。生長の家学生会全国総連合(生学連)委員長がカテゴライズせずで、鹿島とも子氏がカテゴライズ、うーん、現状がベストだとはとても思えません。順番で行くと、もっと上位の場所で議論し、その結果を元に各団体で協議するはずですが、上位の議論では、確実にダメなものと確実にOKなものの定義しかできないような気がします(これは既に各団体のカテゴリでそういう運用になっていると判断します)。厳密な統一ルールは作れず、ケースbyケースになりそうですね。議論のきっかけとなった高橋氏については、[1]という出典もあります。カテゴライズに1票とします。--JapaneseA会話2016年4月28日 (木) 11:44 (UTC)[返信]

高橋史朗氏については、本人の公表が確認できていないのにカテゴライズするということには、断固として反対します。JapaneseAさんの論理を適用してしまうと、なんとか高校の生徒会長であるという出典があれば、本人が高校名を公表していなくてもカテゴライズすべきというのと同じことになってしまいます。重要な役職のある職員ではない場合は、必ず、本人の公表が必要だとすべきでしょう。だいたい、昔、生長の家から離脱した人からとってみれば、「今の生長の家とは関係ない」と名誉感情を害することにもなりかねません。本文に記す場合はきちんと記述出来ますが、Categoryだとその辺の説明もないので、安全側に倒して考えるべきでしょう。オウムだけは特殊ですが、多少の間、広告塔になっただけ以上の影響力がないのであれば、Categoryは不要かもしれませんね。--ぽてから会話2016年4月28日 (木) 13:55 (UTC)[返信]

すみません、本人非公開をすっかり失念していました。余談ですが鹿島氏は、カテゴリよりも、まずテンプレがどうかと思いますが、ここで議論しても除去には繋がりませんね。--JapaneseA会話2016年4月28日 (木) 14:01 (UTC)[返信]