熊平源蔵
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熊平 源蔵(くまひら げんぞう、1881年(明治14年)6月24日 - 1978年(昭和53年)6月27日[1])は、日本の商人(金庫[2]、消防具[3]、喞筒、文具、タイプライター商[4])、政治家、実業家、広島県多額納税者[2][4][5]。広島市会議員[6]。広島商工会議所顧問[4]。金庫メーカーのクマヒラ創業者である。
人物
[編集]広島県・熊平源蔵の二男[3][4]。1898年、広島市で金庫の販売・修理の熊平商店を創設[1]。1900年、家督を相続し、襲名する[3][4]。広島商工会議所議員、同会頭、市会議員等に挙げられた[6]。
教育機関の設置に奔走し、広島高等学校設置に対し建築費1万円を寄附した[6]。貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有した[7]。
趣味は囲碁、謡曲[3][4]。宗教は禅宗[3][4]。族籍は広島県平民[8]。住所は広島市革屋町、同市皆実町[3][4][8]。本籍は広島市[7]。処世の信条は「衆人と共に苦しみ衆人と共に楽しむ」[6]。
家族・親族
[編集]- 熊平家
- 父・源蔵[4]
- 妻・ウラ(1881年 - ?、広島、松井忠兵衛の二女)[4]
- 男・清一(1904年(明治37年)8月12日 - 1984年(昭和59年)10月26日)[4]
- 男・武二(1906年 (明治39年)7月10日 - 1960年(昭和35年)1月10日)[4]
- 養子(広島、相野田彌平の長女、1924年 - )[4]
脚注
[編集]- ^ a b 熊平 源蔵とはコトバンク。2016年10月22日閲覧。
- ^ a b 『日本紳士録 第31版』付録 全国多額納税者 広島県61頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月8日閲覧。
- ^ a b c d e f 『人事興信録 第13版 上』ク48頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月8日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 『人事興信録 第12版 上』ク57頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年10月22日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』附録 全国多額納税者 広島県65頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年12月8日閲覧。
- ^ a b c d 『広島県紳士録 昭和8年版』51頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年10月22日閲覧。
- ^ a b 『貴族院多額納税者名鑑』476頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月21日閲覧。
- ^ a b 『人事興信録 第7版』く55 - 56頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年10月22日閲覧。
参考文献
[編集]- 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
- 織田正誠編『貴族院多額納税者名鑑』太洋堂出版部、1926年。
- 交詢社編『日本紳士録 第31版』交詢社、1927年。
- 交詢社編『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』交詢社、1933年。
- 『広島県紳士録 昭和8年版』西日本興信所、1933年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
- 森谷均編『熊平武二詩集』昭森社、1960年。
- 熊平製作所編『清心 熊平清一遺稿集』熊平製作所、1985年。