リグニン

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リグニン: lignin)とは、高等植物の木化に関与する高分子フェノール性化合物であり、木質素とも呼ばれる。「木材」を意味するラテン語 lignum から命名された[1]

構造

リグニンの構造例。複雑な3次元状網目構造を形成している。

リグニンは、光合成(一次代謝)により同化された炭素化合物が、更なる代謝(二次代謝)を受けることで合成されるフェニルプロパノイドのうち、p-クマリルアルコール(p-ヒドロキシシンナミルアルコール)・コニフェリルアルコールシナピルアルコールという3種類のリグニンモノマー(モノリグノール)が、酵素(ラッカーゼペルオキシダーゼ)の触媒の元で1電子酸化されてフェノキシラジカルとなり、これがランダムなラジカルカップリングで高度に重合することにより三次元網目構造を形成した、巨大な生体高分子である。その構造は複雑で、未だにハッキリとは判っていない。

シナピルアルコールが重合した分子をシリンギルリグニン(Sリグニン)、コニフェリルアルコールが重合した分子をグアイアシルリグニン(Gリグニン)、p-クマリルアルコールが重合した分子をp-ヒドロキシフェニルリグニン(Hリグニン)と言う。裸子植物である針葉樹のリグニンは、Gリグニンである。被子植物である広葉樹のリグニンは、GリグニンとSリグニンからなる。また、被子植物の内、単子葉植物であるイネ科植物のリグニンは、GリグニンとSリグニンとHリグニンからなり、草本リグニンと呼ばれる。

歴史

シルル紀後期にリグニンを合成する植物が登場した。歴史上、上陸した植物が立ち上がるためにはセルロースヘミセルロースを固めるためのリグニンが必要であった。リグニンを分解できる微生物がその当時はいなかったので、リグニンを合成した植物は腐りにくいまま地表に蓄えられていった。これが石炭へと変化していった[2]白色腐朽菌は、地球上で唯一木材を完全分解できる生物で、リグニン分解能を獲得したのは古生代石炭紀末期頃(約2億9千万年前)であると分子時計から推定された。石炭紀からペルム紀にかけて起こった有機炭素貯蔵量の急激な減少は、白色腐朽菌のリグニン分解能力の獲得による結果と考えられている[3][4]。 白色腐朽菌などにより低分子化されたリグニンは Sphingomonas paucimobilis SYK-6 などのバクテリアにより分解され、無機化することが知られている。

存在

リグニンは木材中の20%–30%を占めており、高等植物では生育に伴い、道管・仮道管・繊維などの組織でリグニンが生産される。生産されたリグニンはヘミセルロースと同じくセルロースミクロフィブリルに付着していく。まず細胞間層で堆積が始まり、徐々に一次壁、二次壁へと沈着する。同時にヘミセルロースも堆積し、木化してゆく。構造はランダムでアモルファスである。木部の組織は細胞壁成分だけ残存してほとんどの細胞は死細胞となり、通導・植物体支持を担う。腐朽・食害への抵抗性を有する。

食品では、亜麻仁(フラックスシード)、根菜類(ニンジン、パセリ、ダイコン)、小麦ふすま(wheat bran)などに比較的多く含まれるとされる[5]

食品としてのリグニン(食用リグニン)の栄養学的な位置付け

栄養学の分野では食物繊維としてのリグニン(食用リグニン)は、腸管内の残留物の排出に役立ち、大腸がん、肥満等の各種生活習慣病の予防防止、便秘や腸内環境の改善、ダイエット等に役立つとされ機能の研究が進んでいる。

利用

リグニンの利用方法として、大きな用途の1つが、木材からのパルプ・製紙工程における熱源を兼ねた黒液としての利用である。木材から紙パルプを作ることは、木材からリグニンを可溶化等により除去する作業とも説明できる。

リグニンは、バニリンの原料として利用されている他、硫黄を加えて加熱することでメタンチオールジメチルスルフィドジメチルスルホキシドなどを生産するプラントが稼動している[6]

一方、近年になって、積極的に可溶化を利用した、新たな利用方法も試みられている。 例えば、三重大学が72%硫酸フェノール溶液での加水分解や、明治大学のみによる高温高圧での加水分解の手法で低分子化したリグニンの可溶化による、リグニンの再利用方法を開発している。

2020年8月、住友ベークライトは、植物由来のリグニンを活用した固形ノボラック型フェノール樹脂の量産化に成功し、熱硬化性の環境対応プラスチックとして量産提供を推進する旨を発表した[7]

ウイスキーを熟成するための樽は、内面を焦がしてから利用するが、その際に炭化させる具合を軽くして焼き仕上げると、リグニンの影響で甘い香りがするウイスキーができる。

バイオレメディエーションへの応用

リグニンは、土壌汚染を引き起こすダイオキシン類と分子構造が似ている。このため、腐朽した木材からリグニンを分解する酵素群を持つ白色腐朽菌を採取して、ダイオキシン類に汚染された土壌の浄化に利用するバイオレメディエーション技術が研究されている[8]

出典

  1. ^ Sjöström, Eero (1993). Wood chemistry: fundamentals and applications, Second Edition. Academic Press. pp. 71. ISBN 0126474818 
  2. ^ 小川真 『カビ・キノコが語る地球の歴史』 p74、79、2013年9月30日、築地書館、ISBN 978-4-8067-1463-7
  3. ^ Dimitrios Floudas, et al. "The Paleozoic origin of enzymatic mechanisms for decay of lignin reconstructed using 31 fungal genomes" Science 29/6/2012
  4. ^ 東京大学 農学生命科学研究科 研究成果、リグニン分解酵素の進化が石炭紀の終焉を引き起こした-担子菌ゲノム解析コンソーシアムの共同研究成果がScience誌に掲載、2016年10月7日閲覧
  5. ^ Leo M.L. Nollet, Janet Alejandra Gutierrez-Uribe, ed (2018). Phenolic Compounds in Food (1st Edition ed.). CRC Press. p. Section 12.4 lignin content in foods(Table 12.1). ISBN 9781498722964 
  6. ^ 種田健造. “リグニンの含硫黄アルカリ処理による利用(1)-DMS製造法の発展-” (PDF). 2009年11月26日閲覧。
  7. ^ 住友ベークライト株式会社、植物由来のフェノール樹脂(リグニン変性フェノール樹脂)を開発、2020年10月9日閲覧
  8. ^ きのこを形成する木材腐朽菌を活用する新しい環境浄化方法の開発