幻覚

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幻覚(げんかく、英語: hallucination)とは、医学(とくに精神医学)用語の一つで、対象なき知覚、すなわち「実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状」をさす[1]。聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの幻覚も含むが、幻視の意味で使用されることもある。

アウグスト・ナッテラー英語版作「my eyes at the moment of the apparitions(幻視の瞬間の私の目)」

種類

幻覚には以下のものがある。

幻聴(auditory hallucination
聴覚の幻覚。
実在しない音や声がはっきりと聞こえることをいう。聞こえるものは要素的なものから人の話し声、数人の会話と複雑なものまで程度は様々である。てんかんなどでも起こりえるが、会話の場合は統合失調症の可能性が高くなる(治療法については、「統合失調症#治療」を参照)。統合失調症では意識障害時ではなく意識清明期におこり、耳から聞こえてくる、頭の中に直接響いてくる、腹部から聞こえてくる場合もある。統合失調症ではただの音であったり知り合いの声、悪口や命令や自分の考えであったり、会話であったり内容は様々である、妄想に結びつくのが特徴である。急性期は鮮明に聞こえるが、軽快するにつれ不鮮明となるため陽性症状の指標ともなる。聞こうとすれば聞こえる、聞こうとしなくても聞こえる、声に逆らうことができないといったことも重症度の目安となる。例として、壁を叩く音が聴こえる等。
対処法として、音楽を聴いたり趣味にとりかかったりして、幻聴から注意をそらしていく技法や、患者と支援者が一緒に幻聴の内容が正しいかどうか検討する、焦点を合わせる技法がある[2]。また、自分自身に対して否定的な考えがある際には幻聴の内容を信じてしまいやすくなる場合があるため、支援者は患者の良いところを見つけたり、成功体験に着目したり、物事の新たな捉え方(自らを責めなくて良い捉え方)を提示したりして、自らを肯定できるようサポートする[2]
幻視(visual hallucination)
視覚の幻覚。
実在しないものがみえるものである。単純な要素的なものから複雑で具体的なものまで程度は様々である。多くの場合は意識混濁という意識障害時に起こることが多く、特にアルコール中毒といった中毒性疾患や神経変性疾患でよく認められる。アルコール中毒で認められる幻視は典型的には小動物が認められるというものである。これらは意識変容によっておこるものと考えられている。特殊な例としては脳幹病変の際に幻覚様体験が起こることがあり、脳脚性幻覚と言われる。脳幹は意識において極めて重要な役割を担う部位であり、大脳と脳幹の連絡の障害が金縛りと考えられている。統合失調症で幻視が認められることは極めて稀である。例として、存在しない人、モノ、建物がまるで本当に存在するかのように見える等。また、視覚障害者の1割程度は脳の過活動から、精神に異常が無いにもかかわらず幻視を見る(シャルル・ボネ症候群)。他の例として、遭難中に幻視を見ることが多い。こちらは逆に救助者や飲み物、帰る家など自分の期待するものを脳が作り出すと見られている。
幻嗅(olfactory hallucination)
嗅覚の幻覚。
頭部へのダメージなどで無嗅覚症になった人や鼻炎などで嗅覚を失った人が、視覚など他の感覚からの情報と記憶から幻臭を感じることがある[3]。また、嗅覚があっても偏頭痛PTSDなど、他の疾患と関連して発症する場合もある。不快な幻臭がとくに酷いケースは悪臭症と呼ばれる[3]。幻臭は状況やヒントに影響されて相応の臭いが生じる場合もあるが、場違いな臭いを感じたり本来の臭いから変容してしまう場合もある。また、現実の経験では嗅いだことのない説明困難な臭いを感じる人もいる。
幻味(gustatory hallucination)
味覚の幻覚。
幻肢
触覚の錯覚。

病態

さまざまな説が提案されているが、現在のところはっきりとは分かっていない。

中脳辺縁系のドーパミン神経の過活動
ドーパミン作動薬である覚醒剤や大麻の成分が幻覚を起こすこと、幻覚に対してドーパミン拮抗薬である抗精神病薬が有効なことなどから推測される。
自己モニタリング機能の障害
自己と他者の区別を行う機能である自己モニタリング機能が正常に作動している人であれば、空想時などに自己の脳の中で生じる内的な発声を外部からの音声だと知覚することはないが、この機能が障害されている場合、外部からの音声だと知覚して幻聴が生じることになる。

原因

幻覚は、麻薬などの服用、あるいは精神病心的外傷後ストレス障害(PTSD)などといった、特殊な状況でのみ起きるわけではない。正常人であっても、夜間の高速道路をずっと走っている時など、刺激の少ない、いわば感覚遮断に近い状態が継続した場合に発生することがある。アイソレーション・タンクのように徹底して感覚を遮断することでも幻覚が見られる。

器質性

脳の器質疾患により幻覚が起こりうる。ナルコレプシー脳血管障害脳炎、脳外傷、脳腫瘍、あるタイプのてんかん痴呆など。

レビー小体型認知症(DLB)において特徴的な症状である[4]

症状性

全身性の疾患に続発して幻覚が起こることがある。代謝性疾患、内分泌性疾患、神経疾患など。

精神病性

主に統合失調症圏の疾患で幻覚がみられる。統合失調症をはじめ、統合失調症様障害、非定型精神病など。感情障害でも幻聴が起こることがある[5]

心因性

重度の心因反応、PTSDなど。他に、遭難中に救助者や飲み物の幻覚を見ることは多い。いずれも脳の防衛本能によるものとされる。

薬理性

LSDなどの幻覚剤覚醒剤大麻などの薬物使用によって生じることがある。ステロイドなどの治療薬でも幻覚が起こることがある。フラッシュバック (薬物)も起こることもある。

特殊状況下の正常な反応

断眠、感覚遮断、高電磁場など

幻覚の原因と内容の関連

疾患により幻覚の内容が異なる傾向があると言われている。例えば統合失調症では幻聴が、レビー小体病では幻視が、アルコール依存症の離脱症状では小動物幻視(小さい虫などが見える)が多いとされているが、必ずしも全例に当てはまる訳ではない。

脚注

  1. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説『幻覚』 - コトバンク参照
  2. ^ a b Jesse H. Wright, Douglas Turkington, David G. Kingdon, Monica Ramirez Basco 古川壽亮・木下善弘・木下久慈訳 (2010). 認知行動療法トレーニングブックー統合失調症・双極性障害・難治性うつ病編―. 医学書院 
  3. ^ a b サックス 2014, pp. 63–72.
  4. ^ Dementia with Lewy bodies”. NHS (2015年1月22日). 2015年1月22日閲覧。
  5. ^ 私の頭の中の声”. TED. 2017年12月3日閲覧。

参考文献

  • オリヴァー・サックス 著、大田直子 訳『見てしまう人々:幻覚の脳科学』早川書房、2014年。ISBN 9784152094964 

関連項目